kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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初春



 初春という言葉から感じる響きをとても気に入っている。新年事始めに実にふさわしい。ただそれも、西暦で迎えるこの凍える季節では、とてもじゃないがその陽気を実感できない。かと言って陰暦を待っていると、世の中はすでに新たな心持ちなど忘れ去ったあと。初春や、などとひねろうものなら物笑いの種になる。古の日本人が耽ったにちがいない初春の感慨は、すでにこの世には存在していない、などと御託を並べては、せめて元旦ぐらいは散歩でもと暗いうちから家を出た。いつもの里山の、今日は入口までにした。突然、まさかこんな日に、と油断でもしていたのか、人の気配に気づくのが遅れたカモシカがすぐ目の前の木陰から飛び跳ねた。十メートルほど離れて立ち止まり、しばらくこちらの様子をうかがっている。この動物は用心深いのか暢気なのか、とにかく十分に時間を取って対峙する習性がある。いつもなにやらもの言いたげだ。初春?我々はそれどころじゃないですよ、まずこの冬を越さなければなりませんから、とかなんとか言ったのか。返事代わりに強引に近寄ると、翻ったかと思いきや、薄暗くて前も見えない急な斜面をものともせずに駆け下りて行った。野生とは凄いものだ。まさに、生だ。とてもじゃないが、かなわない。どうやら今年の初春にふさわしい出会いだったようだ。

































| 16:16 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
2013 kazesan calendar



毎年声をかけてくれる友人がいて、懲りずにまた来年用のカレンダーを作りました。ご希望の方はメールでお知らせください。ご注文のあとプリントや乾燥をして数日後に発送できると思います。プラスチックケース入り(12枚セット)で1,500円(送料込み)です。

今回も白山の写真でまとめました。最近のものではなく10数年前の登拝の中からこれまで現像さえしなかった、自分でも忘れかけていた写真がほとんどです。並べてみると、何度も歩いた同じ白山を今ではまったく違う感覚で捉えていることがわかります。不思議なもんですね。短い人間の時間と永遠とも思える山のリズムと。人ばかりがどんどん変わって行くようです。


































| 14:49 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
「いのちの作法」を観て





 記録映画『いのちの作法』の上映会を開いている。今日が二日目。朝の上映中に隣の受付の間でこれを書いている。三日間で十四回上映する日程を組んだものの、その甲斐もなくお客の入りはなんとも低調だ。告知に問題があったのか、それともこの手の映画に関心を持っている人が元々少ないのか、などと今後のためにも原因を探っておこう、とはでも思わない。人から人へ届くべきものは、上げる声の大きさで決まるはずがない。数少ない鑑賞する方々といくらかでも会話してみると、十分に何かを感じておられるのが伝わってくる。この分だと半額にしてもらった映画料さえ支払えないかも知れないが、その時点でまた対策を考えるとして、今はただ上映会のご縁で出会う方々と過ごしていたい。

 『いのちの作法』の舞台は、岩手県の山あいの寒村。映画の解説には、「昭和三十年代、豪雪、貧困、多病多死の三重苦を乗り越え、全国に先駆けて老人医療費の無料化と乳児死亡率ゼロを達成した」とある。住民の生命を最優先に尊重するという類いの言葉なら、今どきの日本の政治家や行政の主導者なら誰もが口にしているだろう。だがこの映画は、そんな空疎な言葉を操るだけでなく、五十年も前に「生命尊重の理念」を掲げた村長の実践と遺志を受け継ぐ若者たちが主人公となって、実際にその理念を生きている物語だ。その中のひとりが映画の終盤に淡々と話す言葉が印象的だ。「便利とか効率を求めたら、ここには何ひとつありません」。そして無いからこそ、住んでいるひとりひとりがお互いを大切にしている。否、そうしなければ、村そのものが消えて行くのだ。「こんなにエネルギーのある人たちが住んでいる村を日本は本当に切り捨ててしまっていいんですか?」と、誰に問いかけているのか、静かに痛烈に…。

