kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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ますやんの悪童日記(5)たき火





火おもちゃしてると寝小便するぞ、と子どもの頃よく言われたもんですが、それほどまでに火は子どもにとっても魅力的だということでしょうか。能登島では直火が可能だったので、子どもたちは暇さえあればたき火をしては、釣った小魚やサザエを焼いていました。この写真などは夜明けの時間帯です。美しい海に気づくこともなく、または気づいていてもなんてこともないのか、とにかくサザエに集中していたふたりです。まるで海の男に見えますね(笑)。


ますやんの悪童日記(5)






































| 13:35 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ますやんの悪童日記(4)いわきから来た少女たち





はじめは3週間ぶっ続けのキャンプとして告知しましたが、あまりに長期だったせいか福島からの参加申し込みはさっぱりありませんでした。もちろん放射能から少しでも長く離れてもらおうとの思いからでしたが、参加者がいなくてはお話になりません。福島の実情を知らないで勝手な善意を押し付けていたとしたら、いったいなんのための保養プログラムでしょうか。一度は開催を諦めかけたその時、ユースケから申し込みがあり、それではと参加の条件を大幅に緩めました。最後にはいつでもどうぞという具合で、そんなこんなでいわき市からも4人の女の子たちを迎えることができました。ハルちゃん、ワーちゃん、ナナちゃん、ナリの面々です。参加日数は、医王の里での8月2日から6日までの5日間ばかり。でも不思議なもんですね。友達なんてふれあう長さで決まるわけじゃないことぐらい、この年になるとよくわかりますが、この四人組との出会いでもそのことがはっきりとわかりました。それぞれの思い出をしっかり作って行ってくれたことも後になって知り、このジジイにとっても忘れられない子たちになりました。

ある日、気になってたことを4人に聞いてみました。「ユースケってとってもにぎやかなんだけど、福島の男の子ってみんなあんな感じ?」半ば冗談のつもりでしたが、返ってきた言葉は意外や意外、「そうよ、みんなあんな感じ」でした。あぜん...。「だったらあんまり好みの男の子っていないんじゃない?」「そうでもないよ、いるよ」(失礼しました)。で、そのユースケと来たら普段は言いたい放題のやり放題なのに、4人組の前では妙にかしこまってたりして、なんだかこのジジイに似て憎めないやつ(爆)。

ところでいわき市とかユースケの郡山、それにあかりの福島市っていったいどんなところなんでしょうか。遠い所からよくぞやって来てくれたものです。今度はこちらから訪ねてみたい気がします。



ますやんの悪童日記(4)

































| 13:31 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ますやんの悪童日記(3)少年と海






海は広いな、大きいなあ、行ってみたいな、よその国...なんてときどき口ずさんでしまうのは、遠い水平線の向こうにどんな国があるのか知りたいと思った子どものころを思い出すからでしょうか。海が目の前に広がる能登島の勝尾崎キャンプ場でも、ときどきひとりになると歌いました。そんな海で遊ぶ子らの姿は、本当にまぶしいばかり。中でも男の子と海は、とっても絵になりました。ちょっぴり内気なタイチが銛を手にしてひとり海に出てゆくのを発見したとき、なんだかうれしくてジーンと来ました。一回ぐらい言っただけでは決して動かない腰の重いリョースケなのに、軽快に磯を動き回る姿なら何度も見かけました。子どもたちが見つめた水平線の向こうには、どんな世界が広がっていたんでしょうか。そうですよね、男子ばかりではありませんでした。中2のサクラは笑顔が素敵なとっても優しい女の子でしたが、海へのダイビングだけは男も真っ青になる豪快さ。楽しい!を連発しながら、いろんなポーズに挑戦していました。煽られてこのジジイまでシンクロダイブ(笑)。いくつになっても海に来るとまさに裸ん坊になれますね。


ますやんの悪童日記(3)






































| 13:24 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ますやんの悪童日記(2)子どもたちと青年と





