kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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高山の花たち
 白山の冬をぼくは知らないけれど、春と夏と秋のそれぞれの魅力ならいくらかは体験している。夏はやっぱり、山好きなら誰もが夢見る高山植物だろう。七月の釈迦新道とこの八月のチブリ尾根でも植生はずいぶんとちがうものだが、それぞれに特徴があって、歩ける間にすべての登山道を歩いてみたいものだといつも思う。

 「天上界というのはきっとこんな感じかもしれませんねえ」と、ヤギおじさんにしてはめずらしいことを言った。辺り一面に広がるお花畑を見ながら、別山から南竜馬場への尾根筋でひと休みしているときのことだった。折からの霧で遠くが霞んでいるものだから、いっそう神秘的に感じられた。

 見えるものと見えないものがおそらくこの世には混沌として入り交じっているのだろうが、生きているほとんどの人間たちは見えるものでしか理解しようとしない。それでも見えないものの力がはたらいていることを、だれもが想像し、きっとどこかで信じている。山にいると、その信じる気持ちがより強くなるのかもしれない。とくにここは霊峰に名を連ねる白山なのだ。ぼくは登る度に、聖なる風景に出会っている。だがそれは、劇的で奇跡的な瞬間のことばかりではなくて、むしろ霧に包まれて楚々と咲く足下の花々のことだったりする。



 たとえば、よく見かけるニッコウキスゲはどうだろう。自然解説員ならだれもが「一日花」と紹介するポピュラーなものだが、色弱のこの目にも飛び込んでくる鮮やかな黄色の群落を見つけると、背景が青空であれ乳白の霧であれ、ぼくの心はいつも急に喜び出す。登山道を離れて遠くに見えるものはなおさら愛おしくなるが、この花たちはたった一日だけ咲いて、その瞬間の喜びをまるで天と交わし合っている気がするほどだ。どれもこれも空を仰いで微笑んでいるんだもの。



 ことしはどうやらコバイケイソウの当たり年のようだ。ソフトクリームのような白い花をこんもりとつけて、吾こそは山の小人だと、そんな雰囲気を持っている。その花園の中を歩いて行く友らの後ろ姿を見ていると、ここが天上界でも地上界でも、ぼくにはもはやおなじようなものにしか思えなくなってしまう。この地上に生きていることと、体が消えて天上界に住むことの間には、いったいどれほどのちがいがあるのだろうか。



 ツクンツクンとたまに風に揺れながら立っているのはイブキトラノオだ。よく見るとハクサンイチゲも慎ましく咲いてふっくらと白い花が笑っている。高山植物たちは、強風を避けるように岩陰に咲いたりしながら、短い夏に花開き、急いで実を結んで子孫へと命をつないで行く。山頂あたりのイワツメクサやイワギキョウなどみんなそうだ。オタカラコウ、ミヤマコウゾリナ、ミヤマアキノキリンソウ、シナノオトギリなど黄色の花々は名前をあげるだけでもその種類の多さにびっくりするが、その分名前さえなかなか覚えられない。そこへピンクのシモツケソウやカライトソウが彩りを添えている。それらすべての、人の手が加わらない営みが、もう何百何千年とつづいているのだ。これを大自然の神秘的な営みと言わないでどうしよう。



 ようやく南竜山荘に辿り着いた。大好きなハクサンフウロが咲き乱れている。疲れているのも忘れて、あれもこれもとのぞき込んで撮った。白山に登ってこの花に出会うのが一番の楽しみだ。毎年同じような写真ばかり撮っているけれど、それもまたぼくが生きていることの自然な営みなのかもしれないと、ことしはそんなことを思うようになっている。












| 12:12 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
山を歩くということは
 避難小屋の屋根をたたく雨の音がした。どうやら風も吹いているようだ。深く眠れているわけでもないのに、これでは起きる気がしない。夜の明けぬ暗いうちから山の上で気功をするのもいいだろうと目論んでいたのに、天候が崩れると、なにもかもがうまく行かない。となりで横になりながら、ヤギおじさんは携帯ラジオのボリュームを最小にして聞いている。天気予報を待っているようだ。雨はまだ降っているだろうか。せめて早朝の空気を吸ってこようとシュラフを抜け出した。