 初日にいの一番に鑑賞した一企業の社長でもある友人がう〜むと腕組みをして首を傾げながらつぶやいた。「この映画のようには簡単にはできないよなあ」。その意味を計ることはすぐにはできなかったが、何度もこの映画を観て聞いて、改めて感じることがある。それは、人が生きるという大事業はその意思を持ってこそ達成できるのではないか、ということ。満ち足りた、または満ち足りていると感じている環境で、誰が何を改善しようと動くだろうか。耐え忍んできた寒村の暮らしと、あふれる物に囲まれた街の暮らしでは、自ずと大切にする対象が違ってくるだろう。もしかすると、日本中どこにでもある同じ仕様の町町に住むことじたいが、日本人のうちに宿っていた大切な何かを蝕んできた。たとえば、身の周りの命あるものの息づかいを感じる感性とか。繊細な感性を喪失した人間に、周りを思いやり動き出すための意思が芽生えるとは到底思えない。日本という国が、その中の県が、そのまた小さな市や町の行政が、まるでフラクタルな紋様を描きながら、ただただ同じ方向を向いている。その仕組みの外へ放り出され、忘れ去られそうな人々がいて、『いのちの作法』にはその姿が鮮やかに映し出されている。外面だけの生半可な優しさでなく、これは苦悩する環境から生まれた、経済優先の道をひたすら歩んできた国に反旗を翻す、もの静かで勇壮な物語なのだ。だからだろう、簡単には真似なんかできるはずがない。生命を尊重するとは、観念などでは決してない。そうして生きるための意思と、その意思を持つべき環境が、どうしても必要なのだ。

 ランディさんの『サンカーラ』には、福島原発事故後も住んでいる森に留まった友人の話が実名で出てくる。その方の思いを知ることは、この平凡な暮らしに満足しているのかいないのか、それさえも静かに感じる機会を持とうとしない凡夫に叶うはずもないだろう。それでも読後にふと感じたことがある。放射能に汚染された森に住みつづける選択は、自らの意思で選ぶというより、選ぶしかないのだと、そればかりを感じたのではないだろうか。ランディさんは、その友人と水俣で生きる友人を引き合わせている。「あんたも、この森に、惚れられちょるんですよね」という、容易には理解の届かない言葉が交される会話から生まれ出た。

 人が住んでいる環境から愛されるということが実際にあるものなのかは、わからない。もしかすると白山に佇み包まれるあの感覚に近いのかと、想像することならできるけれど、人がその土地で生きるということの中には、人間には決して知り得ない土地との見えないやりとりがあり、それを通して培われるものが人をまた生かしているのだと、想像が広がっていく。それをこそ環境と言うのだろうか。言葉ではなく肌で土地との交流を感じられる人と人が、映画のあの寒村には住んでいるような気がする。町中に居たのでは決して届きはしない心の環境があるにちがいない。真似はできない、せめて少しでも、これが本当の日本なのだと学ぶしかないのだろう。
 
 その上で思う。3.11の後、避難所から仮設住宅の暮らしを余儀なくされる中で大勢の老人が急激に弱り亡くなっているのは、単純に変わった生活の不便さに慣れない心労が原因なのではなく、生まれて生かされてきた土地との血と汗が滲む交流を断ち切られたからではないだろうか。そして今、日本と日本人は、忘れ去りかつて持っていたことも記憶にない大事なものを、実は今も携えているのだと知り、手元に取り戻す絶好の機会を迎えているのではないだろうか。人が生きる上で、自然に包まれ、その中でふれあうことの価値の大きさがあるとして、それを失ってしまった者たちには知る由もないのだけれど。





































| 01:01 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
秋風
 




 この秋をなんでこんなにまで寂しく感じるのか。年のせいか、などと積極的に老け込んで行くつもりもないのに、つい言葉にしてしまう。婿殿が逝ってしまった二年前の夏、この義父の内側で大きく変わってしまったものがある。否、変わらざるを得なかった。哀しみに暮れる娘と、天国のパパと無邪気に遊ぶ孫娘のそばで撮り続けた写真が、今にして思えば大転換のはじまりだった。もはや自らの写真を趣味などとは思っていない。かと言って、稼ぐ仕事なんだろうか。それも明らかに違うことに気づいている。マスノマサヒロにとっての写真は、いったいどんな言葉に置き換えることができるだろう。最後には、せめてそれに気づいて終わりたい。

