kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
歩く

白山北竜馬場にて

 ただひたすらに山道を歩いた。一日で気持ち良く歩ける距離はどれくらいだろうと、体の感覚で知りたかった。体力や年齢、性別などで個人差があることぐらい百も承知だが、それではぼくならどれくらいかと意識して歩いた。暑くもなく花曇りの絶好のコンディションで、時折吹く風に背中を押されながら、そろそろ疲れたなというのが十キロほどで、そのあとはダラダラと惰性で歩き、十二、三キロほどにもなると、何度も立ち止まり座り込みしながら、やっとの思いで十五キロの行程を終えた。出発してから十二時間後だった。歩きながら、八月の「やぎおじさんと登る白山」のルートを考えた。一日に多くても七、八キロか。三泊四日に変化を持たせて、生涯の思い出に残る山行にしよう。それにしても山はいい。こんなに疲れて帰っても、また数日もすれば出かけてもいいと思うのだ。




| 21:43 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
白山へ
 梅雨の晴れ間をねらって、明日から白山に登ることにした。ことしは雪融けが例年より二週間ほど早いというから、高山植物は花盛りかもしれない。肩や肘は痛むけれど足腰は順調だし、人の少ない釈迦新道をのんびりと楽しんで来よう。八月のヤギおじさんと登る白山の、これも下調べのつもりだ。

 肩への負担を減らそうと、今回はこともあろうに、これまで一番よく使っていた180mmのマクロをリストから外してみた。花を撮るのに欠かせない好みのレンズだが、その胴体のでかさと重さが邪魔をする。代わりにケンコーのクロースアップフィルターを調達してみた。さっそくズームレンズに装着して試し撮りした感じは、ボケのエッジを気にしなければまずはこんなものだろう。写真を始めたころは高いレンズを買いそろえることができなくてフィルターなど付属品を駆使したものだが、気分まですっかりそのころに戻ったようにウキウキしてきた。

 カメラを持たない自分を想像することはできないけれど、このごろはなるべく軽装でいたいと思う。写真家を目指しながら、これでは情けない話だが、仕方がない。ド根性を出していたのは高校時代までで、今は体力にあった行動しかできない。体力を温存した分、ゆったりと山の自然に向き合おう。一歩一歩と、踏みしめて歩こう。白山は、ぼくのふるさとなんだから。

*****

 「ヤギおじさんと登る白山」は、8月8日〜11日の日程で行う予定です。現在の参加予定メンバーは埼玉に住んでいる中学生ひとりで、彼に合わせたルートを計画中です。参加ご希望の方は、メールでこちらまでお問い合わせください。参加メンバーで相談しながら、ある程度日程を調整しようと思います。

  写真展に届いたお花を接写用のフィルターをつけて、パチリ!







| 21:04 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
山に居ます
 折り返し点に決めていた釈迦岳前峰にたどりついて、すこし早めのお昼を取ろうとしているときだった。上から戻ってきた歩き慣れた姿の人がひとり、「この先まで行かない手はないですよ。ミズバショウやハクサンチドリが咲き乱れているお花畑が見頃です」と勧めてくれた。面白いものだ。この広い高山で、このタイミングで、素敵なアドバイスに出会う。一も二もなくその声に従った。

 歩き出すと、室堂までの釈迦新道に入った、という気がして、心が喜んでいるのがわかった。見馴れない紫の花が道沿いに咲いて、時折のそよ風に揺れている。これがハクサンチドリかもしれない。御前ケ峰と大汝峰はすぐ目の前で、白山には珍しい荒々しい山肌をここで見せている。それより右手に霞んだ別山あたりが雲に浮かんでいる姿は、これまた絵にも描けないほどの微妙なトーンで、思わず見とれてしまった。

 地上に顔を出したばかりのミズバショウが、リュウキンカに囲まれて咲いているのが、突然目に飛び込んできた。ジッと見つめているだけで、静かで贅沢な山旅のひとときだ。どんな地形にもその環境にあった動植物が棲み、人が手を加えさえしなければ、こうしていつも自然な形で移ろいゆくのだろうに。