 ポロシャツ一枚にカッパを羽織っただけだが、寒くもなく、なにもしないでたたずんでいるにはちょうどいい気温だった。別山の向こうがほんのり明るかったが、朝日が拝めるという感じはしなかった。きょうも一日ぐずついた空模様だろうか。南竜馬場への六キロ余りの道は数年前に一度往復したことがあるだけで、どんな様子だったか正確には覚えていない。疲れ気味のタカ坊やナオコにはすこし無謀なコースだったかもしれないが、すでに歩き出している。ここまで来たら前進あるのみだ、などと気持ちを立て直して、ゆったり気分でスワイショウをした。

 午後からますます崩れるというので、早めの行動を取ることにした。山を知る人がひとりいるだけで、これまでの登拝とはずいぶんちがうものだと、ぼくは感心ばかりしている。素早くシュラフをたたんだかと思うと、空いたスペースでヤギおじさんはもうコンロを点火し湯を沸かしはじめた。テツオを起こし、あわててぼくも準備開始だ。気だるそうなナオコの横で、タカ坊がマイペースで支度をしている。咄嗟にヤギおじさんの大きな声が飛んだ。「シュラフは折り畳むんじゃない。ランダムに押し込めばいいんだよ」。なにも知らない初心者はひとつひとつ覚えていくしかないのだが、バシッとストレートに指摘されることに慣れてない子が近ごろは多いかもしれない。実際に実演してみせながらヤギおじさんはあっという間に袋に詰めてしまったが、次にシュラフを使うときのタカ坊の様子を聞いてみたいものだ。

 白山を背景になんとも大らかな準備体操

 避難小屋の前で、まずは準備体操だ。出発してすぐが御舍利山への急な上り坂になっている。それを過ぎればあとは比較的な楽な尾根歩き。ところがその頃になって、タカ坊の足どりが急におかしくなってきた。疲労困憊だ。考ええてみれば、初めての登山がこのコースでは少々荷が重かった。一番初めに参加を表明してくれたこの中学生への信頼しかぼくにはなかったけれど、それだけでは不十分だった。強制的に下ろさせた彼のザックをも背負ったヤギおじさんが言い放った。「ザックを背負うことぐらいなんでもないんだよ。でもあなたを背負うことはとても大変だ」。要するに、歩けなくなる前に自分の状況を伝え、助けが必要なら即座に求める。それこそが、全員への配慮でもあるのだ。倒れるまで自分でやってしまおうとするのはぼくも同じだが、山はなんでもそろっている街中とはちがう。ひとりが倒れれば、全員の足どりが乱れてしまうことになる。

 山歩きはまさに、人生の縮図のようだ。ひとりで生きているつもりでも、けしてそうはなっていない。人に迷惑をかけるなと、だれもが言うかもしれないが、迷惑をかけないで一生を送ることが、いったいだれにできると言うのだ。生きるということは、迷惑をかけながら、またはかけられながら、互いにつかず離れず、寄り添い支え合いながら、一歩ずつ歩いていくことではないのか。



 ザックのなくなったタカ坊の背中が、妙に細く見えた。ひょろひょろとした少年がたったひとりでおとなの仲間入りをしている。後ろからついて歩いていると、ぼくの中学時代を思い出した。こんなふうに山好きなおとなたちに囲まれて一度ぐらい山登りがしてみたかった。だが山好きなおとななど星の数ほどいるだろう。問題は山だけでなく、子どもの心まで知ろうとしているかだ。タカ坊は幸せ者だ。アニキ分のテツオと細かく気遣うナオコがいて、その上葉っぱ塾を主宰しながら山岳ガイドも自然解説員もこなしてしまうヤギおじさんがいる。おまけにいい加減なおとなの見本のぼくがいて、舞台はまるで君のためにあるようだ。






