kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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青空キャンプ(3) 会いたい





 青空キャンプの様子が香川と岡山のプログラムといっしょに毎日新聞の全国版に紹介されました。「思い切り夏休み」というタイトル通りの催しが今も全国各地で繰り広げられていることと思います。全国的な横の連携などほとんどありませんが、同じような気持ちを抱いて活動している人たちの存在はとても心強いものです。未だ会ったことのない同志に負けないで、という気持ちは、資金もスタッフも足りない状況ではとても有効に働いてくれます。

 記事の中で参加者の共通した思いが紹介されています。「放射能から逃れたい」というはじめのころの思いから、今は「保養先の人に会いたい」というのです。一度参加して気に入ってくれた福島の子どもたちや保護者のみなさんが、我らがFKキッズ交流キャンプにも何人かいます。これをご縁と言わないでなんと表現すればいいでしょうか。この関係は、おそらくプログラムの中身に寄ってではなく、出会った人と人の相性とでも言えそうなものが生み出すのではないでしょうか。参加者ばかりでなく、開催するスタッフもまた福島のみんなが忘れられずいつも会いたいと思っているんですから。

 あってはならなかった原発事故が、福島に残ることを選択した人たちに全国の心ある人たちとの出会いをもたらしています。放射能汚染はさして軽減されることもなく広がるばかりかもしれませんが、だからこその人と人の出会いをもまた深め広げています。これからの日本を生きて行くことは決して生易しいものではないでしょう。どんな苦難をも乗り越えるたくましさのいくらかでも、保養プログラムの出会いで培って行きたいものです。

































| 13:33 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
青空キャンプ(2) ケンカしたい




 ようやく疲れが取れてきました。年を取ると回復が遅れることはよく耳にしてきましたが、いよいよ自分のこととして感じられるようになると、もっともっと老いることの味わいを大切にして生きたいものだと思います。サヤタの絵日記を添えて届いたおかあさんからメールを読みながら、キャンプ中の自分の視点がなんとも年寄り臭かったと、今ごろになって苦笑いと共に感じています。

 一見おとなしそうなサヤタが絵日記に書いている言葉がとても印象的です。「この中でいちばんいいのはケンカです。ケンカをするとやってしまったことをもうやらないからです。つぎこのキャンプがでたら行ってケンカしてもっとなかよくなりたいです」。実際には何度も同じケンカを繰り返し、おとながいくら言って聞かせても言葉が通じないもどかしさが残りましたが、子どもたちには決して日々同じではなかったようです。ケンカも後片付けも物の扱いも、さらには調理の手伝いも、まったくどれもこれもうまく行かないキャンプだったと一方的に決めつけることだけはしないでおこうと思います。

 おかあさんからの報告を二、三。

 うちの子達は、興奮覚めず3人で争うようにキャンプの話をしてくれました。どの話も日常から離れイキイキしてこちらまでウキウキしたりハラハラしたり、生きた話をしてくれました。

 リクトは、キャンプがそうとう楽しかったようで、かなりこうふんして帰って来ました。「楽しすぎる、好き嫌い多くてご飯あんまり食べられなかったけど、ご飯食べれなくてもいい、また行くよ。ますやんが冬もやるって、1人でも行く」と言い、主人と私はびっくり。リクトは外遊びがあまり好きでない子です。びっくり。

 保養に行かせる親の気持ちもそれぞれ、子供の気持ちもそれぞれですね。保養に行きたくないと母親にしがみついてバスに乗れない子、保養先でホームシックで泣き出す子、不安やイライラで意地悪する子、親がいなくて眠れず夜がこわくてしゃべりまくる子、でもどの子も一生懸命です、子供の気持ちとして当たり前なのかもしれません。

 保養先で子供が言いたいこと言ってケンカできて、受け止めてくれるスタッフさんがいて、こんなキャンプなかなかないですよ。子供達がここまで仲良くなるキャンプはないです。