 ぼくよりはすこし年配のカップルに出会った。こんなときはいつも羨ましくなる。優しそうなご主人は首からカメラをさげてあたりを丁寧に見つめ、すれ違い様に奥さんが微笑みかけてくれた。決まりきったように交わす山のあいさつ言葉にはない、心温まるふれあいの瞬間だ。「この先に?」と、お花畑の情報でも尋ねようかと思いながら、やめた。おふたりのいい雰囲気がこわれてしまう。

 急な上りになった。流れ出した汗に感じる風は最高のご馳走だ。見晴らしも最高だ。座るのにちょうどいい岩を見つけて、一度はしまったおにぎりを食べることにした。何度も来るわけでもなく、この大自然の中にいる今はとても贅沢な瞬間だというのに、不思議だが、大した感慨もなく、ごく当たり前の日常のように感じているのが面白かった。



 予定の距離はかなりオーバーしている。お花畑はやめて、ここで引き返すことにした。あのご夫婦に聞いて情報を仕入れていれば行く気になったかもしれないが、ぼくにはぼくの歩き方があるだろう。ブナの原生林でおふたりに追いつき、今度はしばらく会話を楽しんだ。「ふたりともこのルートが大好きでねえ。白山の眺望はいいし、あの溶岩流の跡も迫力があって」と、うれしそうなご主人だ。いいなあ、どんな人生を歩いて来られたんだろう。福井からとのことだったが、関西言葉のアクセントがやさしさを増している。

 山歩きの醍醐味は人によってまちまちかもしれない。ぼくにとってのそれは、なんにも考えずに黙々と歩いている時間だったりする。普段あれこれと必要なさそうなことをグダグダと考えているからだろうか、考えないで、歩くという行為に浸っているだけで、十分な気持ちになる。そこにはなんの生産性もないし、健康にいいとかと思う目的意識もない。ただ歩いている。ただ山にいる。そして、ただ撮っている。それだけで十分な気がしている。




| 08:21 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ギンリョウソウ
 白山釈迦岳からの下り道でまっ白な植物を見つけた。出会うのは二度目だが、見れば見るほど不思議なやつだ。ギンリョウソウ。葉緑素を持たない腐生植物で、生きるための栄養分は共生する菌類に頼っているそうだ。薄暗い林床の落ち葉を持ち上げニョロリと俯いた花を咲かせている様が不気味な感じもあって、ユウレイタケ(幽霊茸)などとあまりうれしくもない別名をもらっている。

 ギンリョウソウは銀龍草。花も茎も白ければ、葉っぱまで白い鱗片状だ。名づけた人が龍を連想したということだろうが、ぼくにはまるでかわいいわんちゃんに見えた。写真を見たヨシエどんは牛さんだと言うから、似た者夫婦だ。そのかわいいやつに、実は上りでは“一匹”も出会わなかった。今シーズンはじめての白山は足取りが重く周りを見る余裕がなかったようだ。それが下りで、「あっ、いつか見たやつだ。おまえの名前なんて言ったかなあ」と、うれしくなった。日本各地の山地に普通に生えているようだが、ぼくには驚くほどの希少種でちょっぴり感動ものだった。



 見た目はふんわりと柔らかそうだが、と、親指と人差し指でそっと挟んでみた。プリリとやや硬め。食べればシャキシャキしそうなくらいだ。花の中をのぞいてみる。意外や意外、雌しべの頭は平たいきのこ状で、華やかな紫色だった。その周りを黄色っぽい雄しべが囲って、まるでニコニコと笑っている感じがした。まっ白なドレスを着て、こいつ、派手な下着をつけている、などと、中年のおじさんはおかしな連想もしてしまう。

