kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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人日
 月の暦を使いはじめて、はじめての五節句がやってきた。きのうは人日(じんじつ)だった。人の日なんてものがあるとは知らなかった。ちょっとうれしい習慣だ。

 Wikipediaによると、人日とは、五節句の一つ。七種粥を食べることから七草の節句ともいう。古来中国では、正月一日から順番に、鶏の日、狗(犬)の日、猪(豚)の日、羊の日、牛の日、馬の日とし、それぞれの日の動物を殺さないようにした。そして七日が人の日。犯罪者への刑罰は行わないことにしたとか。それじゃ、猫や狸はどうなるんだと言いたくなるが、いまはそんな話ではない。

 6世紀中国の『荊楚歳時記』というのに、「正月七日俗ニ七種ノ菜ヲ以テ羹トナシ之ヲ食スル人ハ万病ナシ」とあるそうだ(「月と季節の暦」より)。七草粥のことは聞いたことはあってもまったく興味がわかなかった。月の暦とは、ほんとうに不思議な力を持っている。こんなぼくが季節の行事に関心を持つようになるんだから。

 はてさて、七草とはなんぞや。「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロこれや七草」、とまずは覚えてしまった。調べるとぺんぺん草だったりハハコグサだったりして、そんなものが今この雪の野原にあるはずもない。大体が図鑑片手に探していたら明日になってしまう。まったく情けない話だが、結局は買い出しへ。せめて、スーパーじゃ面白くないからと、市民の台所の近江町市場まで出かけた。


 冷たい風が吹き抜けていく市場の青物通りを歩いた。まずはセリ、蕪と大根葉もすぐに手に入ったけれど、予想通り、原っぱの草を売っているはずがない。厚手の合羽の下にセーターを着込みマフラーをぐるぐる巻きにしているおばちゃんに二言三言話しかけて、あるもので代用することにした。水菜に三つ葉、加賀野菜の金時草(きんじそう)、面白くないが好きだからほうれん草も加えてやった。

 手提げの袋に葉っぱばかりが山盛りになって、これじゃ昆虫のエサだとおかしかったが、結婚してはじめての七草粥が楽しみだ。テーブルに並べてみるとなんとも壮観。まるで畑から収穫してきたみたいに緑が豊かだ。食べ切れないだろうと、お粥はやめて特製七草鍋に切り替えることにした。うまいうまいとほおばったけれど、どれがどの葉っぱかもわからずに少しこっけいな夜だった。

 今朝になって、なんとなくお腹が重かった。これは食べ過ぎだな。お腹は緑色にちがいない。腹黒いよりはいくらかましだ。ヨシエどんは朝も懲りずに残りで変則七草粥を作ってくれた。結婚30年あまりの人日をいっぺんに祝った気分だ。あと少しして庭にも七草のいくつかが生え始めるだろう。我家の人日はこれからは年に二度あることとしよう。









| 19:20 | 月的生活 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
初詣
 月暦のお正月を初めて迎えた。そう、初めて。毎年同じように訪れていただろうに、大多数の人と同じように、旧正月として見向きもせずに簡単にやり過ごしてきた。それがどうだ、この変わり様。自分でも愉快になる。どんなふうに過そうかと考えて思いついたのは、まずは日付の変わる時刻に合わせての初詣。ヨシエどんがつきあうと言うので、ふたりで出かけた。

 加賀一の宮のしらやまさんは、毎年正月は大勢の参拝客であふれかえっている。人ごみは好きじゃない。いつも出かける気がしないでいたが、夜の初詣には興味はあった。それがこんな形で実現するとは。年越しを普通に迎えても面白くないからと、断食もした。準備は万端だ。

 深夜の表参道には、小雪がちらちらと降りつもっていた。一の鳥居をくぐるなり、冷気に包まれた。ヨシエどんが「なんだか急に雰囲気がちがったね」と驚いている。そんなことを感じる人じゃないと思っていたのに、闇は人の感受性を豊かにするんだろうか。灯籠の灯りでぼんやりと浮かぶ石段をゆっくりと上がった。相合い傘なんて久しぶりだ。カメラが濡れないように、ふたりの間にぶらさげた。


 拝殿に向って、まだ足跡のない白い道ができていた。すべての動作をゆっくりゆっくり、確かめるように進めた。これは心を込めたセレモニーなんだ。月は新月、身も心もそれに合わせて新しくなるだろう。食べていないから、消化器系は働く必要がないんだ。わずかな感覚にも敏感でいられる。手を合わせていると、冷たいものが体内を流れていった。浄められた、という気がした。参拝と言っても、何かを願ったり言葉をかけたりするわけでもなく、いつも静かに感じているだけだ。