キャンプ生活は初めてという子どもたちが大半だったようですが、四六時中いっしょに過ごしてくれる青年たち(なぜか自然体験活動の分野ではリーダーと呼んでいます)の存在はだからとても大きなものでした。遊んでくれるちょっと年上のお姉さんお兄さんというだけでなく、毎晩遅くまで話し合ったミーティングの話題は子どもたちの様子が中心で、リーダーからの報告や思いは欠かせない貴重な情報になりました。

そう言えば、子どものころ近所に大好きなお兄ちゃんと大っ嫌いなお兄ちゃんがいました。子どもながらにそれを嗅ぎ分けることができたんです。大好きな方は遊んでくれたというより、いろんなことを教えてくれました。もちろん遊びのことばかりですが、お兄ちゃんみたいに早く大きくなりたいなあと思ったのをよく覚えています。大っ嫌いな方は単純に意地悪で、後に少年院にも入った恐いあんちゃんでしたが、なぜか幼心にも対抗意識が芽生えていました。こっちも負けずに意地悪したりして(すぐに逃げるんですが、笑)。とにかく、どんな人でもちょっと年上の青年の影響力たるや、絶大なものがありそうです。

キャンプの間中、子どもたちといっしょにいようという強者は結局はだれもいませんでした。だれもがみんな忙しい世の中の一員ですから仕方ないことです。でも、何度でも会う、ということなら可能性はありそうですね。実際このキャンプを終えて、もう一度やれるかというと、すぐにもちろんとは言えないほど大変でしたが、だれが開催するというより、とにかくだれかが開催すればいいのではと思ったりもします。子どもたちと青年のために、やっぱりジジイが声を上げるしかないのかなあ(苦笑)。



ますやんの悪童日記(2)



































| 13:18 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ますやんの悪童日記(1)能登島へ移動




今年初めての「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」をまとめる日記になんでわざわざ「悪童」なんてタイトルを付ける気になったんでしょうか。参加した子どもたちが悪童というわけでは決してありませんが、とても相応しい気がしています。たぶん、何回かに分けてこれを書こうとしているぼく自身がかつては悪ガキで、だからこそ書きながら、共に過ごした子どもたちの心の中に今からでも少しずつ近づいて行きたいと思っているようです。悪童とは、ぼく自身のことです。

二つ目のキャンプ会場となった能登島は七尾湾に静かに浮かんでいます。と言いたいところですが、実際には着いたその日(8月7日)は海からの風が強く、夜半には寒いくらいの気候でした。テントを張り終え、さっそく海に飛び出した子どもたちは体が揺れる波に翻弄されながら、岩に体をぶつけたりしながらきっと軽い怪我もしたことでしょうか。ここから始まる一週間の野外生活がどんなものになるのか、ゆっくり想像するゆとりもありませんでしたが、なんとなく先が思い遣られるなあと思ったものでした。キャンプそのものは、たぶん成功したんだと思います。毎日のように喧嘩して、そうかと思えばなんとなくまた遊び出し、ちょっとよそ見をしていたらまた喧嘩...。ほんとに勝手気ままな子が多くて、今どきの子ってこんなもんなんでしょうかと、手を焼かれっ放しのこのジジイは思ったのでした(苦笑)。

このキャンプの目的はふたつです。ひとつは福島の子どもたちの元気と笑顔を応援すること、あとひとつは地元石川の子どもたちと未来まで続くような友達になってもらうチャンスにすること。結論から言うと、きっと叶ったことと思います。たかだか17日間のキャンプでしたが、参加人数が予定よりうんと少なかったおかげで、毎日同じ顔ぶれで、同じ場所で、おんなじような生活をしたんですから、交流の深まらないはずがありません。最後の夜、みんなで輪になってひと言ずつ感想を言い合いました。郡山から参加したユースケの言葉が忘れられません。「ぼくは一人っ子なので、リョースケとしょっちゅう喧嘩できてうれしかったです。明日っから、さびしい...」。事あるごとに大声で歌い、目の前の海や森を飛び回り、いっぱい食べて、喧嘩して、きっとぐっすりと眠り、すごい夏休みだったことと思います。宿題、大丈夫かなあ...いまごろ鉢巻きしてがんばってるかな(苦笑)