 ギンリョウソウとゆっくり過ごし、足取りも軽やかに。この分だと案外早い時間に戻れそうだ。ゆとりが生まれると不思議なものだ。見える見える、それからなんと、これが同じ道かと思うほど、十ヶ所以上でギンリョウソウに出会った。人生というものもこんなふうに往復できたらどうだろうと、ふと思った。行きで見落としたものを、帰り道でもう一度ゆっくりと、十分に体験するのだ。ということは、折り返し点があるということか。ということは、そろそろゴールだなとわかるわけだ。う〜ん、それじゃ面白くない。死期は悟ったしても、確かに見えていたのではつまらない。毎日毎日、なるべくゆっくり歩きながら、ていねいに足もとを見ているしかなさそうだ。





| 07:28 | 白山 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ヤギおじさんと登る霊峰白山(追加情報)
 白山山頂の夜。思いは星へとはばたいていく
 

 「ヤギおじさんと登る霊峰白山」は、気持ちがあればもちろんだれにでも参加してもらいたいものだが、主な対象は若人にした。若人かあ・・・、なんとも古風な言い方が思い浮かんで、自分で喜んでいる。ヤギおじさんとぼくは、同世代。肉体は五十半ばのおじさんになってしまったが、毎朝ジョギング、ほとんど日常的に山に登っているヤギおじさんは、そこらあたりの若者に負けてはいない。体力は落ちているものの、ぼくだって気分だけなら若者よりずっと若い。どうだ! 若人よ! 大志を抱いて、白山に登らないか! 部屋に閉じこもりがちなあの子やこの子がいたら、読者のみなさん、ぜひこの企画をお知らせくださいな。日程的に3泊4日が無理な方は、室堂で合流などのアイディアも出ました。ドシドシご希望をお聞かせください。滅多にない、絶好の機会。どうぞお見逃しなく!!!





| 18:48 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ヤギおじさんと登る霊峰白山
 ことしの夏には大きな楽しみが待っている。山形からヤギおじさんがやってくるのだ。「ヤギおじさんと登る霊峰白山」をぼくが独り占めしてもいいのだが、このせっかくの機会をみなさんにもお知らせすることにした。山好きの人、大自然の息吹を感じてみたい人、そしてなによりもヤギおじさんファンのみなさん、ぼくの大好きなふるさとの山、白山をいっしょに楽しんでみませんか?

 日程は8月8日から11日までの3泊4日で、その間を白山の峰々で過そうと思う。まだ歩いたことのない中宮道から入って、御前ヶ峰か翠ケ池でご来光を迎え、南竜馬場からチブリ尾根、最後にはこの一帯最大のブナの原生林を歩いてみたい、などと心はすっかり白山に飛んで行くけれど、ルートは参加者の顔ぶれを見て最終決定したいと思っている。



 ヤギおじさんとは、ミクシィで出会った。日本山岳ガイド協会認定ガイド、日本自然保護協会自然観察指導員など自然界での豊かな経験を持ち、「おとなも子どもも森で遊べ」を合言葉に、「葉っぱ塾」を主宰している。消え入りそうな「ひかりっ子くらぶ」を細々とつづけているぼくには、お手本にもなる大切な存在だ。

 今回は、ヤギおじさんのプライベートな登拝なので、ガイド料などは発生しないけれど、参加者各自の自己責任が求められる。ピクニック程度のつもりでは参加は難しいだろう。このお知らせに興味を持たれた方は、今日から歩く筋力を鍛えておいた方が良さそうだ。と言うぼく自身が、最近はめっきり山から遠ざかってしまっている。そろそろ再開しなければ。

 行きたいけど私には無理、と感じている方のために。数年前、体を左右から支えられて下山してくる老婦人とすれ違ったことがある。ゆっくりと一歩ずつ確かめるように足を運んでいた。その方にとっての白山がどんなものなのかは知る由もなかったが、死ぬ前にもう一度登りたかったのだと、勝手な想像をしたぼくだった。白山は高山植物の種類も多く、とても魅力的な独立峰だ。人間として魅力たっぷりのヤギおじさんとの組み合わせを逃す手はない。これが最初で最後の機会かもしれない。参加ご希望の方は、ぜひ早めにご連絡を。体の芯まで染まりそうな夕日、満天の星、輝く朝日、そしてなんと言ってもこの時期の楽しみは愛しいほどの高山の花々。それらがみんな、あなたを待っている。(なんちゃって、これじゃまるで旅行社の広告だ、笑)