 拝殿のあとは、白山の遥拝所へ。三つ並んだ大岩の頭にも、白い雪。屋根がないから、傘をさしたまま今度は少し手短に。ふたりで手を合わせるのは何度目だろうか、などと思いながら目を閉じていると、白山の頂が浮かんできた。登ったことのない冬の白山。もうこの先も登ることはないだろうが、なぜか知っているような気がした。ヨシエどんがまた言った。「あなたがときどき言ってる、気持ちいいって感じが、少しわかったわ」。きっと闇の人なんだな、この妻も。

 さてと、新しい年、戊子を日本人は60年ぶりに迎えた。時間は、途切れることなく、ひたすらにめぐりつづけている。どこか知らない遠くの夢の世界を求めて、人は旅をしているとばかり思っていたけれど、どうやらその必要がなくなった。ぼくもまためぐっているようなものなんだから。








| 18:32 | 月的生活 | comments(7) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
大つごもり
 大晦日と書いて、おおつごもりと読む。大いに響きが気に入った。つごもり、月隠り。きょうは陰暦、月の暦の大晦日。月のない闇夜で一年が締めくくられる。月の形に無関係に数字が並ぶだけの西暦にはない、趣がある。朝からずっと、きょうは特別な一日なんだと感じていた。晦という漢字の意味には、暗い、人知れず隠れた、などもある。真っ暗な夜に、心もしっとりひとり隠れて、一年を振り返るにはうってつけの夜だ。

 明けて明日は、朔、ついたち、月立ち。新しい月が立って、正月元日を迎える。朔の新月は太陽と同じ方向にあって、暗い半面を地球に向けている。三つが並んで宇宙に浮いている様を想像すると、自然に心は新しい一年のはじまりを実感できるかもしれない。


 ぼくは、月のリズムで暮らしたかつての日本人になりたい、と思っている。周りが西暦だから合わないことは覚悟の上だ。適当に合わせたり無視したりすればいい。なんとかなるさ。でも心にはいつも月だ。それだけは忘れないでいよう。きっとぼくの知らない日本人の特質が復活するだろう、などと期待している。いや、何も変わらなかったとしてもいっこうにかまわない。月のリズムがぼくの性分に合っている。それだけで十分だ。立春に近い朔が元日だから、明日はなんの違和感もなく初春の雰囲気を十分に味わえるにちがいない。暦の上では、などという言葉をこれからは使わなくて済むわけだ。

 月の暦を制作して月的生活を提唱している志賀勝さんには、まだひとつ未解決な疑問がある。「わたしたちは午前零時をもって日付が変わるとしていますが、この考えは古代では通用せず、実際、古典作品には『夕方・夜からいち日がはじまる』とする記述を目にすることができます」と、『月的生活』で書いている。

 日付の変わるタイミングが夕方だとしたら、これもちょっと面白い。陽が落ちて、ほんとうに一日が終わる、という暮らしだ。朝を迎えて一日が動きはじめるのだから、すると今度は眠る夜の意味に大いに興味がわいてくる。

 月暦を利用しはじめて、まずは予行練習のような二ヶ月が終わり、なかなかいい感じだった。いよいよぼくの月的生活づくりがはじまる。宇宙のリズムでなるべくゆったり、終わりのないめぐる時間を暮らすのだ。がさつで落ち着きのない男からの脱却がなるだろうか。それも楽しみのひとつだ。












月齢29







| 19:08 | 月的生活 | comments(6) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
もう53年
 ぼくがこの世に生まれた日は、三日月だった。日本海に浮かぶ三日月をひと目見て、長年探し求めてきた恋人にでも出会ったように惚れ込んでしまったのも、これでうなずけるというもんだ。これからもひと月に一度、誕生日の月に出会えるのがうれしい。

 月暦で暮らしはじめたら、インターネットの大海で同じように月を愛でる人に出会えた。二日月さん。ぼくよりも1日早いお生まれだ、などと、月の人は年齢に関係なく誕生日のつながりを感じてしまうんだろうか。なんだかそれも愉快だ。めぐる月のリズムで暮らすと、年の長短はさして気にならなくなるのかもしれない。

 なぜ、誕生日の月の形がわかるのか。実は二日月さんが陰暦の誕生日を調べるサイトを教えてくれた「月の部屋」陰暦変換プログラム。これに、ぼくの1954年6月3日を入れてクリック、陰暦では同じ年の五月三日だった。わぁ三日月だ、と手をたたいて喜んだ。

