kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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責任
 たまの地元紙を開いて、またこのコラムに出会った。日本冒険遊び場づくり協会副代表の天野秀昭さんが書いている『すくすく/遊ぶことは生きること』。この方の言葉は、子供と遊びたいおとなのぼくにずっしりと響いてくる。

 「階段の二段目から飛べたから、次は三段目に挑戦…。誰でも身に覚えがある遊びだろうが、このとき子どもは危険やリスクに気づいていないだろうか。そんなことはない。子どもは十分に分かっている。リスクへの挑戦こそが遊びなのだ。
 リスクを承知で限界に挑み続ける子どもは、自分の限界がどの辺りにあるかを全身で探っている。『これ以上は本当に危ない』と感知するセンサーが、だから育つ。自己防衛や危機察知の能力は、自分の命を守る上で欠かせない『ちから』だからだ」。

 「そんなこと危ないからやめなさい」。おとなのこの制止が、どれほど子どもの力を蝕んでいることだろう。危険を察知する能力ばかりか、おそらくやる気という、人が生きていく上でのもっとも基本的な力さえ奪っているのかもしれない。なぜだろうか。天野さんは、なにかあった時に責任を取るのは大人というのが本音だろうが、として、しかしこの理屈が正しいとは限らない、と続けている。

 「本当にやりたいことをやった子どもは、そこで起きた問題の責任を他人に転嫁したりしない。本当にやりたくてやったという思いが、自分という主体を痛感させ、逃げたくても逃げられない自分と対峙させる。(中略)
 このとき責任は『取る』ものでなく、『負う』ものとして自覚される。そして『負う』責任は、人としての自立に深くつながる。これは、大人が教えようと思っても教えられるものではない」

 この軟弱な現代社会になり果ててしまった原因は、どうやらこんなところにあったのだと思うのはぼくだけだろうか。「『責任が取れない子ども』から責任を取り上げ、その自由を大幅に制限」しているおとなたちの意識の中には、自らの責任を回避したいのだという、そんな本音はないだろうか。


 登校しない日々を送っていたころの娘に、いろいろ迷ったあげく、ぼくたち夫婦は伝えた。「学校へ行こうが行くまいが、君の自由だ。好きにしたらいい。おとうさんたちは君と楽しく暮らせればそれで十分だ。でも、学校へ行かないということは、その反動がなにかの形で自分に返ってくることだけは忘れんなよ」。その言葉が大きく間違っていなかったことを、今成長した娘を見ながらときどき思い出すことがある。

 自分で決めて、決めたことで招いたことを、また考える。考えて、さらに次の選択をする。自分の足で歩くということは、楽しくもあり、ときには厳しくもある。大した苦労もせずにここまで来てしまったぼくだから、大した力も持っていない。だから子どもたちの人生には金も出さない代わりに、口も出さなかった。それでよかったというより、そうするしかなかったわけで、結局は偶然にも、ぼくたちは親としての責任を果たすことができたのかもしれない。いつも自分で責任を負うということを伝えられたのだから。

 だれの道も制限しない、とは、言うほど簡単なことじゃない。ついつい口を挟みたくなってしまう。なぜだろうか。自分の思い通りにコントロールしたいと、どこかにそんな気持ちが隠れていて、それに気づいてぞっとすることがある。人を思っているふりをしながら、多分に自分の気持ちを優先していることが多いのかもしれない。

 冒険遊び場が掲げるモットーは「自分の責任で自由に遊ぶ」だそうだ。責任とは取るものではなかったのだ。失敗もして、痛感して、負うものだった。遊びながら、子供たちは真剣勝負をしているのかもしれない。勝っても負けても、その勝負は自分自身が相手だ。

 来年あたりから、ぼくは「ひかりっ子くらぶ」を再開する気になっている。子どもたちとの創造的な場を作っていっしょに感じて遊びたいだけだったが、まだまだぼく自身を見つめる必要がありそうだ。おとななんだから、いっしょに遊んでいればいいというだけの存在ではないようだ。ぼくもまた、責任を負う、おとなでありたい。


| 12:48 | ひかりっ子 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
虹色の夢
 We are the rainbow bridge between Heaven and Earth!