| 16:06 | 白山 | comments(5) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
霊峰白山
 まっ白な白山の頂を歩いた。青空、冷たい風、凍てついた岩、そして雪。純白の世界が目の前に広がっていた。真冬の山行などぼくには到底無理な話だろうが、今ならいくらかその雰囲気を味わえた。まぶしい陽光を浴びて、大の字になって寝ころんだ。抱かれている気がした。幼いころの甘く優しい記憶のないぼくには、白山がおかあさんに代わる存在なんだろうか。懐に抱かれる感覚に心行くまで浸った。御前峰の北壁に張り付いた雪は硬く、一歩ずつ慎重に下りた。ザックに詰めたアイゼンを山荘前に置いてきたことを後悔する。山は優しい母であり、厳しい父でもあるのだ。甘えん坊のぼくは、山の本当の姿にはまだ気づいていないようだ。大汝峰の辺りは、ハイマツが所々にほんの少し顔を出していた。積雪はもう一メートルほどだろう。時々柔らくなっている箇所で足を取られた。雪の下の植物を傷つけてしまったかもしれない。まだこの季節はどこを歩いてもいいというわけではなさそうだ。神聖な山に、ぼくは土足で踏み入っている。珍しくそんなことを思った。

 御前峰

| 07:26 | 白山 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
有象無象
 釈迦岳の山頂に近づいたころ、雪道に疲れて一息入れようとリュックを下ろした。その時だ。ガサガサっと凄まじい音を立てて開いている穴から飛び出してきたものがある。ウサギだ。もう速い速い。目にも止まらぬスピードだった。あいつならどんなハンターにも撃たれないだろう。冬毛なんだろうか、白くなりはじめた体毛がいくぶん逆立っているようにも見えた。

 雪道に残っていた足跡はあいつのものだったのか。まるで後をつけるように登ってきた。それが途切れて、ここからはひとりぼっちの山道になるのかと小さな緊張感が生まれたときだったのだ。鈍感な人間だから、安心してやり過ごそうとでもしていたんだろうか。まさか隠れている穴の前で立ち止まるなんて思いをよらなかったに違いない。本当にびっくりしたんだろうなあ。ぼくだって無茶苦茶びっくりしたんだから。

 山にはいろんな動物がいるだろうに、滅多に会うことがない。会っていても、ぼくにはわからないだけかもしれない。でも会うと、なんとなくうれしい。動物には迷惑な話だろうが、こっちの気分は友だちだ。クマもほんとうはとても優しい生き物だという。ただ人間が恐い。恐いからはちあわせると自衛のために襲ってくる。ウサギなら逃げる、クマなら襲う。その違いがあるだけだ。あとは人間がどうするかを考えるしかない。山は彼らのすみかなんだから。

 山頂についた。一面の雪。気がつくと灰色の空からちらほらと舞い降りていた。寒い。ここはもう冬なんだなあ、なんて悠長に構えている余裕もなくなってきた。サッサとおにぎりを腹に詰め込んだ。コーヒーはどうしよう。せっかく持ってきたんだからと、カップを出して湯を注いだ。


 そのとき、ふんわりと目の前を過ぎてゆく小さな虫がいた。なんだ? あれ、クモじゃないか。なんでお前、飛べるんだ。まっ白な背景で見えなかったが、目いっぱい長く出した糸にぶら下がってでもいたんだろうか。とにかく愉快なやつだ。ここは標高2000mだぞ。冬だぞ。いったいなにしてるんだ、と聞かないうちに、ふわふわふんわり、別山方面に向かって飛んで行った。笑うとコーヒーがとてもうまかった。
 
 ぼくが山にひとりで住めるとは思わないけれど、山に隠っている聖者たちのことを想像した。生きとし生けるものを彼らはどういうふうに見ているんだろう。命というものをどんなふうに捉えているんだろう。人の言葉ではなく、自分でそういうことを感じてみたくなる。