ますやんの悪童日記(1)



























| 13:13 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
キャンプのあと
 


2012.08.07 移動中の千里浜にて


 「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」を無事終えることが出来ました。軽い気持ちで声を掛けたことがまさかこんなに大勢の人を巻き込んで広がって行くなんて、実際そうでなければ開催することが出来ないことを知りながら、本当には想像すらしていませんでした。この四ヶ月の間、実行委員会を作った数人の仲間と毎日のようにやりとりしながら準備を進めて来ました。思い出すシーンが山ほどもあります。そのひとつひとつが、そこにいたひとりひとりが、キャンプでした。

 街頭で募金箱に入る一円玉にさえ頭を下げ、頭を下げた視線の先に一万円札が見えて驚き、最終的に総額は八十万円を越えましたが、不足分は現物で補おうと大勢の人が動き、食材などは店が開けるほどいろんな物が集まりました。直接子どもたちと生活した若者たちをはじめ、食事やプログラムを担当した懐かしいみなさん、ここからご縁が始まった方々、キャンプで動いたすべての人の顔が浮かんできます。事あるごとに応援してくれる遠くの友らが今回もまたあたたかな言葉とともに送金してくれました。いったい何人の人の思いが集まっていたんでしょうか。参加した子どもたちの数は多い期間で十人程度、募集枠の四分の一ほどの少数でしたが、どうやらこれがちょうどいい規模だったようです。まったくもって手を焼く子どもたちでしたから(笑)。

 キャンプでは毎日喧嘩ばかりという印象が残りました。人とふれあう基礎が出来ていない小学生を相手に振り回され、何度も何度も同じことを言い続けました。たったひとつの理想の形があるのではなく、もしも喧嘩も交流のひとつなら、それはそれでうまく行ったということでしょうか。福島からの参加はわずかに六人でしたが、ただひとり全日程を参加したユースケが最後の夜に言いました。「ぼくは一人っ子なので、リョースケと喧嘩できてよかった。明日から、さびしいです」。このジジイはそんな喧嘩に真剣に腹を立てていたおとなでしかありませんが、その喧嘩のおかげで思えばおとなも子どもも誰もが真剣にふれあっていたような気がします。医王の里キャンプ場の森と能登島の海と、会場にした石川のフィールドに飛び出して、みんなで笑って泣いて、怒って謝って、ちょっぴり怪我もしたりして、どの瞬間も素の自分で居られたのかも知れません。

 福島第一原発事故から学ぶことはなんでしょうか。いま日本のおとなとして何をすべきでしょうか。放射能に汚染されてしまった国の庶民として、生きている間ぐらい真剣に考え続け、ひとつでも形にして行く姿をこれからの子どもたちに見せておかないと日本はもう救われないのではないかと、柄にもなくつい心配になります。「未来から借りている今」というある写真家の言葉を時々思い出します。若い頃よく口にした、未来を創るなどという言葉にはどこか傲慢なものを感じるようになりました。不確かな未来につながる今なのではなく、未来はすでに存在しているのかも知れません。そんな未来から届く声を、耳を澄ませて聴くのです。そこに向って一歩一歩と歩いて行くのです。今という瞬間に真剣に向き合い、あっけらかんと手放しながら。




ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプHP































| 06:27 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
FKキッズ交流キャンプ開幕







いよいよ初めての「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」が開幕しました。未体験の企画を催すまでの準備は半端じゃありませんでしたが、こうしてここに日の目を見ることができたのは数多くのみなさんの応援があったからにほかありません。心よりお礼申し上げます。

はじめはちょっぴりおとなしかった子どもたちでしたが、すごいもんですね。医王の森のに包まれていきなり何の前ぶれもなく友達になってしまうんですから。一時間もしないうちに名前を呼び合い、飛び回っています。わざわざ狭いデッキに限定しての色鬼、セミの抜け殻ごっこなどオリジナルな遊びのオンパレードに、はち切れるばかりの笑顔の連続です。