 この秋、爽やかな一日に、こうちゃんも逝ってしまった。今さらめそめそと泣ける年でもないせいか、心の中にも秋風が吹くことを痛いほどに感じる。死んだ人ともう二度とこの世で会えないことが、ただただ寂しい。時に顔を出す夜空の月を仰ぐたび、天上の友らの名前を呼んでなぐさめている。

 先日、大阪府立大学名誉教授山田邦男さんの「生きる意味と幸せ」という話を聴いた。ヴィクトール・E ・フランクルをもう40年に渡って読み解いているそうで、この頃ようやくわかってきましたと添えながら、幸せとは何かと提示してくださった。その中でとても共感したことがひとつある。

 「人生それ自身が人間に問いを立てているのである。人間が問うのではなく、むしろ人間は人生から問われているものであり、人生に答えねばならず、人生に責任を持たねばならないものなのである」(『人間とは何か』より)というのだ。

 人生からの問いに答えて行く過程にこそ幸せがある、などとひと言で片付けしてしまえるほど単純な話でもなかったが、聴きながら痛烈にそう感じた。人生とは、生きる意味とは、自分とはと、答えの出そうにない問いかけをここまでひたすら続けてきた日々の記憶が簡単に消え失せてしまったかのように、どこか懐かしい思いに包まれ、安らいだ。

 人生に問われそれに答えて行くのが人生そのものだとしたら、何をか悩もう。その問いはいつも、明らかな答えを伴ってはいないか。答えには、理由も意味も不要だ。それは価値をこそ求めている。この人生に生きる価値はあったかと、最後にまた問われるのかも知れない。

 そんな思いが手伝ってか、今ではこれ無くしてはやって行けないというまでになった仕事に対して、撮影料の大幅な増額を願い出た。お願いという形を取りながら、宣言したつもりでいる。叶わなければ、もう続けなくていいのだと覚悟もした。もう少し謙虚に少しでも長くとなぜ考えられないのか、妻はいぶかしがるけれど、そこにもう価値を見出すことができそうにない。そろそろ田舎の商業カメラマンとしての人生が終盤を迎えている。収入が途絶えれば生活はできない。けれども、一本しかない朽ちはじめた大黒柱は自らで取り壊してしまう必要がある。小さくても幾多の新しい柱を立てるスペースを取らねばならない。老いながら百の仕事を持つという百姓を真似てみるのだ。

 フランクルを通した興味深い話がもうひとつあった。「仕事とは、事に仕えること。金や出世や名声に仕えるのではない」。今この言葉がとてつもなく大きなものとなって、心に響いてくる。ここまで問い続けて来た“人生の意味”などは無限に多様でこれと言って確かなものもない。だが価値なら、事に仕えて見出せる。

 心に凍みる秋風は、嫌いではない。残された限りある人生の秋から冬へと、この季節だからこそ静かに打ち込んでみたい事がある。いつ途絶えてもかまわない。向き合う価値があればこそ。




































| 18:23 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
カツラ


 


 友が逝ったその日は、暢気に森を歩いていた。今年は数年ぶりに鮮やかな紅葉だそうで、一目でも見ておこうと思った。赤と緑の色弱だから、本当にこの目で楽しめているのかいつも自信はないのだけれど。

 友が脳出血で意識を失ったまま臥せっていることを、この一年近く知らないでいた。あんなに頻繁に飲み交わした仲だというのに、まったく申し訳ないことをした。実家のある能登の小さなセレモニー会館の片隅で冷たくなって眠っている友の額にそっと手を置いた。久しぶりの再会にかよさんが何度となく涙を浮かべて謝った。いつ知らせようかと迷い続けていたようだ。「こうちゃん、ますやんに会いたかったでしょうに」。気にかけていてくれたのだ。大変なときになんの力にもなれなかった者が友と言えるだろうか。あれこれと気を散らしながら暮らしていると、大切にしなければならないことが逃げてゆくのかも知れない。