 私たちは、ひとりひとりが虹の架け橋。 天と地の間に、みんなで虹色の光を架けましょう。

 新しいマイミクさんのプロフィール欄にあった言葉だ。これまでのぼくなら一瞥して、それで、うんうん、とか頷いて、あとはなんということもなくその前を通り過ぎた話かもしれない。ユコタンも虹の架け橋をとても大切にしていた。でもぼくには、天地や銀河に虹の橋を架けると言われても、いったいなんのことだか意味がさっぱりわからなかった。それじゃ、今はもうわかったのか、と問われても、やっぱりわかっていない。けれどなんとなく、みんな虹の架け橋なんだよ、という話を信じたい気持ちにはなっている。

 人にはチャクラというエネルギーにまつわる何ものかがあるそうだ。インドで一度経験したことがあるだけで、それ以外はぼく自身はチャクラを実感したことはまったくない。聞いたり読んだりしただけの話だが、チャクラには色がある。赤、オレンジ、黄色、緑、青、インディゴ、紫だそうだ。これって虹の色とおんなじなのかなあ。色弱のぼくには虹の色をしっかりと識別する力がないので正確にはわからないけれど、もしもそれが虹と人の身体の共通点のひとつなら、こんなに愉快な話はそうはない。

 それに、オーラというものもあるというじゃないか。近ごろは息子まで「あの先輩のオーラはすごかった」とか言うので、普通に使われているようだが、そのオーラにも色があるそうだ。誰にでも見えるものじゃないのは残念だが、人は見える身体だけの存在ではないのだろうと、そんな話からも容易に想像できてしまう。

 チャクラやオーラばかりじゃない。心にも色があるだろう。ハートから放つエネルギーにも美しい色を施すことができそうだ。まっ白で生まれてきた人間は、その身体の内にも外にも七色の光を放っている。そう言えば光の三原色を混ぜれば白になるんだった。なんだ、簡単な理屈じゃないか。人は虹の光だと言っても、なにも驚くことじゃなかった。


 原っぱに寝っ転がって、大空を仰ぐのが好きだ。そんなときはいつも、天と地と、ぼくというひとりの人間だけでこの世界を構成している気分になる。ずっとそうしていたくなるほどだ。「ああ、気持ちいいなあ」と出る言葉はそればかり。もしも、気持ちいいという瞬間が、天と地を、人という光がつないでいる瞬間なんだとしたら。

 もしもそうなら、人は生き方を変えないでいることはできないだろう。気持ちいいことを優先するのが、生きるということになるんだ。自分ひとりが気持ちいいなんて、それでは気持ち良くないから、周りの人たちへの気持ち良さも保証しなければならない。気持ちよくなることに、お金はそんなにかからないだろう。気持ち良く働くことだってできるし、遊び方もきっと様変わりするにちがいない。

 そうして人が虹色になって橋を架けると、天と地は急激に近くなるのだ。見えないものが見えるようになり、見えていたものは実は見えなかったものと分かれていなかったのだと、誰もが知るようになる。世界は本当の姿を現すのだ。などと想像してみるのは、実に楽しい。気持ちがいい。これからは夢も描いて、空を仰ごう。虹色の夢。世界は虹だったんだ。


| 11:58 | ひかりっ子 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
I LOVE YOU
 運転しながらつい口ずさんでいた。『I LOVE YOU』。インテンシブの期間中、何度も歌った曲だった。

 愛しているなんて言葉に出して言えるもんか、歌うだけでなんになるんだ。ぼくはこの歌だけは歌わないぞと、へそを曲げてインテンシブに参加した。ところがさっそく初日からマイケルがひとりひとりの前に来て歌った。「ほら来た」と身構える。一応口パクだけして、せっかくの気持ちにだけは応えておいた。その後のマイケルの言葉だった。

 「心に愛がないのなら、言葉だけ並べてもなんの意味もない。」

 まったくその通りだ。お恥ずかしい。ヨシエどんと暮らしながら、ときどきの電話で「愛してるよ」などと伝えたことがあるが、それは心からの言葉だっただろうか。どうにも自信がない。たまには愛の言葉をかけてやろう、というごあいさつ程度のものだったことを告白しなければならない。