初日の圧巻は、郡山から参加してくれた唯一のふくしまキッズユウスケを迎えた場面でした。午後7時ごろ、車を降りた瞬間、キャンプ会場の影からみんなで一斉に楽器ならぬトングやバケツを打ち鳴らしての行進を開始、ユウスケをぐるりと取り囲んでの思いつきセレモニーでした。「ようこそ、ユウスケ!」のあとはユウカがいきなりクイズでごあいさつ。kazesanまでもノリノリで記録写真を残すことなどすっかり忘れてしまいました(笑)。

疲れを知らない男組はユウスケと金沢のリョウスケ、それに白山市のタイジがこの日出会ったばかりとは思えない息の合いようで、仲良く揃ってナイトハイキング。カブトムシにはまだ出会ったいませんが、クワガタにぞっこんで虫取りに夢中です。「おれ、まだ一匹しかいない」とどうやらユウスケはとっても負けず嫌いのようで、盛んに年上の二人をリードしようと試みています(笑)。涼しい目をしたタイジはどっかりと落ちついて行動、リョウスケはマイペースを守りながらも何かと弟分の我がままも聞き入れて世話をしています。とにかく夜な夜な徘徊しそうな三人にちょっぴり手を焼きそう予感!?

キャンプってなんでこんなに開放的な気分になれるんでしょうか。こんな感じで過ごす2週間あまりが過ぎたころ、いったいどんな仲間になってるものか、まったく想像がつきません。ほんと楽しみです。




































| 15:10 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプのご案内







ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプのポスターなどのデザインが出来上がりました。実際の動きに比べて告知がやや遅れていましたが、これから本格始動です。やるぞ〜!! 

でもねえ、福島ばかりか金沢キッズの参加者募集、それにこれがもっとも大事なスタッフ募集、同じようにウェートが高い資金づくり、などなど、考えてると頭がくらくらしてきます。ちょっぴり無謀なことをやろうとしてるの、スタッフ全員承知しています。だけどだけど、無謀なのはむしろここまで原発を推進してきたというこの国の姿勢の方ですよね。目には目で、無謀には無謀で対抗するのだ。

さて、この無謀極まりない企画は金沢という地域のみなさんの支援なくして実現できないことは、はじめからわかっていました。ここからは声を大にして、「みなさ〜ん、どうぞご支援ご協力、よろしくおねがいします!!」。そしてそして、万が一この告知をご覧になった全国のみなさん。いっしょにこの無謀な輪の仲間になってください。

福島の子どもたちの健康を願い、さらにそれに留まらず金沢の子どもたちとここでなければ実現しなかった、奇跡の出会いをプレゼントしたいと思います。子どもたちの未来はすでに約束されているもの、今のおとながその未来の邪魔をしては行けません。応援あるのみです。どうぞよろしくお願いします。

ポスターのイラストとデザインはイラストレーターの金沢在住の表供美さんにお願いしました。今では古い友人ですが、昔いっしょにキャンプしたぐらいで仕事でごいっしょしたことはほとんどありませんでした。だからお願いするのは、ダメもとだとは思いながら心臓はドキンドキン。その結果が、ジャジャーン、これです。素敵でしょ!忙しい合間を縫っての供美ちゃんの力作。一目見た子どもたちが、「なにこれ?キャンプ?行きた〜い」って叫ぶのが目に見えるようです。

供美ちゃんは絵本づくりのアーティストでもあります。キャンプの思い出となるような絵を描いたり、それを本にしてみたり、日程の終盤にはそんなひとときが実現するかもしれません。ほんと楽しみな企画がどんどん増えて行きます。あとはそれを実現する情熱!