 会として二年目を迎え五回目のキャンプだったこの夏は、主催者として少し気合いが入り過ぎていたのかもしれません。テーマは野生になる!子どもたちにはサポートするスタッフが少ないこともあって自主的な生活を望みました。言わば理想を掲げてしまったわけで、その線から外れると気持ちよくないと連日感じてしまいました。

 でもこれは、あくまでも保養キャンプでした。福島を離れたくないのに保養に出なければならない子もいるでしょうし、逆に出たいのに条件が揃わない場合もあると聞いています。原発事故という犯罪と、いつまで続くとも知れない放射能汚染が、保養プログラムという枠組みを生み出したのです。「原発事故子ども被災者支援法」を制定しながら一向に具体策を講じない国ですから、庶民による保養プログラムを今は止めるわけには行きません。たとえ力不足でどんなに中身の薄いプログラムだとしても、庶民と庶民が寄り添い開催することじたいに意味があるのだと思えます。

 サヤタのおかあさんからはこんな言葉も届きました。

 郡山に着いた子供達は別れがたいようで「また会おう、冬のキャンプで」「ありがとう」などと一人一人に声をかけ合っていました。

 20日間ものテント生活を共にした彼らは、それだけでもう一番の友だちなのかも知れません。またおいでよね、心置きなくケンカもすればいいさ。言うこと聞かない奴は心置きなく叱りつけるから(笑)。


































| 15:49 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
青空キャンプ(1) ちゃんと

 


 このじじいのいったい何が気に入ったものか、小学校2年生のスズが家に帰ってすぐ描いたと思われる絵を送ってきました。一年を通して開催しつづけてきた保養プログラムの中でも夏休みのキャンプは規模も長さも最大で、参加した子どもたちにとってもきっと山ほどの思い出が出来たことと思いますが、実際には世話するおとなたちの言葉が届かないもどかしさが残りました。この絵を見ながら、そうでもなかったのかなと、いくらか穏やかな気持ちが蘇ってきます。

 発足して2年目に入ったFKキッズ交流キャンプのこの夏は、森と海の2会場で20日間にもわたるテント泊の「青空キャンプ」を開きました。テーマは野生になる!自然からすっかり離れてしまった生活しか知らないのでは、たぶんこれからの時代を生きるには力不足なのではないかと思います。このキャンプを通していつもとちがう力強い自分を感じて欲しかったのかも知れません。ところがどうでしょうか。これが今どきの子どもなのか、と言いたくなるほどになにもかもが歯がゆいばかりで、前向きに自ら動き出すことがほとんどなく、言葉をかけて促しても聞こえないふりをする始末、いっそのことキャンプなど止めてしまえと何度思ったことでしょうか。

 口を開ければ他人への文句ばかり、遊びも食べることもいつも自分中心。共同生活をしているという意識などおそらく皆無だったのではないでしょうか。子どもたちの声に耳を傾けるリーダー役のスタッフが揃わなかったことが大きく影響していたことは否めませんが、それにしても公共性に欠けた参加者が多いキャンプでした。

 放射能汚染から少しでも遠く、少しでも長く離れて思いっきり羽を伸ばして遊んでもらうのが保養プログラムの目的ですから、その点については文句なく成功です。でもそれだけではもう収まらない気持ちが芽生えています。常連になった子どもたちは今では親戚のようにも思えるし、彼らのおかげで初めての参加者もすぐに場に馴染んでくれます。だから望む気持ちが生まれるんでしょうか。「ますやんのそれは押しつけですよ」と助言してくれたスタッフもいました。そうかも知れないと、ふりかえって今も思います。

 最後の19日目は、特別な夜だというのにテントサイトでじゃれ合ったまま何事もなく過ぎ去って行きました。なんだかばかばかしくなってひとりで敷地内の桟橋に向いました。終盤になって急になついてきたスズがまた後をついてきました。ふたり並んで座り海ほたるの青い光を見つめ、キャンプの思い出を話し合いました。「スズはねえ、もっとちゃんとしたかった」。「なにをちゃんとしたかったん?」。「ミーティングのときのますやんの話がもっと短くなるように、ちゃんとしたかったの」。なんということでしょう。中学生もいるキャンプの中で、ほとんど最年少の部類に入る幼い子がもっとも深く全体を見ていたのかもしれません。言葉が通じないと嘆いて終わるのかと半ば諦めていましたが、通じたパイプもあったようです。