葉っぱ塾〜ブナの森から吹く風
白山合宿その4〜南竜山荘から山頂へ
白山合宿その5〜スペシャルな1泊

空のしずく
山の仲間と、思い出と







| 14:18 | 白山 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
チブリ尾根避難小屋
 「ヤギおじさんと登る白山」のぼくの最大の関心事は、当のご本人に白山を堪能してもらうことだった。できることなら事前にすべてのルートを下調べした上でコースを決めることができたら良かったのだが、いくら暇なぼくでもそれは叶わなかった。結局参加メンバーの顔ぶれも考慮しながら選んだのが、チブリ尾根、別山、南竜馬場、室堂、そして山頂という、ぼくにとっては割りとオーソドックスなものになり、実はこれでヤギおじさんの満足度を満たすことができるものかと多少の迷いも残っていた。



 ところがうれしいことに、蓋を開けてみれば山を知りつくしているようなヤギおじさんから何度も感嘆の声を聞くことができた。「これはすごい、こんなに大きな栃の木は見たことがない」。「尾根に出るまでの森の中を歩く距離が長いですねえ。これは山形辺りとはずいぶんとちがうんですよ」。「すばらしいお花畑だ。さすが高山植物のメッカ」などなど。最後には、「今回のコース取りは実に素晴らしかった」というお褒めの言葉までいただいてしまった。コースが選り取りみどりにあるわけでもないので、結果としてこれが残ったというに過ぎないけれど、褒められると不思議なものでこのコースがますます好きになる。ヤギおじさん登拝記念ルートとして、これからも年に一度は同じ日程でゆっくり歩こうかと思っている。

 チブリ尾根避難小屋は、勝手なものでぼくたちだけの宿泊を想定していたが、当てが外れてほかに六人もの先客があった。ヤギおじさんによると詰めれば二十人ほども寝られたそうだが、ぼくには息苦しいほどの人口だった。向かいの白山までも届きそうなヤギおじさんの声を筆頭にぼくたちのグループばかりがしゃべっていたけれど、小屋の中の熱気と沈黙はとても居心地が悪かった。山そのものは最高の場なのに、人が絡むとなぜこうなってしまうんだろうか。狭い空間だからこそ、ふれあう必要があるだろう。少人数のいくつかのグループがなんのご縁かすし詰めになって眠った一夜の避難小屋では、ザックに忍ばせてきたろうそくを点火しての静かなひとときを、残念ながら演出することができなかった。



 夕方になると南西の空に美しい夕焼け雲が広がり、それに気づいたテツオが「タカ、カメラ持って早く出ておいで。空がめちゃきれいだよ」と呼びかけた。そのタカ坊よりも早くぼくは外に飛び出した。ほかの客のほとんどは横になったままのようだ。なぜこの美しい空が気にならないんだろうかと、空ばかり見上げているぼくは不思議でたまらない。

 と、突然タカ坊が声をあげた。「どんどん色が変わっていく」。とてもはっきりとした、力のある声だった。ぼくはうれしくなった。馴れないおとなばかりの中にいるせいか滅多に自分から話さない中学生のタカ坊だったが、美しいものには人一倍惹かれるようだ。静かでおとなしい子を見ると、おとなたちはときどき、もっと活発になれと望んでしまいがちだが、それは大きな間違いだろう。内向的なということは、内側で燃えるような精神活動を展開しているときでもあるのだ。朱赤に染まった雲を見つめながら、ぼくは真っ赤に燃えているタカ坊の心を想像した。この同じ夕焼け空にはもう二度と会えないけれど、ぼくはきっと生涯忘れることはないだろう。そしておそらく、タカ坊も同じように。





葉っぱ塾〜ブナの森から吹く風
白山合宿その1〜山形から白山へ
白山合宿その2〜チブリ尾根を登る
白山合宿その3〜花に埋め尽くされる稜線




| 22:59 | 白山 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
それぞれの白山
 山形のダンディな山男、ヤギおじさんを迎えての白山登拝が無事に終わった。終わったのだ、とホッとしているところをみると、ぼくなりにこれはよほどの一大イベントだったのだろう。参加は総勢九人。千葉に埼玉、静岡、神戸と遠方からのみなさんを地元の友人たちが共に迎えてくれた。台風九号の影響で行程を大幅に短縮しての登拝になってしまったけれど、白山の女神はただならぬ出会いをもたらしてくれたのだと思っているのは、けしてぼくひとりではないだろう。白山のふところはとてつもなく深い。それぞれはそのほんの少しを体験できたにすぎないけれど、それぞれの白山がきょうからの日々の支えにもなり、希望にもなっていくのだ。山の壮大な自然の息吹きにはそれほどの力があるのだと、白山を思うぼくの気持ちはますます深く強くなる。