●支援金の願い

ご送金には下記の口座をご利用下さい。おひとりずつへのお礼はできませんが、近く開設予定のホームページ上にお名前を掲載させていただきます。

北國銀行 工学部前出張所
普通 141459
ふくしまかなざわキッズ交流実行委員会
(フクシマカナザワキッズコウリュウジッコウイインカイ)










































| 11:35 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ





いしかわ自然学校のリーダー研修を受けていたころの仲間たちといっしょに、「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」という、福島の子どもたちを迎えた保養プログラムを開くことにしました。4月半ばに仲間のひとりに話を持ちかけたのがはじまりでした。以来毎週のようにミーティングを重ね、ようやく告知に入ったところです。本格的に動き出した実行委員会の活動の様子をご紹介します。

*****

目標額700万円に向けての街頭募金活動をはじめました。え?700?うそやろ?とメンバーの一人でもあるのに、まったく信じられない大きな金額に目を丸くしましたが、考えてみたら、総勢40人の子どもたちと同じ数ほどのスタッフが野外とは言え毎日食事しながら3週間も生活するんですから、もしかするとそれ以上必要になってしまいます。この無謀とも言える企画、でも始めてしまいました。もうやるっきゃない!と肚を括りました。

街頭募金初日の今日は、午前中が香林坊アトリオ前、午後からは近江町市場の武蔵側入口付近で行いました。快く募金に応じてくださった市民のみなさま、ほんとうにありがとうごいました。

こんな形で街頭に立つのは初めての経験でした。第一声を発するまでにいくらか時間がかかりました。なんだかドキドキして、ちょっぴり勇気がいるもんなんですね。それではと、ここでも肚を据えてまずは自分から。「福島の子どもたちを招いてキャンプをしまぁす。募金のご協力おねがいしまぁす」と言ってはみたものの、シーン…だぁれも見向きもしてくれません…え〜?こんな感じでずっとやるんかい!と思うと、まったく元気が消え失せてしまいそうでした(笑)。でも慣れって怖いですねえ、午後からは心に届く言葉をといろいろ工夫して、ひとりひとりに話しかけるように訴えてました。まったく自分で自分が信じられない(爆)。

ぼくが街頭募金に出会った歩行者なら、たぶんちらりと盗み見て黙って通り過ぎる口です。だからでしょうか、わざわざ立ち止まりおもむろに財布を出して千円札を入れてくださった方を見て、本当に感動してしまいました。募金をするということは、ほとんど咄嗟の行為です。募金するのか、その場を逃げ去るのか(笑)、または落ち着かなく青に変わる信号を待っているか、そんななんらかの行動を考える間もなく選択しなければなりません。募金をするということは、日常の生き方をも顕わしているような気がしました。このぼくと来たらまったく大いに反省しなくてはならないようです。

「これはちゃんと許可を得てるんか?」「どちらの団体のみなさんなの?」と確認されたのちに募金してくださった方にも出会いました。すごいなあ意思を持った金沢市民、まったく捨てたもんじゃないです。

福島の子どもたちの元気を応援するという企画内容のおかげもあって、個人的な根拠もない予想を大幅に上回る金額をいただきました。二カ所の合計は、なんと80,198円です。あと692万円なり。はじめは乗り気じゃなかったぼくですが、なんだかやる気になってきました(単純男です)。お金の多寡じゃなく、「がんばってね」なんて一声かけてくださる方の笑顔にまた会いたくなるようです。

写真はごんちゃんとQちゃん。実行委員会の将来を背負って立つ若者たちが頼もしいかぎり。子どもたちのよきお兄さんお姉さんになってくれると思います。横に並んでいるのは金沢市議のみなさん。政治になど関わりたくない気持ちはありますが、この募金活動の提案ばかりか、こうして片時でも応援してくれました。ぼくの内なる壁を、この企画に関わりながら取り払っても行けそうです。

街頭募金活動二日目の明日10日は、午前11時ごろからアトリオ前、午後2時から近江町市場前の予定です。スタッフが並べば並ぶほど勇気も元気も湧いてきます。面白そうと冷やかし半分大歓迎、ご都合がよろしければぜひお手伝いください。福島と金沢の子どもたちの交流から、未来を創り出して行く絆が、力が生まれることを願っています。子どもたちの笑顔と元気こそ、この世で守らなければならない宝物だと思います。