 ちゃんとする。まさにこれこそ、このキャンプに求めたい態度だったのかも知れません。初めて参加するスタッフの中には夜遅くまで話し込んで昼間テントの中で寝ている学生もいました。何をしていいのかわからないのは仕方ないとしても、これではちゃんとしているとはとても言えません。子どもばかりでなくおとなもちゃんとしていない世の中だから、こんな保養プログラムが必要な事態に陥ったのでしょう。

 さて、このじじいはちゃんと役目を果たしたのでしょうか。思いばかりが先行して配慮の足りない押しつけが目立ったこと、言葉にぬくもりが足りないこと、決断力に欠けること、安全管理を怠ることなどなど、反省すれば数え切れないほどの項目が並びます。子どもとおとなが一緒に創り上げるちゃんとしたFKキャンプは、まだまだ先のことかもしれません。常に高みを目指してはいるものの。
































| 15:45 | ひかりっ子 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
石川県中央公園にて
 




 金沢市内の中心部にあって憩いの場になっていた中央公園の改修工事をめぐり、庶民と県の間で押し問答が繰り返されている。園内の45本の木々が切り倒され、都会でよく見かけるようなイベント仕様の広場に様変わりしてしまう。たかが木だろうか、否、保守的でおとなしい石川の庶民がめずらしく立ち上がっている。二年前のあの三月以来、おそらく日本の多くの庶民が目覚めたのだ。絆だ復興だと声高に叫ぶばかりで相変わらず前例に囚われる政治や行政のお粗末な有り様を、庶民は痛いほどに知ってしまった。

 工事二日目の公園に出かけた。この手の現場は好みじゃない(好む人など滅多にいないだろうが)。有志で作る守る会の代表らと県の担当者が立入りを拒むフェンスの傍らで話し合っていた。表向き紳士的なやりとりだったが、こういう場合の話はいつも平行線をたどるばかりだ。計画を変えることなどあり得ない立場と、それを薄々感じながらも撤回を望む立場と。どれほど向き合っていたものか、解散した直後に工事は再開され、一時間あまりの間に数本が伐採された。

 現場にいて撮りながらただ様子を見守ることしかできなかった。チェンソーのうなり声が聞こえると、女が泣き叫び、数人から罵声が飛んだ。子どもを抱いたおかあさんが木への手紙だと言って担当官に手渡した。上の子が書いたものだそうだ。それぞれが思いの丈をぶつけている。無表情に立ち尽くしている県の職員は家に帰ればよき父親でもあるだろう。人間とは実に奇妙な生き物だ。組織に属している者は、個の意思を曲げてでも組織の論理でしか動けない。その暗黙のルールから外れることは自らの生活基盤を失うことでもある。

 知事をはじめ石川県は、この事態をどう見ているだろう。このまま押し切って済ませるに違いないが、将来に残る禍根は大きいかも知れない。一連の動きを地元の一紙だけが取り上げていない。庶民の知らない所にいったいどんな動きがあるのか、訝しむ声が上がっても仕方のないことだろう。北陸中日新聞の報道で明るみになって以来、知事の発言は一切ない。まるで城の中の殿様然としている。放射能汚染に苛まれる福島然り、沖縄の基地問題然り、行政は庶民とかけ離れたままだ。これが公園などでなく、たとえば戦争にまつわることだとしても、このままではお上からの一方的な押しつけがまたまかり通ってしまう。

 木にも目があるなら、見下ろす人の存在などどんなに小さなものだろう。人は触れるほどに向き合いながら、互いの声の中身は届かない。せめて木のように風をはらんで遠くの未来を見やる目を、戸惑っても迷っても、忘れない生き方が必要になる。 