 生きている間に三日月はもう何度、夕暮れの水平線や地平線上に現れたんだろうか。ぼくは53年あまりを生きている。先日、もう53歳だと書いたら、まだ53歳、というコメントをいただいた。ぼくの、もう、にはため息が混じっているわけではなかったけれど、もうには、そんな意味が多くあるんだろう。まだまだ若い、と元気づけてくれる言葉が少し可笑しかった。


 ついでにこの、もう、と、まだ、を考えてみた。西暦の現代では、人は直線的に流れる一方通行の時間を生きている。だから、もうとか、まだとか、速度の比較が生まれるのかもしれない。いつの日か、まだからもうへ変わるか、それとも最後まで、まだまだと言い張って生き続けるのか、そんな違いがあるだけだろう。いずれにしても、もうとかまだでは、ゆとりと焦りの配分を操作しながら人生を終えることになりそうだ。

 めぐる時間で暮らそうとするぼくの心から、なぜ「もう53歳かぁ」という思いが生まれたんだろう。まだ、と比較する気持ちなどさらさらないはずなのに、と少し感じてみた。思えば、53年。なんとも長い月日だ。でっかい地球がさらにでっかい太陽のまわりをもう53周もしている。きっと、そのもうと似た気持ちなのかもしれない。その間、月は地球のまわりを何周しているんだろうか。実に2万回ほども回っている。やっぱり、もう、と言いたくもなる回数だ。永遠とも想像できる宇宙の営みの中で瞬きもできない短い瞬間には違いないけれど、この53という数字の中に人としての十分に豊かな時間を感じてしまう。だから、もう、なんだ。ぼくは、もう53年も生きている。長いとか短いとかでなく、53周という意味だ。けれどもこれからはもう、もう、を言わなくなるかもしれない。月に一度の三日月を見つめながら、なんにも考えないでいたい気がする。


「月の部屋」陰暦変換プログラム






| 07:24 | 月的生活 | comments(9) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
三日月にひと目惚れ
 やさしい空の色だった。はかない、という言葉が浮かんできた。淡い夕焼け。沈んでいったお日さまからの、きょう最後の贈り物だ。何度この海に来ただろう。テトラポットばかりが埋められて、今では水平線を見渡すポイントが少なくなっている。金沢からは少し遠いけれど、近郊ではこの高松の海が気に入っている。ぼくは静かに待った。どうやらいま、初めて出会うことができそうなんだ。きっと、そろそろのはずだ。すこしだけ色濃くなってきた冬の夕空を見渡している。まるで恋人でも待つ気分だ。風が冷たいだろうとダウンのジャケットとズボンを着込んだら、身体も心もぽかぽかしている。

 おや、あれか。ほんのりと、光が浮かび上がっている。三日月だ。声を出して、手をたたいて喜んだ。ぼくの気持ちなど届かないんだろう。何食わぬ顔をして、いつものように静かに現われた、ほんとうにそんな恋人のようだった。でも、なんてつつましいんだろう。新月よりも、満月よりも、ぼくは三日月にひと目惚れしてしまった。


 月暦師走、三日目の月だ。月の光が大好きだと言いながら、ぼくは三日月を三日月として見たことがなかった。ひと月の中のわずかに一日、それも夕方のこのひとときにしか出会えない。まだ言葉さえないころの人たちなら、きっと何度も見つめては、めぐっている月の、きょうがそのはじまりのときなんだと気づいていたかもしれない。ぼくもその三日月に、この生涯の一日に出会うことができたんだ。それだけでとけていきそうなほど柔らかな気分になった。

 能登海浜道は、渋滞というほどでもないけれど、数珠つなぎの列だった。対向車のヘッドライトはまぶしくて、鮮やかすぎる街灯の光がその上から覆いかぶさっている。目を凝らすと、ほんの一瞬だけ三日月が見えた。これじゃ、だれも気づかないはずだ。光の隙間の闇の中で、控えめに浮かんでいるだけなんだから。三日月がなんだかかわいそうになってきた。おかしな気分。それとも現代人の方がかわいそうかもしれないな。月と人間。ますます興味がわいてきた。


海と三日月









| 07:37 | 月的生活 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
環の中で
 これは闇夜の新月。なんていうのは、ジョーダン!(笑)。太陰暦では今日から師走。朔、新月の早朝は、静座していてもちょっぴり違うものを感じていたようだ。月暦を気にし出してまだひと月だから確かな話ではないけれど、この暦、やっぱり優れものだと思う。ぼくは生まれてはじめて、ひと月を暮らした、という満足感に浸っている。