 山の話をしているうちに、友と一度大喧嘩になったことがある。一歩ずつ自分の足で登ってこそ味わえるのが山だと、友は言った。誰もが持つ当たり前の言い分に異を唱えたくなったものか、ヘリで飛んで行っても気持ちのいいものはいいよ、などと答えた。言い争うほどのことでもなかったのに、互いに譲ろうとしなかった。せっかく呼んでくれた餃子パーティは台無し。大声をあげ、子どもらを引き連れて立ち去った。その日から一年以上も遠ざかってしまうことになるとは、夢にも思わず。

 勤めていた製版会社を辞めてしばらく無職だったころの友と、一度だけになったがふたり並んで山を歩いた。三泊四日の白山の初日も同じあの森だった。避難小屋の翌朝、近づいている台風の影響か、まるで原色の絵の具でも塗りたくったように怪しげな空が広がりうっすらと虹が架かった。不気味でさえあった風景が蘇ってくる。友はもうあの空に還って逝ったのか

 数人の親族が寄り添う仮通夜の座はしんみりとして、いくら友とは言え長居するのは憚られた。次女が顔を出してくれた。幼い頃、どこにでもいるようなこのおじさんを星のおじさまと呼んでくれた子だった。「幸せにやってるか」。「うん、赤ちゃんができたんよ」。傍らには好ましい青年がひとり。「おとうさんの親友よ」と紹介してくれた。親友、だったのだ。胸がまた締め付けられた。親友としての価値ある人間だったか、友にいったい何ができたというのか。人生にはこんな別れ方もあるのだ。

 友が逝った日の風景から選んだこの一枚を贈ろうと思う。見た瞬間に、友がいるような気がした。カツラの大木に友が宿っている。かよさん、気に入ってくれるだろうか。哀しみは重く固く苦しいけれど、やがていつか立ち上がるための土台はそこにしかないこと、カツラが囁いている。




































| 15:09 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
活動する力





ルドルフ・シュタイナー @R_Steiner_jp
こんにち、人は任意の願望を意志と呼んでいます。しかし願望は意志ではありません。人は何かがうまくいくようにと欲します。これは意志ではありません。意志は活動する力です。この力がこんにちあらゆる分野で欠けています。現代人の中にこの力が欠けているのです。−魂について−

現代人に欠けている意志、活動する力。これって、湧き上がってくるものか。 QT @R_Steiner_jp 人は任意の願望を意志と呼んでいます。しかし願望は意志ではありません…意志は活動する力です。この力がこんにちあらゆる分野で欠けています。現代人の中にこの力が欠けているのです

福島キッズの保養プログラムを主催した石川県内の有志が集う二度目の会に参加した。飲んで食べて語り合っただけのひとときなのに、こんな田舎ではあまり感じたことのないエネルギーが満ちあふれていた。変えたい、変わりたい、でも何をどうやってと、きっとそんなことを内に秘めた人たちに違いない。

シュタイナーの時代から、現代はさらに退化しているのか。意志、活動する力に欠けている現代人は、ネットを駆使してそれを代替行為としているのか。生きる力は、そんなところから出て来るはずがない。面と向って語り合い、身も心も動くこと。人間らしいとは、そういうことだ、きっと。

この世で出会う人は限られている。70億の人間のほんの一握りと出会い、その瞬間に新しい動きへと育つ芽が顔を出す。種はすでにそれぞれの内にある。種の殻を破る刺激がない出会いなど、出会いとは言わない。出会いに遭遇すると、まだ言葉にならない熱いものがあふれてくる。それが意志にもなるだろう

何かしたいと希望や念願を掲げる前に、出会いに敏感であれ。出会うための準備をしろ。出会いだと思ったら素直に従え。それが生きる力にもなってゆく。これまであまり動かなかった者が少しだけでも動いて、そう感じている。

保養プログラムへの支援金を出すという提案を受け、先日活動についてのプレゼンをした。これも出会いには違いないと思いながら、とても疲れた。調査、選択の対象となり吟味される立場は、社会のシステムに組み込まれたもの。それを無視した活動は成立しないだろうが、活動は出会いで成り立っている。