 登拝を控えてヤギおじさんが発信してくれた参加メンバーへのメッセージは、ぼくの山への畏敬の念を高めてくれた。全員が装備を充実させたのはもちろんだったが、気づかなければならないことはやはり本番でしか起こらなかった。

 霧に包まれたチブリの森

 たとえば、雷だ。初日のチブリ尾根は、ブナの原生林を抜け尾根に出るといきなり雷雨の空模様となった。ヤギおじさんが急に足取りを速め、避難小屋に向かう後続との距離が空いた。「危険だから一刻も早く」というアドバイスが行き渡らないがための実力行使だったのかもしれない。雷鳴はまだ遠くからしか聞こえず、ぼくはのんきにしゃがみこんでハクサンシャジンを撮っていた。数分も遅れて小屋に近づくと、ヤギおじさんの安堵が伝わってきた。雷は徐々に近づいてくるのではなく、雷雲のどこからでも落ちて来るのだと教えてくれた。

 小屋には先着の登山者がすでに六人。ヤギおじさんがテキパキと動いてメンバーの場所を確保してくれたことをあとで知ったが、危険の回避や安全、安心の確保を常に最優先していることが、そのあとも至る所で感じられた。山はいいなあ、などとぼくは表面ばかりを見ていたようだ。山の良さは、その恐ろしさを知ってこそ本物になるのだろう。それぞれが感じた白山を、ぼくもまたぼくなりに、グンと深く感じた登拝になった。




葉っぱ塾〜ブナの森から吹く風






| 22:26 | 白山 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ハチの仕草

 

 面白いかっこしてるなあ。このハチ、片足(と言っていいのか)を放り上げ、お尻をピョコピョコ花の中にこすりつけていた。まるで産卵でもしているように見えたが、まさかねえ、そこは花の中だよ。などと、飛び立つまでの数分間、まじまじと観察した。いったいなにしてたんだろう。生き物と会話ができたらなあ。どんなに楽しいだろう。人間の会話はつい愚痴になったり、ケンカをしたり、でなければ、どんなに熱烈でもプライベートな小さな愛を語ったり。もういい加減飽きがきた、なんて冗談だけど、動物や植物の言い分を聴くことができるなら、人間と話ができなくなってもいいとさえ思う。この地球上の生き物たちにも、きっと心がある、と思う。ただその心には、人間みたいな憤りや不安や怖れなど、とにかくそんな面倒くさいものは一切ないのだ、と想像したくなる。今していることに夢中になって、それが終わると、次にすることが心に浮かぶんだ。だから、あのハチ、なんにもなかったようにして、どっかへ飛んでいった。今ごろ、花粉にまみれたからだをペロペロとなめっこしてるのだ。





| 21:44 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
白山と写真教室
 写真教室を兼ねて、白山に登った。写真と白山は大好きだが、どちらも講師を務めるほどの技量は持ち合わせていないぼくだから、参加の四人の女性たちといっしょに楽しんだ、という二日間だった。ほんとうに、実に、楽しかった。

 予報は曇りや雨や霧で、「ひとりだったら登りませんよ」と言ったぼくに、女性たちは「大丈夫、きっと晴れるから」と宣言して、どこまでもたくましかった。その言葉通り、上りは心地よい風が時折吹く曇り空のおかげで、日食の様子もしっかりと拝めたし、室堂での夕焼けは劇的なまでの美しさで全員でため息と歓声の連続。翌朝はこの夏まだ四度しか現れていないというご来光に恵まれ、お池めぐりのころはスキッとした夏の青空だった。見事なまでの女性たちの心意気のおかげで、講師の立場などすっかり忘れて楽しんでしまった。

