kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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青空キャンプ(6) 交流
 




 ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプは、発足当初に外からの働きかけもあって自ずと「交流」を打ち出すことになりました。今では「遠くのきみと今日から一番の友だち」ではじまるテーマソングまでできました。原発事故がなければ出会うことがなかった友として、未来までつづく深い仲になってくれればとの願いを込めています。

 でも、交流するとはどうすることでしょうか。単に交流するだけで、そこから未来への力となるような何物かが果たして生まれるんでしょうか。

 キャンプの間のひとときに「交流するってどうすることだ」と子どもたちに問いかけてみました。遊ぶ、いっしょに生活する、けんかする、助け合う、話し合うなどすぐにいくつか出てきました。交流って案外簡単にできそうです。海や山のフィールドにテントを張っていっしょに生活していれば、子どもたちがあげたような交流はすぐに実現可能です。ただそうして一年が経過して五回のキャンプを開いてみると、交流にはもっと深い世界があるのだと思うようになりました。

 たとえば子どもたちにこんなふうに投げかけてみました。「交流とは相手の話をよく聴くことだと思う」。聞くこと、聞こえることなら意識せずともだれでもしているでしょうが、聴くのはとても難しい技です。静かに耳を傾けているようでも心の中ではちがうことを考えていたり、次はどんな言葉を返そうかと探っていたり、要するにいったい何を言わんとしているのかと相手の言葉に耳をそばだてることをいったいどれほどの人が心がけているでしょうか。相手の気持ちを知ろうともしないで、果たして交流など本当に成立するんでしょうか。

 子どもたちに難しいことを言ったってしようがない、と言われれば、それではいつそれを心がければいいのかと問い返したと思います。おとなでさえ聴ける人が少ないからこんな日本になっているのだと、3.11以来痛感するようになりました。もちろんそういう自分をも含めてです。だからこの夏、せめてこのキャンプでは聴くことを大事にしたいと思ったのかも知れません。

 交流が上辺だけを滑って行かないように、その場かぎりの歓声で終わらないように、これからまだまだ考えてみたいことがあるはずです。考えて試して、試行錯誤を繰り返しながらの保養プログラムなら、それもまたいくらかでも深まる交流なのではないでしょうか。子どもは未来、などと言葉では簡単に言えますが、その未来からの約束としての今なのだと、その笑顔や泣き顔やふくれっ面を見て痛感しています。































| 12:15 | - | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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