出会いとは、選択したり吟味する対象ではない。感じ合うものだ。語りもするが、言葉の前に感じるものがある。感じない活動など、義務や正義感や、とにかく内から発したものでない何らかの制約を受けている。だから必要以上に言葉を並べ、制約を解こうと、または支えに疲れる努力をしなければならない。


































| 13:29 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
魂の世話(2)
 




 「だいずせんせいの持続性学入門」の中で、高野雅夫さんは<魂>と対比させた<システム>の層を語っている。

 原発事故という大惨事に遭遇してしまった日本の庶民の大半は、その後の政治や行政の対応にあまりに愚かで滑稽でさえあるものを感じたのではないだろうか。「ただちに危険はない」と言った政府は、今も福島県民を愚弄しているとしか思えない。そこには人間としてのぬくもりや思いやりがまったく感じられない。けれど、彼らはシステムの中で考え動いているのだ。その中でしか機能していないのだ、としたら、さもありなんと思ってしまう。

 社会は、いろんな立場が交錯したシステムとして営まれている。その中で利益を追求し、搾取もし、自らを誇示し、他者の批判を繰り返している。そのシステムから漏れてしまうことを敗者とする向きもある。追い込まれて自ら命を落とすのは、このシステの外にある境遇に耐えられなくったということでもあるだろうか。順風満帆という人生がもしもあるなら、それはシステムの網をかいくぐりうまく乗り切ったというに過ぎないだろう。だがいつか誰にでも死だけは必ず訪れる。その時、何を感じるだろうか。いい人生だったと周りに感謝して逝く人がいて、死んでも死に切れないと嘆く人がいる、だろうか。少なくとも一度だけの死を前に、魂との対話があるかも知れない。その魂のことを、生きている今、感じてみることができるだろうか。

 夫を喪ったあのころの娘が不憫でならなかった。遺された幼子を思うと、胸が張り裂けそうだった。周りの誰もが哀しみに包まれた。あれから二年と少し、何かが目に見えて変わり始めている。人は生きているかぎり、生きて行かなければならない。動かし難い巨大な岩のような娘の哀しみが、やがてポケットの中で転がる小石のようなぬくもりに変わる日が必ずや来るだろう。その過程を支えるものがあるなら、何だろうか。システムの中でそれなりの生活は出来るだろう。だが生きることはシステムなどでは決して賄い切れない。その時、どうしても必要なものがあるのだ。それに出会うことを人生と言うのだと、今は考えたい。

 魂があるなら、誰もが持っているだろう。関係の生き物である人間は、だがほとんど誰も魂のことを向き合って語ろうとしない。ましてや魂のふれあいを感じる瞬間がどれほどあるものか。システムの外に放り出されたと思った瞬間に、もしかして、魂が顔を出しているかも知れないのに。

 今は娘を遠巻きに見守っている(と思う)しかない状況だが、あの日以来、それまで口にしなかった言葉を交わすようになった。「おとうさんのこと、子どもの頃からずっと恐かった。自分の気持ちを伝えるなんてとてもできなかった」と、最近になってメールが届いた。システムでしかなかった親子の関係には深い溝がある。ようやく見えない何かでそのひとつひとつを埋め始めているのかも知れない。まだまだ長い時間をかける必要があるだろう。だが大切な人を喪った哀しみが、固い何かを融かしてもいる。

 福島と石川の子どもたちが海や山で交流した夏のキャンプは、それぞれの自分勝手な思いを言い合える、それこそ開けっぴろげな家族のような雰囲気だった。その中でじっと耐えてひとりで泣いていた女子中学生がいた。ある日、突如として、大声を上げた。「わたし、真剣に怒りました。初めてです」と、翌日だったかそっと教えてくれた。一皮剥けたみたい、などと笑いながら。

 キャンプじたいはシステムで運営されながら、子どもたちはそれを意識することもなくシステムの外にあるようだ。子どもは本来、素の状態で生きている。昔よく使ったあのオブラートでくるんだような、妙なまやかしがない。鎧を脱いで、本音を露にする。自分を着飾っていたのではその場にいることが難しくなることを、本能的に知っているのかも知れない。それに触発されたこのジジイまでもが、本能で接することができたようだ。