  雲が自然のフィルターになり裸眼で拝めた日食(砂防新道にて)

 「へえ〜っ、朝露の写真なんかはこんなふうにして撮ってるんですねえ」と、サトミさんが言った。写真で見るのと実際の現場とではずいぶん違いを感じた様子で、ぼくにはなんでもないことが面白いみたいだった。サチコさんはまさに“女kazesan”で、二日間でなんと500枚以上も撮った。ぼくに負けないくらい撮る人がいたなんて、まったくびっくりだ。初の山行だったエミコさんは少年のように溌剌として、次々と天気予報をくつがえす特異な存在のようだし、ほんわかとしたマサコさんは時折意外なほど俊敏な動きを見せてくれて後を歩いているだけで愉快だった。

 ひとりで気ままに楽しむ白山もいいけれど、少しの焼酎をお湯割りにして楽しんだ自炊棟でのおしゃべりもなかなかだった。山でのふれあいには、ほかではあまり感じられない不思議な親しみがある。上りも下りも体にはそれなりの苦行だったりもするからだろうか。その日までほとんどなにも知らなかった者同士なのに、自然に連帯感が生まれている。

 近いうちに、撮った写真を見せ合う“合評会”を開こうということになった。共にした白山を二度楽しめるわけだ。写真には、言葉では表せない魅力があるだろう。また一杯飲みながら、歓声をあげて、ため息をつきたいものだ。

  観光新道はニッコウキスゲが花盛り。時間をかけてゆっくりと楽しんだ。







| 21:13 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
kazesan.net #008 己丑水無月




 翠ヶ池に下りてみたい、と同行の女性が言った。山道を外れることは山登りのルールからも外れてしまうけれど、予期せぬ提案に、ぼくの心が震えた。いつか死ぬときが来たら、ぼくはこの池のほとりでと、夢みているくらいだった。何年何十年の間、人の踏み跡はなかったんだろうか。湿った火山灰に登山靴がのめり込んだ。ほとりに立つと、人とは無縁の風景だった。泰澄大師はここで白山の大神に出会われたのだった。


kazesan.net





| 20:53 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ヤギおじさんのメッセージ(2) 水の補給について
 ヤギおじさんからメッセージの第二弾が届いた。白山登拝を前にこんなにもていねいに心の準備をはじめられて、これこそ山男だ、という気分になってくる。明日からの白山での写真教室でも大いに役立てたいと思っている。

 「ヤギおじさんと登る白山」(8月8日〜11日)の参加メンバーが確定した。メンバーには近々詳細をお知らせする予定だが、その前に、どうぞこのヤギおじさんのメッセージを熟読していただきたいものだ。


*****


   白山メッセージ(2)
                      葉っぱ塾 八木文明

  kazesanのよびかけに応えて夏の白山を一緒に歩いていただける方も何人かおられるようですね。梅雨明けが待たれるこのごろですが、先ごろの北海道での大量遭難は衝撃的な事故でした。「山は恐い」と思われた方が多いのではないでしょうか。装備が不足、自然条件への対応が不適切となれば、このような痛ましいことも十分起こりうるのですね。

 夏の山で気をつけたいことの一つは水の補給です。最近ガイドででかけていて、ちょっと気になる傾向があったものですから、取り上げてみたいと思います。

 たとえば「水は最低1リットル持参」などと要項に書いてあったら、みなさんはどんなふうに準備しますか? 気になる傾向と書いたのは、この「1リットル」の中に、ペットボトル入りのスポーツ飲料を含めて考えていたという方がかなりおられたということなのです。



 スポーツ飲料の広告には発汗などに十分対応できるというようなことがかかげられていたりしますが、実は市販のスポーツ飲料は、「水分」ということで摂取するには濃すぎるのです。私たちの体内の血液などの体液は、食塩水に換算して0.9%ほどと言われています。病院の点滴などで使われる生理食塩水はこの濃度に調整されています。スポーツ飲料の濃度はこれよりもかなり高いために、飲めば飲むほど体液の水分を失う結果となり、喉の渇きが増すことになります。しかもスポーツ飲料は、それ以外の目的で使うことが難しいのです。たとえばこれを温めて味噌汁にできるでしょうか? 