 一昨日の霜月二十八日は小寒だった。ふれると切れてしまいそうな細く鋭利な月が、まだ薄暗い東の寒空に浮かんでいた。三日月とは逆に、右側が欠けている。恥ずかしながら月暦を知る前のぼくは、その違いに気づいていなかった。細い月をひとくくりにして三日月と呼んでいた。濃い灰色の雲にやがて隠れてしまいそうなのを見ながら、霜月が終わってゆくのだと、見送るように手を合わせた。

 灰色だった雲が朝陽を浴びて、縁を朱に染め、冬の冷たい風に流されてゆく。なんということもないいつもの空の風景が、どこか違って感じられた。自然界はほんとうに、淡々と流れている。月が生まれ消えてゆくように、雲もまた、流れ去っていった。そうして月も雲も、やがてはよみがえる。めぐっているとは、なんと深いやすらぎだろうか。

 西暦で初春を祝ったあとに寒の入りとなるんだから、この季節感のずれに今では違和感を感じてしまう。春の七草粥だって、まだ少し早すぎる。それを旧暦の話だと片づけてしまうなら、わたしは自然の流れから離れていたい、と言っているのと同じかもしれない。自然は、壁にかけたカレンダーではなく、月とお日さまの動きに合わせて流れている。

     夜明けと月(足摺岬 Jun.2004)

 西暦は直線的に流れる時間だと思った。そこには始まりと終わりがある。生まれて死ぬまでの間が時間なのだ。その途中のどこかに目標を定め、それを生き甲斐にもし、頑張ったり乗り越えたりする。それはそれで十分に素晴らしい。ぼくもそういう人間のひとりだ。けれど、少し立ち止まって考えた。北陸新幹線を西暦2010何年までに建設し開業する、とか、何百年後にはこういう未来をなどというとき、どこかにひとりよがりな人間像が見えてこないか。30歳までに家を建てて、なども同じようなものだと感じてしまう。もっとも、建てる甲斐性もないぼくが言っている話だ。

 終わりがある時間の途中に、なぜ目標がいるんだろう。いつか途切れてしまう命の流れなら、なにを慌てて急ぐ必要があるんだろう。時代を受け継ぐと、人は言うけれど、受け継いだ時間はいつまで流れつづけるのだ。人類の時間は永遠なんだと確信して、遠大な計画でも立てているんだろうか。西暦の時間は、当てもなくただひたすらに流れている。そう思えてしようがない。

 さて、師走だ。明後日は三日月。夕暮れの日本海に沈む姿を拝んでみたい。晴れてくれるだろうか。天気予報のマークは、曇と傘と雪だるまばかり。今は、海が1年でいちばん荒れている冬なんだ。季節はまるで環を描くように、めぐっている。春を待つのもまたよしだ。毎日の同じような暮らしや、似たようなものばかり撮っている写真を見て、マンネリだなと思うこともあるけれど、それもまた、季節と同じでめぐっているひとつなのかもしれない。環の中で、環を描くように暮らそう。始まりも、終わりもないんだ、きっと。







| 09:38 | 月的生活 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
本正月
 

 月暦で暮らしはじめてまだ慣れないせいか、西暦の年の瀬と正月になんとなくウキウキしている。気ぜわしいというような世間並みのものを感じられないぼくなのに、いつにない妙な気分だ。年賀状は作り終えたけれど、書くのは年が明けてからにしよう。宛名にひとこと添える程度のことでも、ひとりひとりと出会ったお礼だ。ゆっくりと酒でものんで書いていこう。来る年は、戊子(つちのえね)。ねずみは、新しい生命が種の中に宿る様を表しているそうだ。新しい流れがどんどん生まれる年になるといい。干支は本来なら旧暦に合わせたものだから、2008年になったすぐにはまだそれだけは変わっていないことになる。今どきの暦は無茶苦茶なことになっている。ぼくも知らずにずっとそうしてきた。己牛(つちのとうし)の年からは、せめて賀状ぐらいはと旧正月に書くことにした。今度の賀状にその知らせを書いた。気にして覚えてくれる友が何人かいるだろうか。とりあえず、2007年の大晦日がやってくる。月は上弦。明けて元旦は二十三夜に欠けてゆく。それにしても、旧正月とはおかしな言い方かもしれない。ぼくはこれからは、本正月と呼んであげよう。初春にふさわしい立春のころの新月が生まれる、本来の正月なんだから。






| 06:13 | 月的生活 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
循環する時間
 年とともに年末年始の味わいというものを感じなくなっていたぼくなのに、ことしは少し違う。と言っても、まだ先の話。ほんとうのお正月は西暦で言えば2008年2月7日にやってくる。そしてその日は、新しい月が生まれる朔、正月元旦にふさわしい一日だ。どんなにか味わい深いだろうと、いまから楽しみにしている。

