kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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流砂
 これまでのぼくと、これからのぼくは、すこしちがうような気がしている。と、かなりの期待をこめて、半年ほども前から予定していた写真展の内容を今の気持ちに合わせて変えてみた。タイトルは、流砂。三年前の夏の夕暮れに見ていた静かな波打ち際を思い出す。海の妖精がいるなら、ふうっと息をふきかけ揺らいだような、さざ波とも言えない小さな波にも、砂つぶはころころところがっていた。砂つぶはどこへでも流されてゆくけれど、その固いつぶを見ていると、きっとこの中には意思があるのだと、思った。ぼくも、意思を持とう、と思う。だから、流砂なのだ。



 写真展は、ここまで流されてきたぼくという砂つぶの、ひと区切りとしよう。大したテーマも持たないで、よくもここまで撮ってきたものだ。そればかりは誰も知らないことだから、自分でほめてやろう。でもここからは、まだ言葉にはならないけれど、テーマかそれとも意思のような、まなざし、というものを育てたい。砂つぶはころころと、ひとつの目となってころがっていこう。

 祈り、という言葉に、静かに、それでも敏感に反応している。祈るとは、どういうことだろうか。ぼくには生涯わかりそうもないことと、残りの日々にカメラをたずさえつきあっていこう。原っぱに立ちながら、今朝はそういう気持ちになった。 






| 16:36 | 写真 | comments(4) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
聞こえる写真
 幼馴染みのマーちゃんが写真の大好きな友人に会ってくれというので、写真集やポストカードなども持参して集合場所の社会福祉センターへと出かけた。相手の方は、藤沢さんという七十四歳のおじいちゃん。と言っても、お互いの写真を見せ合いながら会話を楽しんだ一時間あまり、ずっとニコニコとして笑顔を絶やさない、ぼくなどよりはずっとお若い気持ちの方だった。マーちゃんと藤沢さんは手話を交えていろんな話題に花を咲かせた。藤沢さんは耳が聞こえない。ぼくはと来たらふたりの間にはさまって笑っていることが仕事のようなものだったが、それでも一応は「プロに会えた」と喜んでもらえたようだ。

 市内を流れる犀川のほとりで撮ったという、雛をねらって舞い降りるトンビとそれに立ち向かう親ガモの写真を、藤沢さんは一番はじめに見せてくれた。お気に入りの一枚のようで、地元紙の投稿欄でその月の一席を受賞した作品だった。鳥たちの一瞬ごとの動きをジェスチャーまじりで細かく解説してもらいながら、ぼくは聞こえないということが撮る上でどれほどのハンディになるものかと想像していた。大体が、ぼくは耳を使っているだろうかと、そんなことも思ったりしながら。



 目と耳がある。撮ることは見つめることからはじまるだろうから、目には大きな働きのあることは疑いようはないけれど、写真から音を感じるということも時としてある。聞こえない藤沢さんがとらえた親ガモも、トンビに向かってガーガーと鳴き叫んでいる、まさにもっとも勇敢な姿をしていた。

 撮る瞬間に、音にも注意できるだろうか。五感の働きを同時に感知することはできないのだと、数年前インドのある聖者が話すのを聞いたけれど、それでもできるかぎり全感覚を研ぎすましてファインダーをのぞけたら、と想像ばかりが膨らむ。

 藤沢さんは、ほんとうに写真が楽しくてしようがないという感じだった。見習いたい。打ち込んでいる人からは、あふれ出るものがある。それがぼくにも伝染してくる。マーちゃんは、もうひとり会ってほしい人がいる、と言っている。写真家を目指す若い女性だそうだ。ぼくにも新しいスタートが訪れているこのときに、まさにグッドタイミングの出会いだ。写真を愛好する者同士、共に刺激し合えばいい。それぞれの思いを抱きながら。





| 22:48 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
シャッターチャンス



 シャッターチャンス。被写体との類いまれなる出会いの瞬間を言うのだろうが、星野道夫さんは『自然写真家という人生』という一文の中で、たとえば「どれだけ撮りたいと思い続けたか」というような、「撮る姿勢と関わっているような気がする」と書いている。つまりは、偶発的なものではなく、自然や人への理解と見方に大いに関わっているということか。それを生き方とまで広げてもいいのかもしれない。

 五十年あまりも生きてきたのに、今ごろになって、ようやく写真のことを考えはじめている。撮りたいと、ほんとうに強く思う。はじめてのこの気持ちがずっと萎えないでいてくれるといいけれど、先のことは考えなくていいのだと、もう知っているぼくだ。