 互いに向き合い、目と目を合わせ、あなたを愛しているという心を向けた。見つめ合うと、心がきゅーんと動き出し、鼻はつーんとなって、自然と涙があふれてもきた。瞳って美しいな、と思った。目は口ほどにものを言うとは、どうやら本当のことだ。言葉にはならないけれど、見つめていると、その方の気持ちが伝わってくる。互いの心を開いて、その開いた心でふれあった。愛は差し出すばかりではなかった。受け取る器が必要だ。ぼくなんか、わたしなんてと、案外だれもが心の片隅で思っている。本物の愛を受け取るのに資格はいらない。愛は行ったり来たりしている、人が持っている宝ものだ。

 無条件の愛、という言葉をマイケルは使った。いろんなところで何度も聞いたことがある。色めがねに適った条件つきの愛ならぼくもいくらか持っている。それは相手次第なのだ。けれども相手がどんな人かは、どうやら感じている人の好みや互いの関係に大きく左右されている。この人は好きだ、あいつは嫌いだ、というのは、愛からはほど遠い感情にすぎないようだ。愛情とはその程度のものなんだろう。無条件の愛とは、相手ではなく、まず自分を見つめることからはじまるのかもしれない。

 見つめながら感じていた。相手ではなく、ぼくが差し出している愛というものがあることを。その愛は、相手ばかりか差し出しているぼく自身にも向けられている気がした。不思議な感覚だった。ふたりを包む愛の磁場とでもいうようなものがあるのかもしれない。愛は目には見えないけれど、確かに存在しているエネルギーのようだ。

 すっかり『I LOVE YOU』が気に入ってしまった。オランダだったかヨーロッパのインテンシブの参加者が作ったそうだ。タイトルのフレーズを繰り返すとてもシンプルな曲で、一度歌えば覚えてしまう。対向車の見ず知らずの運転手に向かって、歌ってみた。ガラス越しで声は当然届かない。相手にはなんの変化もないだろうが、歌うぼくの心が和らいでいく。愛。不思議なエネルギーだ。それは神の粒子だと言ったマイケルの言葉を思い出す。歌うと、粒子が踊り出すようだ。



| 07:19 | ひかりっ子 | comments(4) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
 どんな花も美しいと感じていられるのに、なぜ同じようにぼくは、どんな人も美しく見えないんだろうかと、それがずっと不思議だった。問題は感じているぼくにあることは確かだったが、なぜだかわからなかった。

 花は、そのものが愛だという。だったら人も愛だろうか。母親になれる女性は、もしかすると先天的に愛を知っている生き物かもしれない。父親のぼくにもいくらかその資格はあっただろうに、知ろうとする気持ちがなかった。愛を知ろうとしたことが、ほんとうにはなかったのだ。ほんとうの愛を感じたことがなかったのかもしれない。

 愛は語るものじゃないだろうと、ずっと思ってきた。だから口にしなくていい。けれどもお前は愛を生きてきたか。わからない。わからないということは、少なくとも自信がないのだ。仕方がない。愛のことをぼくは、知らなかったんだから。

 愛のことを考えないできたのに、今さらどうしたというんだ。いきなり感じてしまったのだ。

 泣きじゃくる人が、心がこもる仲間の目で見つめられた。優しく強く、抱きしめられた。一瞬ではなく、静かに長くだ。たったひとりからでなく、時間をかけて何人もの人からだ。抱きしめられて泣けて、泣けて、泣いた。止まらないのだ。抱きしめた人も泣いていた。これが愛なんだろうか。この熱いものは、どこから生まれてきたんだ。人も愛なのかはわからない。けれどもこれが愛なら、それは人と人の間にあった。誰かと誰か、という固有の関係でなく、ただ、人と人の間に。そして人たちを見えないベールで、柔らかくふんわりと、見つめるように包んでいた。

 激しく泣くにはそれなりの理由がある。止まらない涙が、その理由を融かした。融けてなくなったんだろうか。わからない。洗われて、流れ出てしまったんだろうか。離れていっただけだろうか。わからない。それとも自ら手放したんだろうか。