 石川県中央公園にて






























| 13:11 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
「場」





 佐伯さんが書いていた「場」の話を読んで、これまでもやもやとたれ込めていた心の中の有毒ガスのようなものがついに晴れて行くのかも知れないと感じている。気功に親しんでちょうど二十年、「場」については練功を通していくらかでも自分の感覚として捉えているつもりだったが、こうして理論として、さらには理念にまで発展することができることに、静かに深い感動を覚える。

 福島の子どもたちを応援するキャンプは、唐突に思い立って始めた。すっかりご無沙汰していた知人に声を掛け、あっという間に当時の仲間が集まり任意団体として組織化、一年も経たないうちに市民ばかりか遠方からもスタッフとして有志が駆けつけるひとつの「場」に育っている。

 日本の緊急事態だからその気持ちのある人が集まり場を創るのは当然の流れだろうと、取り立てて不思議とは思わないけれど、育つ力はその「場」にこそあることを痛感している。誰かひとりの存在が際立つこともなく、かと言って誰ひとり力なくその場に佇んでいるわけでもない。強制されることも教え込まれることもないのに、個が自ずと動いて場を創り、その場がさらに場を生み続けている。まさに有志の有機的な連携プレーだろうか。

 同じ福島を応援する動きにも様々な形態がある。たとえば脱原発なりのデモ、国などに要望を提出することなどもそのひとつで、その必要性は十分に感じているつもりなのに、自分のこととして参加する気持ちにはなぜかいつもなれなかったし、たぶんこれからもならないだろう。凝り固まったベクトルを感じる場や、個が埋没して息が詰まるような場には体が拒否反応を起こしてしまう。息が詰まれば大声を上げて発散する必要がある。それはそれで体験してみたい気もするが、生き物としての人間が個を大切にするとしたら、同じ方向に向け闇雲に直線的な反発の規模を拡大して行く場より、様々な個が活かされ四方八方に波紋のように広がる場こそ必要なのではないだろうか。生きることは闘いではなく創造だと、こればかりは思い込んでいたい。

 これまで個人的な好みでしかないだろうと思っていたこの思いは、「場」を感じる固有の野生または本能が成すものではなかったのか。そう思えるなら、感じた「場」でこそ己を活かすことができるだろう。活かすために個に執着するのではない。活かさなければ個の存在価値を全うしているとは言えないからだ。

 そして思う。夫婦などの関係も、場として捉える方が非常にわかりやすい。出会った頃は愛だと思っている熱い思いに酔いしれて、これが結ばれていることだと思い込み、年月と共にそれらのすべてが色あせて行く。お前が愛してくれるなら俺も愛する、みたいなタイプのこの夫は、三十五年にもなる結婚生活にこの頃あまり気が向かないで戸惑っている。この関係を維持するだけなら、とてもじゃないが魅力を感じない。だが、これは妻と夫が老いながらも創り続けることができる「場」として、当初から変わらずにあるものだった。

 条件付きの愛でなく無条件の愛こそ愛なのだ、というような生を感じない言葉で心を整理整頓したところで、生きている実感が伴わなければ決して長続きはしない。心を無理矢理一定方向に差し向けることなど、人には至難の技だ。縮んだり広がったりする心を持った人間は、愛などという曖昧なものではなく、かかわる「場」こそ意識すべきかもしれない。関係を維持する努力ではなく、「場」が創る関係を味わう程度が心地よいのかも知れない。

 どの「場」にかかわり、その「場」にどうかかわるのかという選択が、いつも個に任されている。これは考えて選ぶというより、感じる野生の力を必要としている。生き物として鈍化してしまった感覚を取り戻さないかぎり、個としての己を活かすことなど到底叶わないだろう。むしろ「場」を選ぶより、呼んでいる「場」を認める。場もまた常に変容し続けている。動かなければ個としての己など埋もれて行くばかりだ。埋もれることもまた、この個の好みではあるけれど。