 夏の高温の中での登山では汗をかくことになりますが、これは体温調節のうえで重要なはたらきです。しかし水分と塩分も失うことになります。ですから補給すべきはまず水。そして塩分は、自然塩やスポーツ飲料の粉末などをそのまま小さな袋に入れて持参し、水と一緒に摂取するというほうがよいと私は考えています。真水は、温めれば味噌汁にもスープにも、傷口を洗い流すのにも転用できるのです。

 私はここ数年、宮古島産の自然塩「雪塩」を使っています。食塩には含まれない豊富な塩類が含まれています。早め早めに水を飲むときに一緒になめるようにすることで、脱水症状や筋肉のケイレンを防ぐことにもつながります。

 山にはおいしい水が得られる場所があって、荷物を軽減しながらも水の補給をうまく行うことができる場合があります。しかし、そういうルートばかりではないので、事前にどんな水場があるのかなども調べておく必要がありますね。
 




| 21:32 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ヤギおじさんのメッセージ
 「ヤギおじさんと登る白山」の、そのヤギおじさんに興味津々の方のために、ぼくの見た横顔をご紹介。

 ヤギおじさんとぼくは同世代で、しかもふたりとも山が好き、子どもが好き、平和がいちばん大好き。と、ここまでは似ているけれど、ここからが大違い。まるで世間知らずでなんに対しても知識の乏しいぼくに対して、ヤギおじさんと来たらすこぶるおとな。落ち着いていて、良識があり、人や生き物にとてもやさしい。欠点もあるだろうと探しても見つからないのが欠点か(笑)。今年高校教諭を定年前に退職され、主宰している「葉っぱ塾」の活動に専念している。葉っぱ塾とは、校長で先生でいっしょに遊ぶ友でもあるヤギおじさんが「おとなも子ども森で遊べ」と呼びかけている、自然と人間を体験する学校だ。

 今回の白山登拝に向けてヤギおじさんにひとことごあいさつしてもらおうとお願いしたら、その数時間後に届いてびっくり。さっそくみなさんにご披露だ。白山もいいけれど、葉っぱ塾の主なフィールドになっている山形にも豊かな森が広がっているようだ。ヤギおじさんのガイドで一度は大自然を満喫してみたい。(癖になっても知りませんから・笑)

 それでは、ヤギおじさん、どうぞ♪

  クロユリは恥ずかしがり屋さんで、いつもうつむき加減。寝ころんで覗いてやった。

*****

 この夏、「葉っぱ塾」では初めて白山へ遠征することになりました。とは言ってもこちらから出かけるのは私一人だけです。大切な友人であるkazesanが声をかけてくださいました。kazesanがお仲間を誘ってくださって、男二人だけのさびしい登山にはならないようです。

 古くから名峰の誉れ高い白山は、富士山、立山とともに日本三名山に数えられているということです。標高は3000mには満たないものの、大きな山塊であるがゆえに懐が深く、険しいところも多いと聞いています。しかし一方で日本の高山植物のメッカとも言われるほどに、花の種類が多いと聞いています。「ハクサン」とつく高山植物の何と多いことでしょう。どんな花々に会えるのか、今から楽しみにしています。

 登山は厳しいスポーツという側面があります。重い荷物を背負って、長時間歩き続けなければ頂上に立つことができません。風雨となれば、それは地上のものとは比べものにならないほどに激しく、気温も低くなります。夏山だからといって甘く見ると、手痛いしっぺ返しを食らうことにもなります。

 装備の中で最も大切な3つをあげよと言われたら、私は登山靴、雨具、下着類をあげます。しっかりした防水機能があり、足にフィットする靴。新品を履いてきて泣きを見た人をたくさん見ました。新品を買ったのであれば、下界で何度か散歩にでも履いてみてください。雨具はゴアッテックス素材のものに限ります。値段は高いですが命に関わることがあります。下着は木綿のものは絶対にダメです。近年新素材が開発され、汗でもサラサラ感がなくならず、臭いさえも吸収し、速乾性にも優れている品物が出ています。これも命にかかわるものです。