 17日間の全日程を通して参加した福島の男の子が最後に言った感想をまた思い出している。「ぼくは一人っ子なので、喧嘩できてとてもうれしかった」。泣いたり悲しんだりすることも、子どもたちにとって得難いふれあいだった。守られたキャンプというシステムがそれらすべてを支えたのだと、今改めて感じている。それぞれが自分でするしかないという魂の世話を、どうやらふれあいの中で繰り広げていた。

 さて、この着飾った社会のシステムは、いったい何のために機能しているんだろう…





































| 15:18 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
魂の世話(1)
 




 友が教えてくれた「だいずせんせいの持続性学入門」というブログの記事が気になって今日一日何度となく読んだ。この頃うつうつとした気分がさらに低調になりかけていたせいか、記事中の「魂の世話」という一節に取り憑かれてしまったようだ。それにしても、あまりにも簡単に、まるで誰もが知っている決まり事のように、魂という言葉が何度も使われている。魂とは、いったいどんな存在なんだろう。だいたいが存在しているものなんだろうか。個人的にはそう易々とは使えない言葉のひとつになっている。けれども、見えるこの身体や常に働いている内臓などの機能、さらには感情や精神、心などというもの以外に、自分に関わるものがまだ何かあるようだとうすうす感じて生きてきた。ただそれを魂などと言わないだけのことだったのか。これを機会に、意識的に遠ざけてきた魂(のようなもの)について、自分なりに考えてみたいと思う。

 この夏に仲間と取り組み始めた福島の子どもたちのための保養プログラムが、魂を考えるには格好の材料になりそうだ。本気で撮ると決めたはずの写真を放ったらかしにしてまでプログラムの準備や開催にかかり切りになっている。そんな暮らしがもう半年以上にもなってしまった。することが徐々に多くなり(自ら多くしているのか)、離れられなくなって行くのが感じられる。これは本当にしたいことなのか、なぜお前は写真に向き合わないのかという思いがいつも頭から離れない。なのに、冬にまたプログラムを開こうと、自分から言い出してしまった。それがとても自然な気がした。当たり前だとも感じていた。

 放射能汚染に苛まれている福島の子どもたちの中の、ほんの6人と夏に友だちになった。3週間近くのキャンプ生活を通して、子どもたち同士が未来へと続くに違いない関係を作り出した。原発事故という災いがもたらした、これは奇跡なのだとこの主催者のひとりは自負してもいる。

 福井で何度も同様のプログラムを開催している方がキャンプを訪ねてくれた折、面白い話を聞かせてくれた。「この雰囲気いいですねえ。ほかはどこも福島の子らを持ち上げて、もてなして、福島の子らもそれを感じるものだから…」などと言われた。我が「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」にはそれがないという。だれが福島で誰が石川なのか、みんなおんなじ子どもとして飛び回っている。それがいいと言うのだ。そんなこと当たり前だと思っていたのに。

 またボーイスカウトの世話など経験豊富な方が一夜、子どもらと遊んだ翌朝に伝えてくれた話も印象的だった。「子どもたち、本当によくまとまってますねえ」。それを聞いて、はじめは驚いた。毎日喧嘩が絶えない子どもらにほとほと手を焼いていたスタッフは、まとまりのないキャンプをなんとかしたいとミーティングを重ねる毎日だった。それがなんと、見方を変えればまとまっていたのだ。「子どもらがすぐに私を受け入れてくれた。これはね、スタッフのみなさんを信頼している証拠ですよ。実にすばらしい」。

 キャンプ生活は、終わってみればあっと言う間の出来事だった。福島の子らに解放してもらおう、と思いながら、このジジイが先頭に立って飛び回ることもしばしばだった。おとなも子どもも、みんなおんなじように解放的になれた。あれはもう支援などという形容では収まらないものだった。ボランティアなどという構えた気持ちなどさらさらなかった。ひとときの家族のようだった。