 生命学ではなく、生命関係学

 













 
| 10:00 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
木のように
 



 どこにでもあるようなまちなかの公園だと思ってさして気にも留めなかった中央公園が、この連休明けにも整備され新しくなるそうで、にわかにその存在が気になり出した。45本もの木々が伐られるという。いつも当たり前のようにして立ちつづけてきた木は、この差し迫った事態をどんなふうに感じているだろう。木にも必ずや何物かが宿っているにちがいない。たかだか百年程度を寿命とする人間に、その何がわかるものか。周囲には木が6000本ほどもあるそうだ。伐採するのはほんの1%にも満たないと、県は考えている。放射能の影響で子どもたちが癌になる確立を同じように微々たるものとして扱っている日本のおとなが、木のことなど考えるはずもない。闇に包まれた木の傍でその気持ちを想像した。何も聞こえてこなかった。人間には、愛想がついたか…。

 気功には樹林気功という種類がある。数年学んだことのある師が提唱して広がったそうだが、なんのことはない、木の傍で練功するだけの話だ。屋内で感じる気と屋外のそれとではちがいはあるだろうか。そう言えば、気感の有無は気功の上達とは関係がないと、師はよく言っていたものだ。気感があればより精進できるだろうという程度のことらしい。けれども樹林気功だけは、実にいい。木々と気をやりとりするイメージからはじめる。木のようにただじっと小一時間も立っていれば、丹田が熱くなり、足裏から根が生える。自然界から気を奪い取って何が気功だ、などという手合がいる。気のことを何ひとつ知らないんだろう。気は空にも地にもめぐるものだ。この生命は、気が集合して出来ている。だれのもおんなじだ。死は単に、その気が散らばっていったにすぎない。閉じたり開いたり、上がったり下がったり、虚空を漂っている。

 そうだよね、木よ。



木のように




























| 12:18 | 日々のカケラ | comments(1) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
誠心





 写真の神様がきっといるんだろう。これは、その神様が戯れで起こしている奇跡のひとつにちがいない。ただ写真家に憧れているだけのマスノマサヒロの写真がこれで三たび、『風の旅人』に掲載されることになった。『風の旅人』は知る人ぞ知る、編集長の佐伯剛さんが全霊を傾けて世に問いつづける希有な雑誌だ。毎号一流の写真家や新進気鋭の若手写真家の作品が並んでいる。そのどれもが長い年月をかけ、熱く、けれどもの静かに念と情熱を傾けた秀作ばかりだ。それぞれに気高き気風を感じる作品群が編集統合された一冊から、凝縮され昇華した誠心が立ち上がる。

 『風の旅人』の存在を知ったのはもう十年以上も前になる。だがあの時、その前を素通りしてしまった。人にはやはり時期というものがあるのだろう。何かに飢え出したとき、その時期がやって来る。

 マスノマサヒロはとても中途半端な人間だ。心血を注ぐような、狂っているのかと言われるほどに、生涯をかけて何かに打ち込むということがない。その素振りを見せている程度なら何度でもあるけれど、何度もあるということは、つまりはそこそこのところでいつも終わっているということだ。満足したわけではない。完成したわけでもない。なぜか次々とやって来るものに、気を惹かれ、打ち込んでみる風を装っている。

 「のと」「生の霊(いのち)」「福島の子どもたちから」。これが作品だと言うつもりはないけれど、この三つが『風の旅人』に拾われ、そのおかげで予期せぬまさに夢だと思える道に足を踏み入れている。いつも目の前に現れる事態に戸惑い、ただ逃げ出さないという選択をしただけだった。これがマスノならではの道なんだろうと、信じて疑わず。