*****

とびだせ、海、山! 遠くのきみと今日からともだち

 福島第一原発事故が収束するまでに長い年月が予測される中、放射線量の高い近隣地区で暮らす子どもたちは屋外活動に様々な制限を加えられ、心身ともに大きなストレスを感じていることと思われます。その解消に役立てようと、ほぼ3週間にわたる夏休みのプログラムをこの石川でも企画しました。「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」です。子どもたちの健康を願う保養という大きな目的に加え、福島と金沢の子どもたちが海や山の自然の中で共に過ごし、そこで生まれる新しい友達としての絆が未来を切り開いて行く力のひとつになればと考えました。子どもたちを放射能問題から守ることは今日本のおとなの責任となりました。地域社会の一人一人がそれぞれの立場や仕事を活かし、力を合わせて未来を創造する子どもたちの笑顔と元気を応援しましょう。


日 時 2012年7月29日(日)〜8月18日(土)
会 場 医王の里キャンプ場(金沢)、能登島勝尾崎キャンプ場(七尾)、キ
    ゴ山少年自然の家(金沢)の3カ所を移動
対 象 小学4年生〜中学3年生 40人(福島在住20人、金沢市在住20人)
参加費 20,000円
活 動 医王山登山、ツリークライミング、シュノーケリング、磯観察、星空
    観察、サッカー交流、金沢・能登島観光など

主 催 ふくしま・かなざわキッズ交流実行委員会
後 援 金沢市 
福島連携団体 NPO法人南相馬市こどものつばさ



詳しいお問い合わせは、ふくしま・かなざわキッズ交流実行委員会
石川県金沢市三十苅町丁128
Tel.Fax 076-287-6824(代表 マスノ)、090-3768-4820(事務局 河崎)
fkkids@kazesan.net



●支援金の願い

キャンプには多額の資金が必要になります。ご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。ご送金には下記の口座をご利用下さい。おひとりずつへのお礼はできませんが、近く開設予定のホームページ上にお名前を掲載させていただきます。

北國銀行 工学部前出張所
普通 141459
ふくしまかなざわキッズ交流実行委員会
(フクシマカナザワキッズコウリュウジッコウイインカイ)






























| 11:31 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
スピリット
 ヴァーチューズ・プロジェクトが提唱している「スピリットを尊重する」というときの、スピリットとはいったいなんだろうかと、これはいつも参加者に問いかけていることだ。そして問いかけているぼく自身にもそれはわからない。

 スピリチュアルという言葉が、まるでブームのように氾濫している。スピリットという概念は日本人にはないものだと通訳の友人が言っていたが、ということは、スピリットの存在自体への理解はとりあえず後回しにして、その形容詞ばかりが、つまりはその雰囲気ばかりが広がっているということになる。

 映画『地球交響曲』の監督、龍村仁さんもその著書の中で、スピリチュアルという言葉を日本語に置き換えるのは難しいようなことを書いていた。霊的と言ってしまうとどこか近寄り難く、オカルトではちがう世界に行ってしまいそうだし、光だ、などとわかったようなつもりになっていると、それはどこか遠くの、現実とかけ離れたものになる。結局は翻訳できずにそのまま外来語として使っている、ということか。

 スピリット、それはいったいどんな存在なんだろう。言葉として使っている英語圏の人たちはどう捉えているんだろう。使っていない日本人にもあるんだろうか。魂、内なる神、本当の自分などと表現しているものと同じなだんだろうか。どれも見えない存在だ。見えないけれど、それでは使っている人たちは、感じているんだろうか。そんなことを考えていると、スピリチュアルな道というものが、なんとあいまいなものかと可笑しくなってくる。

 ぼくもまた、十数年も前に、日本語で聖なる光の使者と訳すエミサリーという共同体が開くアート・オブ・リビング・セミナーに出会い、スピリチュアルな道を歩きはじめたひとりだ。その後、そこで出会った友人の大亀安美さんがオーガナイズするマイケル・J・ローズのリトリートにも参加、数年前には大枚をはたいてわざわざインドまで出かけ悟りを求めた。今は「内なる美徳を呼び起こす」ヴァーチューズ・プロジェクトにも関わっている。けれども、それがスピリチュアルな道なんだろうか。ぼくはスピリチュアルな人なんだろうか。考えれば考えるほど、そうでもなさそうな自分を知っているだけに、可笑しくなってくる。