 だいずせんせいは、名古屋大学の准教授で高野雅夫さんと言われるのか。高野さんの記事にある「魂の世話」はそれぞれが自分でしなければならないという。あのキャンプの間、魂たちはどんなふうに過ごしていたんだろうか。もしかすると、誰ひとり気づかないまま、とんでもないドラマが繰り広げられていたような気がする。それはきっと、見える形に囚われていたのでは決して感じることができないドラマだった。































| 23:13 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
「いのちの作法」上映会








ネット上で出会った映画の予告編を見ながら、そのほんの数分の間に、本編を観たい、それなら上映会をしようと決めました。去年の「ガイアシンフォニー」の上映会で要領はいくらかつかんでいるし、準備もスムーズだろうと思っていましたが、これがなかなか…やっぱりどんなことも準備って大変、そしてこの準備の段階で開催する催しの内実が決まってしまうような気もします。などど前置きはともかく、映画のタイトルは『いのちの作法』。まずは、その予告編をご覧ください。

いかがですか?これは観たいって思ったでしょ?(笑)。あの日、3.11以後、日本の何かが変わるものだと大勢の人が感じたでしょうに、今この状態はどうですか。変わったでしょうか、変わろうとしているでしょうか。日々の報道にふれながら、あの災いがこの日本で本当にあったんだろうかと悩ましくなることがあります。この身の周りの出来事や聞くでもなく聞こえてくる言葉たちから感じるのは、今も続いている東北の日常とあまりにかけ離れてしまったことです。とは言いながら一度宮城を訪ねた切りで、この目で東北を見て知っているわけではありません。変わろうとして変わっていない自分自身を感じるばかりです。

この上映会の売り上げ金は、経費をのぞいたすべてを「ふくしま・かなざわキッズ交流実行委員会」の活動資金に充てます。上映会のすぐあとには、「冬のぬくもりキッズキャンプ」が控えています。福島から40人を越えた子どもたちや若きパパ、ママを迎えての五日間。どうぞお天道様、雪を降らせてくださいね。子どもたち、とっても楽しみにしているんですよ。お近くのみなさん、お誘い合わせの上、ぜひご鑑賞ください。何かが即座に変わる方が不気味ですよね。でも変わるべき方向がひとつ、この映画の中にあるような気がしています。




































| 16:45 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
みちすじ





金沢市倫理法人会の会員が集う早朝のひとときに、福島キッズのキャンプを開催して感じていることをお話する機会をいただきました。筋は大まかに決めてあるつもりでしたが、話が福島から参加した子どもたちのことに飛んでしまい、自分でも思わずしんみりしてしまいました。原発事故、その後の放射能の影響は単なる社会問題ではなく、ぼくにとっては身内の大問題になっていることに気づかされました。どう捉えるかの善し悪しなんてどうでもいいんです。知ってしまったあの子たちを守りたい、話しながらそう思っている自分に驚きました。あと十年かそこらでこの人生を終えてもちっともおかしくないジジイの、最後の大仕事にしよう。そんな気持ちが芽生えています。

その朝の会が始まる前に、「万人幸福の栞」というものを全員で読み上げました。その中の一節が気に入りました。

「宗教でも、主義でも、学説でもない。実行によって直ちに正しさが証明できる生活の法則(みちすじ)である」。

倫理を実践することを指して言っているんでしょうか。それぞれの正義を振りかざして正論をぶつけ合ったところで、そこから生まれるものは争いでしかありませんが、実践や行動によって生まれ出る次の新たな展開こそ世に必要なものではないしょうか。輪読を聞きながら、そんなことをしみじみと感じていました。

でも闇雲に実行したところで、闇は闇でしかありません。闇など表層にすぎないことを看破し、突き破る眼力、胆力を込めた実行が必要な時代になっています。

保養プログラムを短期間に分けて開いたところで、本当はどれほどの効果もないかも知れません。福島に住みつづける子どもたちの未来を他人にはどうすることもできません。でも人と人は意思のある者同士が関わり続けることで、生きている日々をより深めることができるはずです。子どもだからと言って容赦はしませんが、おとなだからと言ってしたり顔で偉そうなことも言いません。彼らとのひとときをこれからも真剣に呼吸していたいと、改めて感じた朝でした。



































| 11:31 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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