 キリストの生年にはじまった西暦や、現行のグレゴリオ暦がそれまでのユリウス暦にとってかわった歴史を少し調べようと思ったけれど、どうにも煩雑でお手上げだ。時の権力者に左右された感じを受けたし、大体が人間の都合で取り決めたルールみたいなもんだな、という思いが残った。我家に復活した、と言ってもぼくだけだが、旧暦の月暦に比べたらなんとも味気ない気がする。

 西暦。これは集合意識の象徴かもしれない、と思った。計算してある日、時間が流れはじめた。自分たちで取り決めた時間の流れだ。地球も月も太陽も、そこに生きるすべての生き物も、宇宙のリズムで動いているというのに、ひとり人間だけは自ら作ったカレンダーで動いている。しかも、その時間というルールに縛りつけられてもいる。そんな気がしないだろうか。


 時間は、ほんとうに直線的に流れているんだろうか。そんな思いがずっと以前からあった。1954年に生まれて、おそらくあと何10年もしないうちに、たとえば2020年に死亡、などと大した痕跡も残さずにある期間を生きただけの存在がぼくだとしたら、なんとも寂しすぎる。べつに名を残したいとは思わないけれど、ルールに沿うだけで生きたくはない。月は朔に生まれ、望という日に満ちてのち欠けながらまたよみがえる。永遠と思えるような壮大な流れの中をゆるやかにめぐっているのだ。それがもしかすると、時間とは循環していることの証じゃないのか、とぼくは勝手に取り決めて残りを生きることにした。それが月暦だ。

 これで大いに安心して生きて、死んでゆける。月暦を暮らすことは、そう感じるためのトレーニングなのかもしれない。人は循環する生き物だ。あと数年で他人事だと思っていた還暦をこのぼくが迎えてしまう。まったく恐れ入るけれど、その還暦も西暦ではほんとうに感じることなどできないだろう。十干十二支を1周してこその60年なら、循環する暦を暮らしたほうがいいに決まっている。60歳を過ぎてまだまっすぐに伸びた単線を生きようとするから、いつまでも長生きしてねと、かなわぬことを言われてしまう。生命にはほんとうは、終わりもなければはじまりもなかった。月に似て、この世に見え隠れしている人なんだろう。

 さてとりあえず、あと1週間ほどでやってくる西暦のお正月。世界中で大騒ぎ、我家も親戚もそれなりに新しい気分になるけれど、やっぱりおつきあいは必要だ。おせちとめでたい酒をこれからは年に2度味わうことにするか。






| 07:16 | 月的生活 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
十五夜
 

 満月は、と気になって窓を開けた。顔を出して見上げると、青白い光が静かに降り注いで、見馴れた町でも思わずうっとり。まだ外に出るには少し早い。月が見える窓際までずれて、ふとんに顔をうずめた。やさしい、なんてやさしいんだろう。天女が包んでくれたなら、きっとこんなやさしさにちがいない。ぬくもりの見えないベールに身も心もとろけるようだ。これまでも何度も見上げてきた満月なのに、どうしたというんだろう、今夜のこの月。月暦を見るようになってまだ2週間ほど。まさかとは思うけれど、そのせいだろうか。霜月の十五夜を指折り数えて待っていた。だからぼくには特別な月。うーん、もうがまんできない。着替えて外に出た。カメラに三脚、ダウンジャケット、毛糸の帽子と手袋。オカリナも忘れずに。月夜の秘密の原っぱは、描いて絵本にしたいくらいだった。またうっとり。撮りながら手を合わせ、合わせながら祈り、祈りながらまた撮った。3時間ほどもいて、朝がきた。月といっしょに、ぼくは暮らしている。満月に負けないほどに、心が満ちて気分がいい。


月夜の原っぱ









| 19:56 | 月的生活 | comments(4) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
月の速度
 地球の周りをまわる月だとは知っていても、はて、それがどれくらいのスピードなのかと考えたことなどなかった。なんと時速3,000キロだそうだ。夜空にぽっかりと浮かんでいるように見えて、ほんとうはものすごいやつなんだ。ゴーゴーと轟音を立ててまわっているのだろうか。地球の中心から月の中心までの距離は、平均38万4,000キロあまり。宇宙なんて想像もつかないけれど、そこに見える月さえも、なんだかクラクラするほどにどでかい話だった。

  月と地球のミニチュアモデル Wikipediaより









| 22:10 | 月的生活 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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