 愛、だったんだろうか。愛。なんて美しい言葉だ。まるではじめて聞くような気がする。愛の正体を、ぼくは知りたい。
 




| 08:50 | ひかりっ子 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
子供の人生を盗まないで
 地元紙の今朝の「ライフ」欄にハッとするコラムを見つけた。書き手は日本冒険遊び場づくり協会副代表の天野秀昭さんとあるから、子どもたちとのつきあいは古そうだ。題して「遊ぶことは生きること」。子供の人生を盗まないで、と見出しにあった。最後の部分を引用すると、

 ***

 子どもにとって、この世の体験は生まれて初めてのことばかりだ。転んだりぶつかったり痛い思いを何度もしながら、さらに挑戦を続け、やがて歩くこと、走ること、跳ぶことを体得していく。
 やったことがないことに興味を持ち、自分の限界に挑み続けるのだから、危ないのは当然だ。しかし、それは自分で育とうとする気持ちの表れで、リスクが生じることも子どもは百も承知だ。
 多くの大人はこうした行為を禁止し、お仕着せのプログラムに子どもを押し込め、自分たちが望む方向に育てたがる。それは、生きる主体を子どもから乗っ取ることにもつながる。大人に人生を盗まれた子どもは、生の実感を持てなくなっていく。このツケは、思春期以降に大きな問題として浮上する。

 ***

 これを読みながら、幼いころの一場面を思い出した。かくれんぼかなにかで遊んでいた時のことだ。草に覆われた低いけれど急な崖を滑り降りようか、しばらく迷っていた。周りにはだれもいない。面白そうだが、草があまりに深くてすこし怖かったのだと思う。それでも最後には思いっきり飛び込んだ。やったあ。きっと冒険家の気分だった。得意になって仲間のいるところへと戻った。ひでちゃんだったかゆたかちゃんだったかがぼくの腿を指差して、「血が出とるぞ」と言った。見ると足の半分以上が赤く染まっていた。ぎょっとしたけれど、痛くも痒くもなくて、とっさに強がってみせたのを今もはっきりと覚えている。それ以来だろうか。ぼくはすこし用心深くなった。そして勇気もすこし持ちあわせるようになった。


 この夏の舳倉島のひととき、高さ四メートルの防波堤から海に飛び込むという予期せぬ展開になった。なんの迷いもなく飛び込むガキ大将風なやつがいて、低学年の女の子まで思いっきり飛び込んだ。「かぜさんもやってよ」と言われて、引き下がるわけにも行かない。よし、と立ってはみたもの、下を見てビビった。ああ、やめときゃよかった。一二度躊躇し,覚悟を決めた。飛んでしまえば、あとは引力にまかせるしかない。子供たちが何度もトライする中で、でもぼくは一回で十分だと舟にあがった。

 そのあとのことだ。いつまでも跳ばない子が防波堤の上に数人残った。まわりからはやんやの喝采(とぼくは思ったのだが)、他のリーダーから、「茶化すのはやめろ」「もう時間がないんだから、跳ばないならやめて下りて来い」となってしまった。

 なんということだろう。ここがこの滞在中のクライマックスだったことが、大人たちには分からなかったんだろうか。ワクワクドキドキという表現を積極的に使うのは好きではないが、跳ぼうとする者にも、それを見守っている者にも、まさにそういう瞬間だったのだ。まったく尻切れとんぼのままに、そして何ごともなかったかのように、三艘の小型船はすぐそこに見える岸壁へと帰路についた。

 残った子どもたちが跳んだか跳ばなかったかの差は、それぞれの気持ちの問題だから、まわりがどうにかしてあげることでもないだろう。ただトライする機会を簡単に奪ってしまったことだけは確かだった。なぜだろうか。からかう行為が許せない、時間が過ぎている。ほかにもいろんな理由をあげてきそうだが、きっとどれも彼らの「人生を盗む」理由としては弱すぎる。

 コラムを読んで、あの瞬間のぼくのもやもやの訳がよくわかった。大人は、なにかの都合のために、それも思い込みの都合をあげて、子どもから生きる機会を奪っているのだ。自然体験活動の中でさえそうなのだから、いわんや暮らしの中ではだ。

