kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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アート・オブ・リビング・セミナー
 「本当の自分」という言葉を聞いたのは、今から十五年も前のことだ。多忙を極めた仕事が暇になり出したころだった。稼いでいつかスタジオを建てるつもりだったぼくの、あれがどうやら一大転機になった。

 「本当の自分」として、ぼくはいま生きているか。すくなくともそう在りたいと常々願っているけれど、いつも忘れている。それでも、その存在を信頼するようにはなっている。いつか消えてゆくこの肉体がぼくなのではなく、「本当の自分」はまだほかに確かに存在している。もしもそうじゃないのなら、こんなブログなんか書く必要がない。わざわざ生まれてきて、生きている甲斐がない。

 エミサリーのアート・オブ・リビング・セミナーは、その「本当の自分」に帰る旅の歩き方をいくつも教えてくれる。

 たとえば、人にも世界にも「創造のサイクル」というのがあって、それは季節に喩えることもできる。どんなものもいつも冬から始まるのだ。冬は静かに忍耐の季節。心の中には、蒔かれた種がある。種はまだ硬い。その様子をじっと見守っていればいい。それが冬の態度だ。季節は流れ、春が来る。温かな空気につつまれ、融けた水が染み込んでくる。見守っていると、環境が揃い出す様子が手に取るようにわかるだろう。いよいよ動き出したのだ。だがもしも、静かな冬を過ごさずにいたら、種を台無しにすることはないだろうか。焦る気持ちやとりあえずやってみようかという行動に、ぼくはすぐに出てしまうことがある。それは自分でサイクルを作り出そうとする態度だ。エミサリーの創造のサイクルとは、すでにあるものだという。つまりサイクルにふさわし歩き方を勧めている。



 自然の流れに合わせて生きるという話をときどき聞くけれど、なすがまま、なされるがまま、ということでは、本当は足りないのだ。それではただ流されているに過ぎないだろう。創造のサイクルに合わせることと、世に言う自然な流れとは、すこしちがうような気がぼくはしている。忍耐が、もっとも大切なはじまりで、しかもとても能動的な態度であるように。

 アート・オブ・リビング・セミナーは、十五年前に日本で初めて開かれた。天も地も神も仏も考えたことのなかったぼくが、なんのご縁で参加したんだろうか。以来、なにがどうなったものか、今でもエミサリーを離れずにいる。日本をこよなく愛している清らかなマーシャに出会い、何度でも会いたくて、それで続けてきたようなものだ。だとしたら、「本当のあなたへ帰る旅」をあなたもしませんか、などと言えるほどの実力はぼくにはないだろう。それに、すでにだれもがその旅の途中にあるのだと思っている。ただ旅をしているということに気づいているかいないのか、気づいているなら歩き方を見つけたか、ということを問いかけてみたい。もちろん、いつも一番はじめに問いかける相手は、このぼく自身なのだけれど。

 いかがだろうか。今回が五年ぶりのセミナーになる。旅の途中に、守られた清らかな空間で、一度肩の荷物を降ろしてみては。


アート・オブ・リビング・セミナー







| 10:47 | アート・オブ・リビング・セミナー | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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