 もしかすると、否、たぶんそうなのだが、『風の旅人』以上に佐伯さんの生き方や放つ言葉に大きな影響を受けている。ほとんど妄信しているようなものだと自分でもおかしくなる。人が生きる上で大切なものをひとつ上げるなら、誠心だと思う。誠心誠意とは、まごころをもって行うことだ。まごころは真心でもある。いったい何に対しての誠心か。生きることそれじたいに対してだろう。『風の旅人』にはそれがこれでもかというほどに詰まっている。ページを開く度にこの胸を突き刺すものこそ、その誠心にちがいない。開かずともそばに置いておくだけで、常に誠心が問いかけてくる。『風の旅人』の、佐伯さんの、写真家たちの、さらには後を追う己の誠心が。

 あと何年残っているだろうかと、余命を想うことがある。だが余命とは生き長らえる時間のことばかりではない。むしろ生きてあることの質を問うことだ。その質は、この世の生で終わるものでは決してなくて、消えたあとにこそ想い想われる、関係のことでもある。死ねばだれでも想われると思ったらお間違いだ。質こそが、命だ。「生の霊」を撮る体験をして、その意味を見出した。

 一家の大黒柱を喪った娘と孫娘の生活を半年近く共にして、人は渡らなければならない哀しみの大河の深さを、おそらく自分で決めるのだろうと思った。

 夫を亡くして何日も経たない頃、娘がふたり並んだ壁の写真を外したことがある。聞けば、一日でも早く忘れて立ち直らなければならないのだと言う。微笑んでいるウェディングドレスの女と、はにかんだ優しい男の、わずか四年ばかり前の写真だった。娘はまだ哀しみ方さえ知らなかった。いいんだよ、立ち直らなくても。いつまでも気が済むまで、悲しんでいいんだよ。あれからまだ二年と九ヶ月か。十分に悲しんだだろうか。このごろようやく、たまに話しかけてきたりする。悲しみを重ねて人は哀しみの何たるかに近づいて行く。命という質を深めながら。今は亡き婿殿が変わらずにそう教えてくれる。

 福島の子どもたちと出会い、まるで昔からの知り合いのようにしてまた出会いを重ねていると、彼らのおかげでこうして生きていられるのだと思ったりする。人には、生きるための誠心が必要なのだ。富や地位や権力、名誉、その程度のもので得られる充足感があるのだとしても、それらは生きる質とはなんら関係がない。誠心とは人と人の間(あわい)にあり、だれひとり所有することができない、誠心そのもののことだ。この世は誠心で出来ている。それに気づいて近づくことが、生きるということだ。

 などと考えるようになったのは、やはり『風の旅人』に出会い、自分にとっての写真とはと、真剣に向き合うようになったからだろう。余命をどう生きるのかと向き合わないままでは、おそらく撮ることは決して叶わないのだ。その気持ちに沿う形で、マスノは対象に出会うのだろう。写真の神様の粋なはからいと思うことにしよう。




・『風の旅人』復刊第二号
・ Masahro Masuno





























| 11:34 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
無表情な歯医医院
 





 日本人には表情がないという話を時々耳にする。その内のひとりとして無表情に大きく頷いてしまう。しかし、それが何だというのだろう。表情は、豊かなことにも乏しいことにも、それぞれに味があるのだ。

 一度強烈に胸苦しくなった時でさえ医者にかからなかった者が、なぜか無視できなくて歯医者にだけは通ってしまう。妻が薦めてくれた近所の歯科医院で確かに腕は良さそうだが、これがまた感心してしまうほどに無表情なスタッフばかりが揃っている。そろそろ四十に手が届くかという医者の、それは指導によるものか、受付嬢も衛生士もとにかく数人の女性スタッフがちらとも微笑まずまるでロボットかサイボーグのようにして、常にゆったりめの一定の速度で動いている。問いかけて来る言葉も同じトーンで抑揚がない。はじめの頃はこの無味無臭な人々の表情を変えることに楽しみを見出していた。(おお、一応は笑うのか)。それがわかってホッとする自分の気持ちがおかしかった。なぜ人の無表情まで気にしなければならないのか。今は同じように無表情に答えて帰ってくることが多くなったが、無表情だからこそ気になるということが確かにありそうだ。人は互いの表情を伺いながら言葉を交わさずとも察し合っているつもりでいるのか、その表情が見えないと戸惑うことになるのだろう。ようするに無表情では不安で困るのだ。