 ぼくは、あの草の崖を飛んでよかったと、今になって思っている。トライすることから逃げず失敗をおそれなくなっているとしたら、きっとあの崖のおかげだとさえ思う。防波堤に残ったあの秀才肌の子は、「おまえ跳ばなかったもんな」と帰りのバスの中で言われ、黙っていた。くそったれ、おとなのせいだ、とぼくの心もいっしょに痛かったが、きっとあいつ、どこかでまたトライする気になるかもしれない。そのときはおとなたちよ、絶対に邪魔しないでくれ。



| 11:52 | ひかりっ子 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
夏の想い出
 おとなでも子供でも、相性というものがあるのだろう。とくにぼくは好き嫌いが激しくて、能登で過したわずか三日間の日程でさえ、仲良しになる子と会話さえ交わさなかった子がいた。分け隔てなく誰とでも遊びたいぼくだが、相性が悪いのか、話しかけると離れていく子だっていた。

 担当の子供たちじゃないのに、匂いでも嗅ぎつけてくるのか、それともこれを出会いというのか、数人の女の子らとよく遊んだ。どちらかと言うと、参加メンバーの中では低学年の子らで、ぼくにはちょうどいい遊び相手だ。彼女たちにもそれがわかったのかもしれない。

 夜になっても夏は暑い。そうだ、こわい話しようか、と誘ってみた。布団を並べて眠る雑魚寝の大部屋。縁側に近い隅っこに仲良し全員が当然いっしょになった。消灯になり、スタッフのミーティングが終わって、いそいそと布団に戻った。

 これは、ほんとうの話なんだ。ぼくがまだ君たちみたいに小さな頃、川で遊んでいてね、足が抜けなくなってしまった。最初はあわてずにいたんだけど、どんどん暗くなって、やがて夜になってしまったんだ。

 みんな固唾を飲んで聞いている。

 そこへどこからともなく現れた影が言うんだ。「おや、ひろ、君はまだ気づいていないようだね。君はもう死んだんだよ」。すると、うつぶせになってぽっかりと川に浮かんでいるぼくの姿が見えた。えっ、うそだ、死んでるわけない、ぼくはここにいるじゃないか。

 作り話だからストーリーなどあるわけもないのに、よくも次々と言葉が出てくるもんだと、自分でも面白くなってきた。「こわい・・・」と一番小さな子が言った。すこしやさしい目になって見つめてやり、そして調子に乗って話しつづけた。

 ほんとうに死んでしまったようだ。ぼくはどうしていいかわからずにいたらね、とつぜん頭上から光が降りてきたんだよ。なぜかぼくはわかったんだ。これは死んだおかあさんだって。「おかあさん」。「ひろ、よく来たね。これからはずっとおかあさんといっしょだよ」。ぼくは光に包まれた。「ひろ、どうしたの? うれしくないのかい?」。そうなんだよ。ぼくはね、もう一度帰りたいと思ったんだ。「じゃあ、これが最後だよ。もう一度地上に降りておいで」。

 
 えーっ、ほんとにほんとうの話なの? という声には答えなかった。作り話さ、と言ってしまえばいいものを、なぜだろう、ぼくは子供たちに本気になって話していた。

 そして降りてきたんだ。それが今のぼくだよ。川で死んだのとはちがう人間なんだ。不思議だけど、ぼくには本当にそう思えるんだ。本当にそう思っているわけじゃなかったが、話のついでにそうなってしまった。嘘つきだなあ、まったく。

 仲良しになったから、帰りは子供たちの大型バスに乗り込んだ。「おい、男女に分かれて尻取り歌をしようぜ」とまた誘ってやった。なんだそれ? と興味を示したのは、やっぱりあの子たちだった。相性がいいと、楽しみ方が似ている。中学時代の修学旅行で歌った遊び方を教えてやった。

 歌いながら、ぼくには気になる子がいた。高学年のどこかつんとした女の子。ぼくのグループじゃなかったからふれあう機会はなかったし、すれ違っても見向きもしてくれなかった。それなのに、目が痛いと、この一番頼りなげなぼくに訴えてきた。湯に浸したタオルであっためてやり、目と足と腎臓はつながってるんだと言って、手を当ててやった。宿舎を出るときになって、一応確かめた。「どう?少しはよくなったかい?」。無表情に「うん」とだけ言って、また離れて行った。そうか、つんとしているのは、ぼくにも覚えがある。似た者同士なんだ、とそのとき気がついた。やっぱりこれも相性なんだな。