 山に出かける場合、「準備したが、使わなかった」というのでよいのです。その逆の「使いたいが持ってこなかった」ということになると、危険性が一気に高まります。危機管理は山を歩くときの第一ステップなのです。また、登山は「修行」ではありません。無理に苦しみをこらえる必要もないのです。無理だと思ったら下山する。苦しいときには一休みする。山はいつも動かずに私たちを待っていてくれるのです。

 山に登ることで私が一番好きなことは「自分と向き合うことができる」ということです。山の中ではそれは自分の存在の小ささに気づくということかもしれません。しかしその小さな自分が、大きな自然を感じ、そして理解できるということは何と不思議なことなのでしょう。

 準備をしっかり整えて、大いに山を楽しみたいものです。私が他の参加者のために準備してゆくものは、ツエルト(簡易テント)、救急薬品(常備薬は各自)、ガス、コンロ、無線機、補助ロープなどです。忘れてほしくない小物はヘッドランプ、手袋(軍手はダメ)、トイレットペーパー(食器も拭くことができる)、などです。




| 22:30 | 白山 | comments(1) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
「ヤギおじさんと登る白山」日程決定!
 「ヤギおじさんと登る白山」の日程を決めた。

 山岳ガイドで山好きのヤギおじさんだから白山も憧れのひとつだろうし、多少強行でも思う存分味わってもらいたいところだが、葉っぱ塾を主宰する立場の方が圧倒的に大きなウエートを占めていると判断して、またとない機会となる今回は広く参加者を募ることにした。いの一番に応じてくれたのは、埼玉の中学生タカ坊だった。タカ坊とはヨット仲間でもある。そこへ地元金沢の友人テツオが加わった。業界で叩き上げた一級建築士だ。富士の麓からはレイコさんご夫妻も参加を検討しているし、予定が合えば千葉から親子の参加もありそうだ。これもきっと、菊理姫様が結んでくれるご縁だろう。

 さてほかにもまだ、日程を気にしてくれる方がいるかもしれない。山小屋宿泊の手配もあるので、どうぞお早めの申し込みを。気になる日程は、下記の通りだ。

 8日  市ノ瀬―チブリ尾根避難小屋
 9日  チブリ尾根避難小屋―南竜山荘
 10日  南竜山荘―室堂
 11日  室堂―市ノ瀬


  翠ケ池と大汝峰。なかなかに珍しい組み合わせだ。

 白山一帯では最大のブナの原生林が、チブリ尾根コースにある。一年に一二度は必ず行きたくなるぼくの大のお気に入りスポットだ。その森をヤギおじさんの豊かな山の話を聞きがらゆっくり歩けるとは、これ以上ない贅沢なスタートだ。初日の泊まりは避難小屋。小屋を出ればすぐ目の前に白山が広がっている。明け方の風景が今から楽しみだ。

 9日は別山にも寄りながら、高原の雰囲気がたっぷりと味わえる南竜山荘を目指す。数年前鮮やかなブロッケン現象に出会ったのは、この尾根伝いでのことだった。室堂に比べるとこじんまりとした山荘はなんとも居心地がよくて、目の前を流れる小川の冷たい水と戯れるのも一興だ。参加人数によっては、少人数用の山小屋を借り切った合宿さながらの愉快な宵のひとときが待っている。

 10日は、室堂までの道は近い。早めに出かけて、白山山頂を越えた先にある中宮道のお花松原を目指したいところだ。咲き乱れる白山の高山植物を語るには、まずこのお花畑を体験してからだ。

 最終日の11日は、もちろんご来光礼讃と池めぐりのスーパーツアーを堪能しよう。元気があればそのまま釈迦新道を下るもよし、なければゆっくりと観光新道を歩けばいい。どちらもこれでもかと花に出会い、見送ってくれることだろう。

 いかがだろうか。コースを考えているとすっかりその気になってしまい、心はすでに白山の峰々だ。ぼくにとっての今年最大のイベントを、どうぞごいっしょに!

 


| 20:25 | 白山 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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