 人を撮りたい、能登で撮りたいと、この数年ずっと持ちつづけてきた思いがそろそろ頂点に達する。レベルを示す計器があれば、針が振り切る一歩手前まで来ている。ドキドキと鼓動が高鳴る。意識しないと、深い呼吸を忘れそうなほど。どんなシャッターチャンスが待っていてくれるだろう。ここまでぐうたらなカメラマンだったから、向こうから逃げて行くかもしれない。それもいいさ。冬の能登に、早く会いたい。






| 22:51 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
kazesan.net #010 己丑長月
 なんで長月なんだろうと調べてみたらネット上の『語源由来辞典』には諸説が載っていて、中でも夜長月(なこりのつき)が転じたという説がもっとも有力だとか。たしかに、もう暗くなってきた、とばかり、夕闇が迫るころに一日を終える気分になる。夜は長いのにそのほとんどを眠ってしまうぼくは、ふとんの中がこのごろますます気持ちがいい。朝は寒くて出たくなくなる。散歩もこれで二日つづけてお休みだ。肌寒い長月が好きになる。

kazesan.net #010 己丑長月



kazesan.net





| 07:57 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
シャボン玉と微笑み
 かほちゃんは小学校一年生だとか。タウリンと同い年だ。孫の世代と仕事をしているなんて、ちょっぴり可笑しい。撮影の段取りをして、それじゃよろしくおねがいします、と声をかける。相手が子どもであろうとおとなであろうと、それが仕事の礼儀だ。とは言いながら、子どもは子ども。プロ意識があるものか見当がつかなかったが、ディレクションしたデザイナーからの注文に「意味わかんない」と返したところをみると、理解していないことはできないということだろうから、これはれっきとしたプロフェッショナルだ。大したもんだ。流れに任せるとか言いながら、なれ合いで事を済ませるおとながゴロゴロいる世の中だろうに。付き添いのおかあさんが「もっと笑って」と催促すると、かほちゃんならではの微笑みを浮かべた。シャボン玉が画面にいっぱい広がって、ぼくはうれしくなって声をあげた。「わぁ、きれい」。ほんとうにきれいなのだ。ファインダーをのぞいているぼくにしか見えないものだったが、不思議なものだ。ぼくの感動がかほちゃんに伝わったんだろうか。作った微笑みが、本物になった。こんな写真、撮ろうと思って撮れるもんじゃない。写真の神さまからのプレゼントにちがいない。







| 14:46 | 写真 | comments(4) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
野町和嘉『聖地巡礼』
 野町和嘉『聖地巡礼』を観た。会場の福井市美術館は雨模様も手伝ってか妙に閑散としていて、大掛かりな写真展にしては不釣り合いなほどの落ち着きにつつまれていた。野町さんの写真には写真集や雑誌などでは何度も出会っているけれど、オリジナルプリントを目の前にするのはこれが初めてだった。オリジナルプリントと言っても今ではインクジェットプリントが主流のようで、ぼく自身も同じようにそれに親しみながらいまひとつ満足感が得られなかったのは仕方がない話か。巨大プリントの迫力はあっても、一枚一枚作り上げるという味のある世界とは、ここでは目的が違うのかもしれない。

 だが氏の写真の持つ力には、ぼくは無防備ではいられなかった。この地球上には、人間が生きている。その中のひとりがぼく自身でもあるというのに、壁に展示されたインドやイスラム世界、南米、アフリカなどの人たちの表情や姿を観ていると、自分のウソ臭い内部がガラガラと崩れて行く気がして虚ろな気持ちになった。この人たちは生きているが、ぼくはほんとうに生きているのか。まっすぐな心で、とか、心のままに、とか、それはぼくが折りにふれて感じていることだが、生きていることがその程度のことでいいのだろうかと、考えないわけにはいかなくなる。



 八十年代半ばのエチオピア。第二展示場はその白黒のオリジナルプリントで構成されていた。写真の中の、切羽詰まっているようで、それでいて信じるものに委ねている大地の人々に、もしかすると本人さえ気づいていないような開放感を感じるのはなぜだろうか。あれらはけして無力感などではないだろう。極貧の救援キャンプで力なくうずくまるしかない少年の後ろ姿にさえ、ある種の力を感じてしまう。命そのものの輝き、などと言ってしまうと、どうにも真の乏しいしたり顔の言葉になってしまうけれど、その少年は、自ら投げ捨てるものではない命と、死を茫然と待つしかない状況で向き合っている。命とはなんだ。人間とはなんだ。聖地を巡礼する人々と対比するように展示されていた別室のエチオピアの惨状にこそ、ぼくは神へと巡礼する人の神々しさを感じていたのかもしれない。