 バスを降りて別れる間際になって男の子が話しかけてきた。「かぜさん、あの話のつづき、いつかぜったい聞かせてくれよ。約束だからね」。お前も聞いていたのか。「ああ、いいよ。とっても壮大な物語なんだ」。そうだよ、人生は本当に壮大な物語なんだ。作り話が本当か嘘かなんて、ほんとうはだれにもわからないんだ。なんだかそんな気がした。




| 15:02 | ひかりっ子 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
メリハリ
 「遊ぶときは遊ぶ。聞くときは聞く。もっとメリハリを利かせなさいよ」と、能登での子供たちとのひとときに、ほかのスタッフから諌められてしまった。いい加減な性格は治らないが誰よりも子供と遊ぶのが好きなkazesanと子供たちとのどちらをも叱っているようで、しかしその目は誰にも向いていなかった。まったく憤まんやる方ない。その話を帰省中のナミに話したら、「あら、おかしいわね。遊びに行ってるのにね」と来たもんだ。さすがぼくを見て大きくなった娘だ。そうなんだよ。夏休みを利用して、子供たちは日頃押さえつけられているうっぷんを晴らそうと、メリハリの利いた徹底した遊びを体験しにわざわざ出かけてきたんじゃなかったのか。

 思えば、おかしな話だ。学校で管理され、自然体験活動でも管理されている子供たちは、ほんとうに窮屈でしようがないだろうに、生まれてずっと窮屈だからそうだと認識できない。そしてスタッフときたら、なんの疑問も感じていない。組み立てたプログラムをこなしてゆくことに腐心する。時間とルールの制約の中でいつも中途半端だ。徹底的に遊ぶ、ということがない。子供たちの自主性に任せよう、という方針があったとしても、それを心に唱えながら臨んでいる者などひとりもいない。無事に終われば、それでいいのだろう。


 最後に、ふりかえり、という時間を過した。ここでも、もう時間がない。ひとりがひとことずつ感想を言った。どれも似たようなものだった。いろんな体験ができてよかった、はじめて釣をした、はじめて海に飛び込んだ、海の運動会が面白かった。それを聞いておとなたちはにこにこしながら拍手をしている。ぼくはいっぺんに興ざめだ。この満たされない気持ちは、いったいどこからくるんだろうか。

 いっしょにいる間、子供たちの何人かからいろんな不満を聞いた。出来そうな子ほど、どうも文句が多い。進んでやろうとしないなら参加しなければよかったのにと言いたかったが、単純な遊びになるとそんな彼もがぜん遊び出した。そして彼も言った。「普段できないろんなことを体験できて、とてもよかった」。本心ならそれでいい。けれどもその場の雰囲気に合わせているだけだとしたら、ここはいったいなんなんだ。全体に合わせるだけの人間を大量生産している社会のひとつに過ぎないじゃないか。そんなお手伝いなど、ぼくはもうやめよう。子供がかわいそうで見ていられない。

 こどもたちといっしょに、なにかしたい。このとっちゃん坊やのぼくに、いったいなにができるだろうか。遊ぶことしかできない。本気になってけんかすることしかできない。けがをさせてしまうだろう。ぼくもけがをするだろう。できるのはそれくらいのことだ。そんなおとなをだれが信頼するものか。



| 06:34 | ひかりっ子 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
Dance your way to God
 ミクシィ内で管理人をしていたコミュニティの「ひかりっ子くらぶ」を解散した。と言っても、相棒のユコタンが天国へ引っ越してからというものは開店休業の状態でほとんど名前ばかりのものだった。ひかりっ子とは、この地上に生まれ落ちた人間はみんなひかりのふるさとを持っている、というような意味合いでつけた呼び名だ。だから本当は、地上であくせく暮らそうが、天上でゆったり漂っていようが、だれもがみんなひかりっ子なのだ。