 ウサギとクモ、それにほら、小枝にとまって鳴いている一羽の小鳥。有象無象という言葉がいきなり浮かんできた。どんな意味かも知らないのに、不思議な話だ。調べた。「宇宙にある有形無形の一切の物。森羅万象」と「世にいくらでもある種々雑多なつまらない人々」(広辞苑)だそうだ。。困った。つまらない者なんて言われたくはないが、ウサギやクモや小鳥たちから見ると、つまらない人間に見えたりするかもしれない。それでもぼくも、森羅万象の一員だ。あいつ、きょうも跳ね回っているんだろうなあ。クモ、どこにたどりついたかなあ。


| 09:39 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
白い山
 白山に雪が降ることにどうしてそんなに関心があるのか、毎年ニュースになる。初冠雪が何日か、ということは、梅雨入りや桜の開花、ウグイスだったかの初鳴きなどと同じ意味合いを持っているということなんだろう。それで例年より何日早いとか遅いとか添えられているが、だからなんだと言うのかよくわからない。降れば降ったで、なんとなくうれしいものだけど。

 紅葉と雪の白山を見たくて、ことし何度目かの釈迦新道を歩いた。登山道に入っていきなりのブナが色づいて、朝の光に輝いていた。きれいだ。ため息が出る。釈迦岳前峰の山頂に近づくにつれ、徐々に前日に降った雪が見えてきた。それがどんどん深くなり、足を取られて歩きづらい。軽装できたことが悔やまれた。青空はいつの間にか灰色の雲におおわれていたが、いきなりそれは現れた。この冬はじめての雪化粧。白い山、白山だ。途中で引き返さなくてよかった。この日、この道を歩いたのはぼくひとりだった。まるで白山とデートした気分だ。いきなりそのものに登ってしまうより、離れて見る白い姿をまずは拝んでみたかった。

 さて、冬の白山。一度は登ってみたいと思っているが、果たせるかな、この軟弱な者に。

 釈迦岳前峰より白山を望む


| 22:37 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
白山の秋
 チブリ尾根を歩いた。山に入ったとたん、甘い匂いに迎えられた。実が熟したような濃厚さ。落ち葉が腐りはじめた匂いだったんだろうか。森全体に広がって、歩く人の身にもまとわりつくような甘美な刺激をともなっていた。秋の白山。最大のブナの原生林があるこの道は、やっぱりはずせない。

 紅葉狩りと言っても、赤緑色弱のぼくには紅葉しているのかどうか判然としないことがある。これって紅葉してる? などと写真を一覧しながらヨシエどんに聞いたりしている。これでカメラマンなんだから、いい加減なものだ。


 それでも秋の山道はなんとも気持ちがいいものだ。思わず鼻歌まで出る。『I LOVE YOU』。ダケカンバやブナやカツラの一本一本に向かって、ささやくように歌ってやった。はじめはごあいさつ気分だったのが、気がつくとかなり熱中していた。空を舞う落ち葉にも、足下のクマザサにも、鳴いている小鳥にも。出会った山の住人たちみんなへの讃歌の贈り物だ。これじゃまるでアルプスの平原を舞うマリアとおんなじだ。サウンド・オブ・ミュージック白山編、なかなかに愉快だ。

 いきなりふたりの女性に出くわした。ニコニコ笑っている。なんだ? そうか、歌っているのを聞かれたかな、とあとで気がついたが、肝腎のあいさつを忘れてしまった。よし、と、すれ違った後ろ姿に向って、小さな歌声でお返ししておいた。『I LOVE YOU』を歌うときは相手にまなざしを向けるのがどうやらコツのようだ。それだけで心がこもった気になる。聞き慣れない小鳥の声に向って歌うと、ほらね、小枝をちょこちょこと飛び回って姿を見せてくれた。うーん、白山の秋、最高に幸せ。


kazesan's gallery「白山の秋」



| 18:31 | 白山 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
<< | 4/5 | >>