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2012.04.26 Thursday
『パピヨン 死と看取りへの旅』
田口ランディ『パピヨン 死と看取りへの旅』(角川文庫)の表紙にマスノマサヒロの写真を起用していただきました。庭に咲いていた真っ赤なサザンカの写真です。赤緑色弱のせいもあって普段はあまり赤色に関心を示せないでいますが、この時ばかりは鮮やかな赤が目に飛び込んできました。その時のちょっぴり興奮した自分を今でも思い出すことができます。尊敬する作家の作品にこんな形で関われるなんて、ほんとうに夢見心地でいます。
パピヨンを紹介するランディさんの言葉の中に、「誰かを看取ったことのある人、これから看取る人、死後の世界について考えたことのある人、魂の存在について考えたことのある人、人間の意識状態に興味がある人、そのような方にはぜひ読んでいただきたいと思います」とあります。まるでぼくのことを指しているような言葉ですが、実はまだこの作品を読んではいませんでした。
次女の夫、ぼくには婿になる青年が逝ってからこの夏で丸二年になろうとしています。あの時から感じている哀しみが少しずつ形を変え体の内で蠢きつづけています。娘は、遺された幼子とふたりで生きて行くのだと決心したのか、このごろはとんとご無沙汰で、それがまたたまらなく悲しかったりします。身近な人を看取るということは、決してそれで終わってしまうわけではありません。遺された者同士は肩寄せ合い、または縁遠くなったとしても、天上の人を支えにもしてずっと生き続けなければなりません。
ランディさんとこのしがない田舎の写真家は、取材を通してもう十年ほども前に出合いました。いつだったか北陸方面に来られた折、地元の雑誌編集者と三人で会食したことがあります。酒も進んでそろそろお開きかという頃合いになって投げかけてくださった言葉で、もしかするとぼくは変わり始めたのかもしれません。「マスノさんの写真、なかなかにえぐいんだけど、もうひとつなんだよね」。その言葉の意味は今もよくわからないでいますが、ぼくの中にも育ちたがっている何かの種がある、それが芽を出そうとしているのだと思ったものでした。
あるときは、親しくされている藤原新也さんのエピソードをメールでいただいたことがあります。自分の作風を変えるためにカメラまで変えているというのです。いつもぎりぎりの家計ではそんなアドバイスをされてもどうしようもないと聞き流してしまいましたが、今変わり始めてみると、変わらないでいる理由を並べてばかりいた自分の怠慢、傲慢さがおかしくて泣けてしまいます。変わることこそ、人生という旅の醍醐味なんだろうと今では思います。
『パピヨン』の文庫は、この人生の二つ目の宝物になりました。もうひとつは、掲載の夢がかなった『風の旅人』ですが、編集長の佐伯剛さんがネット上のコメント欄に書いてくださった言葉からこのごろずっと考え続けていることがあります。それは、責任というものです。いろいろな人間関係の中で負わされていると感じる世俗的な責任のことではなく、もっと本質的な責任を本来人間は持っているのではないかということです。生きていること、看取ること、そしていつか自分もまた死んでゆくその旅の途上にたったひとつだけ必要なものがあるとしたら、それこそが、ここで考えようとしている責任なのではと思うのです。何に対する責任なんでしょうか。わかったつもりになって簡単に言葉にはできませんが、どうも自分に最も近い存在としてのもうひとりの自分に対して、または自分という曖昧な枠組みを越えたところに広がっている領域に対して、なのではと。己と、己を越えているもの、このかけ離れたふたつの両極を結んでいるものこそ、責任なのではと。
『パピヨン 死と看取りへの旅』を読み始める、とてもいい頃合いがやってきたようです。
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日々のカケラ
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2012.04.06 Friday
悩ましい日々の糧
砂の紋様 2012 珠洲鉢ヶ崎にて
あれからもう、四年になる。『風の旅人』に出合い、その
ホームページ上
で編集長の佐伯さんと何度か言葉を交わした。否、教えを乞うた。三十年あまりも撮り続けながら、あのとき初めて写真が持つ奥深さを感じた。それでいよいよ能登を撮りはじめる気になった。能登には何度も取材で出かけ、人や風景を撮り、横で話も聞いたりしていたが、いつも表面的な描写で済ませていたようだ。つまりは肉薄する意思も意識もなかった。地方の媒体の取材なんて、その程度で十分だった。だが今ならそれがあるとでも言うのだろうか。サイトに残されている文章を改めて読んでみると、佐伯さんの言葉がとてもよく理解できる。いくらかでも成長したんだろうが、理解できるようになった分だけ、深まっていない自分がより明確に見えてくる。
写真を撮ることで、自分が生きることとしたい。その思いは昔から変わらずにある。撮る対象に向き合うまなざしはでも、深まっているだろうか。その何を撮るつもりなのか、わきまえているだろうか。とてもイエスとは言えない。
たとえば、人間の価値をどこに置いているか。それを写真ではなく、言葉にすることができるか。写真には言葉は無用だ、などという写真家もいるだろうが、そういう方はおそらく伝えるべき己の言葉を持っていないのかも知れない。見て感じてもらえたことがあなたへのメッセージ、などと聞くと、荒涼とした砂漠を思い浮かべて寒気がする。無味乾燥した内面は、わかりやすい簡単な言葉で武装するしかないだろう。ずっとそうだったから、よくわかる。言葉を紡ぐためには、対象に静かに肉薄するまなざしが不可欠だ。その意識がなくては、撮ったところで世界のなにがどう変わるものでもないだろう。
被災地に出かけようと何度も思った。大津波に襲われた直後のあの三月に一度気仙沼などを訪ねただけで、結局はそれ以上のことができないでいるのは、その力がないことを知っていたからだろう。まなざしの力、読み取る力、感じる力、受容する力、そしてその場に共にいる力。それらが決定的に欠けている。
ボランティアとして駆けつけることもせず、ましてや撮ることもしないで思い悩む日々は、それでもそれなりに価値があった。今は悩ましい時なのであって、白黒を選り分けるようなわかりやすく単純な時代ではないだろう。悩ましい者だからこそ、悩ましい時代を見つめることができる。そのまなざしで撮るつもりなら、案外可能なことだろう。
表現する者にとっての言葉の話だった。悩ましい者はこうして思い悩んだままにこぼれる言葉を大事にすればいい。意識の奥深くにある見えないものに、そうして少しづつでも近づければいい。すべては撮るために、撮ることで生きるために。
などと言葉に任せて並べてみると、うすっぺらな自分の内面に残ったあの哀しみがまた蘇ってくる。なんというこの四年の日々。まるで撮ることのために、すべての出合いと別れが用意されていたかのようだ。見えるものしか撮れないけれど、思い出やら記憶やら、見えないものが束になって支えてくれている。どうやらこれもひとつの力になるようだ。
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2012.04.03 Tuesday
水平線が見える町
まったくこれではブログオタクですが、また新しいページを開きました。数年前から撮りはじめている能登の出合いをメモして行きます。
「能登半島 水平線が見える町」
。能登は日本の真ん中。日本海に突き出している半島の姿は、羽を広げた鳳の頭のようにも見えます。半島は、陸続きでありながらそれには背を向け、海に開かれた半分だけ島という特異な環境にあります。世界の辺境にある日本の中の、さらに辺境の能登の旅。どうぞごいっしょにお楽しみください。半島には、日本人としての味のある生き方が隠れていそうな気がします。
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22:51
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