 無表情は何も感じていないだろうか、笑っているから心は踊っているか、涙が流れたらそれで感動か。一概に括れる話ではないだろう。外に出ている表情と内面の動きは決して決まった関係にはないのだ。近ごろは笑いは健康の元だと意識的に笑う人がいれば、まるで役者のように簡単に泣けてくる人もいる。心は表情で表すことができるが、それが自然にわき上がったものかどうか、表情から読み取るなどあまりに短絡な気がして疑わしい。その点、無表情にこそ味がある。無表情という表情があるかぎり、表情はすべての心を示してはいない。固く閉ざされた表情の奥深くで、感情が燃えるようにたぎっていることもあり得るのだ。それを人間の深さと言ってもいいような気がするくらいだ。今もそうなのか、場の空気を読めない人を小馬鹿にする風潮があった。それも所詮、空気も表情も読める程度の話でしかない。

 笑顔は単純に美しい。涙もはじめは動揺を誘う。そして無表情にも、得体の知れない味がある。無表情の機微を知らないで、いったいなんの人間か。あの歯医者の人々のそれをまだ味わえないではいるけれど。































| 07:49 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
 




 子どもの目だから透き通っているのではないと思う。まだ幼かった彼の目を見るにつけ、いつもそれを感じた。混ざりけがなく、まっすぐに見つめていた。つぶらな瞳という形容がとてもよく似合っていた。人間は忘れるからこそ生きてもいられるが、忘れない方が好ましいものもおそらくあったにちがいない。その目がいつもそう教えていた。いったい何を忘れてしまったのか。

 四人の孫がいる。それぞれに、愛おしい。そして孫よりもなお、この頃は彼らを産んだ娘たちや懸命に生きようと足掻く息子が愛おしい。忘れ去ってしまったものは今さらどうしようもないけれど、子や孫がいる。彼らが見ているものを想像してみるというのはどうだろうか。老いながらでも、いくらかは透明度を恢復した瞳を持つことができるかもしれない。

 写真を撮る上で不可欠な要素をあげるなら、少なくともマスノマサヒロとしては、まずはこの瞳か。瞳が濁っていたのでは話にならない。内なる心象に有象無象がどんなに入り乱れていようとも、この目に色眼鏡やフィルターを取り付けるわけには行かない。それでは対象を見つめたことには決してならないだろう。さらには五感で獲得した材料をもとに考えるという力が必要だ。あるがままを見つめる視点を固持するためには、対象の何があるがままであるのかと察知する洞察力、またはあまり好きな言葉ではないけれど、感受性とか知性とか。それらを濁りなきままに、一流と言われる写真家たちは気負わずに天性のものとして持ち続けているにちがいない。

 幼い孫たちが少しずつ歪んで行く日常を想像できる。若い親たちの悩みながらの子育ても、すでに経験済みだからよく理解できる。だからと言って、濁る必要はないのだ。世の中には、辛酸をなめながら生き続けることで瞳は濁るものだと思われている節がある。それがおとなになることだと、ほとんどのおとなが思っているだろう。だが本当にそうだろうかと、いつも疑う目を持たなければ人生は惰性に陥ってしまう。濁りはたぶん、諦めることで麻痺することで成立してしまう症状なのだ。

 彼の名は、太宇と書いて、たうと呼ぶ。はじめて聞いたときはなんと妙な名前だと呆れてしまったが、今では、そのままで宇宙を感じさせてくれるからか、とても気に入っている。つづく孫たちの名がまたいい。明空(みく)、弥天(みあ)。次女の子は、花音(かのん)。どれにも広がりを感じる。と、ここまで書いて、もしかすると広がりなのではないのかと思い出した。忘れていたもののひとつは。