 解散はかねてから考えていたけれど、その朝、きょう実行しようとなぜか思った。コミュニティの削除ボタンをクリックする前にユコタンにたずねてみた。「ほんとうに削除するよ。これでいいね」。もちろん返事などないけれど、目を閉じて感じている身体の中に熱く燃えるようなエネルギーが満ちた、気がした。友を失い、友とつながる形にずっとこだわってきたけれど、もうこれからはその必要はないのだと思った。


 解散の前にもう一度、寄せられたコメントを読んだ。ユコタンのなつかしい話がいっぱいだ。まるで読んで聞かせてくれているような気がした。ユコタンの仲間たちからのも、そのまま残っていた。ほとんどが退会せずに籍を置いたままにしてくれていた。そんな中でぼくが気に入っている言葉に改めて出会った。

 Dance your way to God.

 Sheelさんが紹介してくれたものだ。「おまえの好きなように踊りなよ。いずれはみんな、神さまに抱かれるのさ」。こんな調子でぼく流に意訳して、ずっと大切にしてきた言葉だ。

 家は浄土真宗でも、ぼくは無宗教みたいなものだ。けれど、宗教心ならいくらか持っているつもりだ。この世は、人間の振りかざすちっぽけで、あいまいで、自分勝手な物差しばかりで測っていても、なにひとつ本当のところは見えてこない。だから神の物差しが必要になるのだ。だが、神の物差しとはなんだろう。そういうものがあったとして、果たしてそれを人が扱えるのか。そんなことさえよくわからない。なにもかもは、人には簡単にはわからないほど壮大なものなのだ、ということが、神の物差しにふれてわかることなんじゃないだろうか。人にできること、好きなように踊ればいい。

 天上では神に抱かれて友らが踊り、地上でもまた思い思いに人が踊る。たったそれだけのことが世界だとしたら、なんとも小気味よくないだろうか。





| 20:19 | ひかりっ子 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ユコタンカード完成
 ユコタンファンのみなさん。お待たせしました。ひかりっ子くらぶ特製のユコタンフォトカード、そのラインナップの勢揃いです。このあとさっそくホームページをのぞいてくださいね。ユコタンが出会った光あふれる風景たちをゆっくりとお楽しみください。

 ユコタンはときどき、「マサヒロに出会ってから写真を撮るようになったんだよ」なんて、まるで独り言のように言いました。ぼくはいつも、ふーんと生半可な返事を返すだけでしたが、今から思うと、ほんとうに撮ることが楽しそうでした。でも撮るよりもまず先に、ほら見て、きれい、しずくが光ってる、と感動の声をあげるのです。そのあとしゃがみこんで、じーっと長い間見つめていました。撮ることは付録みたいなもんだな、とぼくは思っていたんですが、預かっていたデーターに改めて目を通しながら気づきました。撮ることよりも、ほんとうは見つめることの方がずっと大切なんだなと。

 ユコタン。ぼくは君に出会ってから、見つめることが楽しくなったんだよ。


 ひかりっ子くらぶ HP


 女神山の朝、撮影を楽しんだユコタン






 
| 13:09 | ひかりっ子 | comments(5) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ユコタンカード
 きょうからユコタンカードを作りはじめた。亡くなる直前に開いた個展のために写真を選んでほしいと頼まれて、何点ものデーターを預かったままだった。あの時は時間に追われていた。無理するなと言ったのに、笑って痛みをごまかしていた。だからぼくも無理してやった。もう一度ゆっくり選んでみると、ユコタンは案外写真がうまかった。見えない光ばかりかと思ったら、ぼくでも気づかなかった足もとの花や葉っぱたちと遊んでいた。たった一枚の写真の中に、いろんな想い出がつまっていた。泣いてすねたかと思えば、たったのひと言でけろりとして笑っていた。人は沢山の表情を写真の中に残せるようだ。そんなものをぼくも撮っているのかと思うと、なんだかすこし、うれしくなる。ユコタンカードは、ユコタンのオカリナの先生でもある京子さんがコンサート会場で展示販売してくれる。聖なるエネルギーと人気を呼んだカードのニューバージョンでの復活だ。ひかりっ子くらぶの主力商品にもしよう。きっと作るねと長女の栄美ちゃんとした約束も、これでようやく果たせる。









| 18:40 | ひかりっ子 | comments(5) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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