 聖なるもの、神秘、奇跡などなど、霊的な世界には、興味深い言葉があふれている。現実的な視点で生活に追われていると、そういう言葉に惹かれるということはあるかもしれない。そして求めはじめる。なにを? それがわからないから、歩き続ける。感じるということを頼りに、直感やひらめきという感覚に従い、愛という唯一絶対の安心につつまれていることを信じて。

 スピリチュアルなセミナーなどはこの不景気な時代にあっても高額な参加費を要求しているけれど、どこに価値を置くかはそれぞれだ、などと言われれば、ついその気にもなってしまうものだ、とこれはぼくの経験談だ。そうして参加できる人は、ほんとうに幸せな人たちだ。そしてその幸せを周りへと分かち合うことができるなら、ある程度の目的を果たしたことにもなるだろう。



 けれども、人はなぜこの世に生まれてくるんだろう。生まれて生きるとは、どうすることだろう。幼いころになんとなく感じていたことを、ぼくはこの年になってもまだぐだぐだと考えている。きっと死ぬまでそうしているんだろうと情けなくなるけれど、その大枚をはたいて出かけたインドで感じたことがひとつだけある。それは、ぼくの日常こそが、普通のなんでもないふれあいこそが、果てしのない神秘の世界の一端なんだということだった。

 ひとり静かに座っていた夜の屋上に、ゆらゆらと一匹のホタルが飛んできた。そのときちょうど、見えない存在に向かって話しかけているときだったから、思わずため息まじりに見とれてしまった。宙を舞いながら光る昆虫がこの世にいる。それがとても神秘的なことに思えた。

 日常に神秘があふれているなら、わざわざ神秘を体験するために外へ出かけることもない。ワンネスだ、すべてはひとつだと言いながら、彼岸と此岸を分けている霊的な人々の不思議にも気づく。数々のセミナーに参加して自分なりに辿り着いた、境地とも言えない境地がこれではすこしお粗末な気もするが、これがぼくだから仕方がない。

 あれこれとセミナーに参加している相部屋の人が、セミナーの比較をはじめたことがあった。どのセミナーも結局は見つめるのは自分自身だと言っているのだから本末転倒な話にはちがいないが、ほかを知れば知るほどそうなってしまうのも頷ける。食べてばかりで消化しなければ、体は悲鳴をあげてしまうだろう。下痢でもするのが落ちだ。きっと下痢さえも浄化だと言うのだろうが。

 そうだった、スピリットの話だった。

 このところスワイショーのあとに三円式站とう功をしている。胸の前で気のボールでも抱えるように両手を広げ、そのまま立っているだけの気功だが、気功は内気のめぐりを調えることでもあるのだから、動かない静功ほど実はダイナミックだったりする。風水で気の良い土地を求めて人が集まれば、その気は乱れるばかりかもしれないが、自らが良い気の場になろうとする站とう功のひとときは、立っているのが自分の体を越えたなにかであることを感じさせてくれる、ぼくにはとても貴重なものだ。立っているなにか、ここに生きているなにか。それがスピリットであろうがなかろうが、ぼくにはもう大した問題にはならなかった。ただそれは、どこか遠くの知らない星にあるのでも、手の届かない永遠の彼方にあるのでもない。今、ここに息づいている、日常のこのぼくのことだ。人という存在こそが神秘なのだ、と今感じている。

 日常をどう見るか。功成り名を遂げることが人生か。幸せになることが生きることか。スピリチュアルな道というものも、人生や日常をどう見るかという、それぞれの見方の延長に過ぎないのではと、今朝はそんなことも感じている。そしていつも思うのだ。セミナーなど一度も参加したことのないヨシエどんの笑顔の中に広がっているスピリットのことを。
  




| 11:40 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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