 遠く広く、しかも深く見つめようとする目。どうやらそれが彼の瞳に感じたものだった。人は、生きて耐えながら、実はその目をさらに磨くことができる生き物ではないのか。あらゆる経験はそのためにあってもいいだろう。






































| 17:32 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
南相馬へ





 南相馬の山あいに住んでいる上條大輔さんに会いに出かけた。五月の連休に知的障がいのある子どもたちを対象とした保養キャンプを金沢で開く計画で、その打ち合わせを兼ねていた。上條さんは何人かの近隣の障がい児を受け入れる施設を建て、いよいよ運営開始という矢先に震災と原発事故に遭ってしまった。

 この小さな旅に同行したのは、今ではすっかり同志となった河崎仁志さんと通信大学生の一柳友広くん。三人の間には福島の子どもたち招いて開く「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」がある。河崎さんは事務局長、一柳くんは子どもたちと過ごすリーダー、これまで自分のことしか考えてこなかったこのジジイが柄にもなく代表というわけだ。南相馬への途上に浮かんできたのは、仕事でも観光でもないこの旅の不思議さだった。目的は明確、だれに言われたわけでもないのにみんな自らの意思で行動している。それが不思議だった。生き方は趣味だと言った作家がいる。福島にかかわろうとする思いもまた、趣味なんだろうか。その程度の気楽さがいい。

 上條さんは笑うでもなく、かと言って無表情なわけでもなく、意思のあるまなざしで出迎えてくれた。いくらか強引な印象はあるけれど、人を惹きつけるものを持っている。

 施設のある敷地は小山を切り開いた感じで田舎の小学校の運動場ほどもあった。ブルーシートに包まれた片隅の風景が目にとまった。これが除染のあとだろうと、すぐに理解できた。生い茂る杉林や葉を落とした樹々を眺めていると、汚染土を入れた大きな袋や小山の風景はなんとも異様だった。除染は莫大な費用をかける割には効果が薄いという話を聞く。実際に現場に立つと、まさにそうとしか思えなかった。居住空間を徹底して除染できたとしても、広大な山野はとてもじゃないが難しいだろう。誰が見ても明らかな話だ。

 上條さんとのご縁は、森林組合という同じ仕事を持つ河崎さんからだった。二人ともツリークライミングの指導者で、フィールドでの活動を得意としている。豪放磊落という形容がよく似合う。その上條さんが昼飯の蕎麦を食べながら言った言葉に、少なからずショックを受けた。

 「はじめはね、放射能のこともしっかり勉強して、いろいろ発言してきたんですよ。でもねえ、もうどうしようもない」と、動かし難い世の中に疲れ果てているようだった。たかだか一二日南相馬の周辺を案内してもらっただけでは、上條さんのこの二年の思いはどれほどもわからないだろうが、福島のいったい何が改善されたというのか、悩ましいことばかりの実情だけはよくわかった。復旧を宣言した当時の首相の言葉のなんと空々しいことか。これは自然災害でも戦争による被害でもない。日本人自らがしでかした人災が、これから何十何百年と影響し続ける一国の危機だった。

 夜は二晩とも薪ストーブの上に置いた鍋を囲んだ。酒も手伝い話が弾んで、スーパーで仕入れたレトルトの出汁と具が実に旨かった。これは安いと、上條さんは福島産ばかりを買っていた。若い一柳くんが食べてもいいものか、言葉にすることは止めたけれど、福島に住むということは常に選択し続けなければならないことを痛感した。食事はもちろん、言葉のひとつ、どんなに小さな行動さえも。だがそれは福島だから、だろうか。

 日常が当たり前のようにあることが決して当たり前ではなかったことを、あのすべてを呑み込んだ大津波を目の当たりにして誰もが知った、はずだ。その事実に立ち返れば、今をどう呼吸すべきか、選んだ方がいいにちがいない。何をどう感じて、どう考えるのか。それを行動するのかしないのか。南相馬での数日はため息ばかりが多かったけれど、今また新たな思いもかき立ててくれた。


































| 13:18 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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