 とにもかくにも、聖地の全体像ばかりかひとりひとりの姿を見つめた氏の眼差しが、数々の大切なものを失ってしまった現代の日本人に問いかけるものはなにかと考える。鑑賞するという程度で留まることのできない写真たちばかりだった。重苦しいものが残ってしまった。だが、残って良かったのだ。まだぼくにもいくらか望みがあるのかもしれない、と考えよう。せめて残された日々の中で、ほんとうに生きるということをしてみたい。ぼくの中にも、輝く命が息づいているはずだ。







| 10:31 | 写真 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
kazesan.net #009 己丑葉月
 kazesan.net 。ぼくが秘かに大切にしているつながり。言葉ではなく、写真でしか伝えられないものがある。ぼくにはまだそんな力はないし、そう言えば、伝えたい思いさえ持っていない。なのに、写真家志望。なのに、kazesan.net 。つながりが、ぼくを育ててくれている。



 影に惹かれたのか、それとも光か。思い返すとどっちにも惹かれたような気がするけれど、はじめは光っている松の葉っぱが美しいと思った。ということは、光る物に惹かれたということか。光と影とはよく対にして言われるけれど、そのどちらをも感じるためには、物が欠かせない。色即是空とは言うけれど、ぼくには物は欠かせない大切なものなのだ。


kazesan.net






| 23:11 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
カメラ小僧の気概
 いよいよこの年になって、カメラ小僧に磨きがかかってきた。日常のシーンを撮りまくっているだけのことだが、これがなんとも面白い。被写体はどこにでもあるようなものばかり。足下の草花、打ち捨てられた物や物、要するに、だれからも見過ごされている、きれいでもなく、特別何かを感じるわけでもない、ごくごくありふれた風景たちだ。同じようなものはこれまでも撮ってきたはずだが、この頃はいくらかちがった気分を持っている。被写体に、ぼくは完全に共感しているようだ。ぼく自身の中にあるわざわざ人に言う必要もないちっぽけな感情と、それらの被写体との間に、とっても親密な関係を感じる。まるで庶民と庶民が寄り添って互いの日常を讃え合っているような感覚だ。だがあくまでも慰め合っているというような物悲しい関係ではなく、深い信頼に裏打ちされて、底辺に住む者と物が同志として讃え合っているのだ。ぼくは、ようやく撮りたいもののひとつに出会えたな、とまで思っている。



 写真家になりたいと、ずっと思っていた。だがそれは、もうあきらめた。否、あきらめたのではない。写真家などと居丈高に構える気がなくなった。ぼくはただ写真が好きなのだ。そして、生きていることだけで、十分なのだ。生きている日常にはなんの問題もない。問題がないのだから、何かを訴えたり、表現しようと力む必要性もない。

 問題とは、なにか。自分の思い通りにならないことへの、抵抗感ではないのか。世の中に問題があるのではなく、憤りを感じている自分の中にこそ実は問題があるのだと、このごろ思うようになった。

 たとえば庶民とかけ離れた政治。たとえば利益追求の経済。たとえば口先ばかりの環境保護。数え上げれば切りがない。それらすべてがおいそれと変わるのか。正義の使者として思い描く通りに変えようとすることの中に、なんの矛盾も、なんの問題も潜んでいないのか。現代生活を営み維持すること自体が、環境破壊ではないのか。

 だから、問題とは、なにか。問題にしていることのすべては、人間が存在しなければなんの問題にもならないものばかりだ。人生を授かったということの意味は、そんな問題を解決するためにあるのだろうか。残された貴重な時間を費やす先は、ぼくの中にこそある。自分が底辺で生きていることを、まず謳歌しようと思う。それ以上に大切なことがほかにあるのだろうか。生きている環境と生きていること自体には大した関係はないのだと、カメラ小僧の目は感じ出している。

 食べかすとして捨てられたトウモロコシの芯は、ぼくだ。用水の急流に翻弄されている諸々のモノたちも、ぼくだ。だがその境遇を嘆いているのではない。小心者にはちがいないけれど、この世の人生を堂々と胸を張って生きていく気概ぐらいは、いつも持っていたいのだ。




「untitled」



| 20:19 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
等身大レンズ
 焦点距離50mmが面白い。標準レンズと言われているが、写真学校に入学して講師がまず言ったアドバスが、「この標準を使いこなせるようになるまで撮りつづけたらいい」だった。天の邪鬼なぼくは、初めて覗いた広角が楽しくて28mmばかりで撮っていたものだが、今ごろになって標準レンズに取り憑かれているんだからおかしなものだ。

 なぜ標準レンズと言われるのかは人の目の視角に近いというのが理由だが、使いこんで行くうちに自分なりにわかってきたことがある。望遠でも広角でも、マクロでもなく、50mmには気負いがない。小さなものは小さなままに、大きなものは大きな分だけ画面からあふれ出し、どれもこれもが力まずにそれらしくそこにいる。切り取った画面の中には等身大の被写体が見えるといった感じで、それがぼくの中の素直な部分ととてもうまくマッチしている。

