就職が決まり今年から本格的に親元を離れて暮らす息子が、きょう旅立った。おやじはひとり仕事場でいつものようにいた。息子のことなどすっかり忘れて。そこへメールが入った。「とりあえず社会ってもん勉強してきます」。とりあえず、か。人生には、とりあえず、なんて言葉は不要かもしれない。ぼくもよく使ってきたけれど、一応とか、さしあたってとか、まずはとか、演劇のように練習や本番の区別など人生にあるわけじゃない。常に本番なんだ。とりえずの人生など、できることなら送って欲しくはないけれど、それも息子が自分で決めること。おやじからも心を込めて返信してやった。「お前の人生には、このおやじはけして口を挟まないつもりだが、それはお前を信頼しているとかいないとか、そんな小さなことではなく、この世に生まれてきた息子を心底祝福しているからだ。いつかおやじもこの世からいなくなる。それはお前とて同じこと。生きているとはどういうことなのか、それを一度も考えないで済ませてしまうことなど、絶対にするな。それをおやじの唯一の遺言とする」。いくらか恰好つけ過ぎたか。とりあえず、男同士のつきあいが今はじまった。