 けれども、標準レンズという言葉はちょっと面白くない。これからはこの50mmのことを等身大レンズと呼ぶことにしよう。しかも今では生産していない希少なものだ。開放値F1.0が災いしたのかフレアーやゴーストがよく出るし、全体に締まりのないトーンになってしまいがちで、高価な“逸品”は人気がなかったのかもしれない。中古で仕入れたぼくにはそのあいまいさが好みになっているんだから、実にうれしい出会いではある。



 F1.0というのは人間の目よりも明るいのだと、マニュアルで読んだものか、うろ覚えに記憶が残っている。これはちょっとした威力だ。まだ薄暗い早朝の散歩でも、一本のろうそくのほのかな灯りでも、ほとんどが手持ちで撮れてしまう。ブレたらブレたで、それがまた味というものだが、なるべく作為のない写真とつきあいたいぼくだから、その場のその光のままに撮れるといことは、これもまた等身大ということだ。

 それで、ぼくは、等身大で構えているか。等身大で自分と周りを見つめているか。妙な背伸びはいらない。心を着飾ることもない。あるがままの自分をよくよく見つめるのだ。それこそが、人生の後半にはとくに必要なことにちがいない。等身大レンズの開放で撮りながら、心もまた解き放つのだ。

 名もない一介の愛好家が撮る写真には、だから同じように名前はいらない。だいたいが、ぼくの人生にもタイトルなどついていないのだ。そんなぼくが等身大で出会ったものは、当然だが無題だ。ただどちらも大いなる等身大のままに、互いを讃美しあうのだ。



「untitled」





| 21:21 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
大先輩とのひととき
 「撮るということ」をテーマにして写真展を開いたのは、撮りはじめて三十五年ほども経ったぼくが、この辺りで一度、自分と写真の関係について考えてみたかったからだが、その会場に足を運んでくださった大先輩がいて、今すこし恥ずかしくなっている。

 御園直太郎さんは、八十九歳の現役写真家だ。近ごろは腰を痛めて撮りに出ることは少なくなったそうだが、これまでの作品をデーター化するなどして、写真との関わりをずっと大切にされている。

 「こんなことをしているんだよ」と見せてくださったのは、ぼくが生まれたころに撮られた能登の写真たちだった。輪島の朝市は、その頃はまだ、地元民の生活の場だった。どこもかしこも観光産業が町おこしの柱になってしまった現代日本にはない、素朴で慎ましやかで、けれども素顔が生きている、これこそが人間らしいというような息づかいの伝わってくる写真だった。

 御園さんの、撮っている当時の姿を想像した。まだ四十歳前だ。どんな視線で被写体を追いかけただろうか。「ただ写っているだけでも、こうして年月が経つと、写真にはそれなりの力があるもんだ」と、ぽつりとおっしゃった。御園さんにとっての「撮るということ」はまさに人生そのものだった、と思ったが、畏れ多くて言葉にはできなかった。



 自分の撮ったものを後世にまで残したいと思ったことは、これまで一度もなかったけれど、ぼくの知らない五十年以上も前の身近な風景を見ながら、日常の荒々しい時間とはちがうゆるやかな時の流れが、ひとりの写真家の人生を通して感じられることへの、喜びにも似た、静かな感慨を覚えた。絵でもない、言葉でもない、時を越えて、写真だからこそ伝えるものがあるのだ。

 「桝野正博は、木喰上人のように、大自然の、宇宙の、仏の恵みと安らぎを、写真で人々に分とうとしておられるようだ」。
 
 「撮るということ」の感想を、御園さんはそんな言葉で伝えてくださった。畏れ多い話だが、ぼくはそれを大先輩からの叱咤激励として、大切に心にしまっておこう思う。

 これまで興味の湧かなかった皆既日食が、なぜだかわからないけれど急に見たくなった。日時を見ると、この二十二日だ。それも観測に相応しい日本の地点は鹿児島の島々で、今からでは渡ることさえ難しそうだ。それなら佐多岬ぐらいまでならとスケジュールを確認したら、その日は白山に登りながら写真教室を開くことになっていた。なんともお粗末な話だが、次に日本で見られる皆既日食は、うれしいことに中部地方が含まれている。今度こそ見逃さないでいたい。ただ、その時期には、ぼく八十歳を越えている。

 そのとき生きているなら、空を見上げながら、思い出すだろう。「大自然の、宇宙の、仏の恵みと安らぎ」を。





| 11:26 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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