kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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木のように
 



 どこにでもあるようなまちなかの公園だと思ってさして気にも留めなかった中央公園が、この連休明けにも整備され新しくなるそうで、にわかにその存在が気になり出した。45本もの木々が伐られるという。いつも当たり前のようにして立ちつづけてきた木は、この差し迫った事態をどんなふうに感じているだろう。木にも必ずや何物かが宿っているにちがいない。たかだか百年程度を寿命とする人間に、その何がわかるものか。周囲には木が6000本ほどもあるそうだ。伐採するのはほんの1%にも満たないと、県は考えている。放射能の影響で子どもたちが癌になる確立を同じように微々たるものとして扱っている日本のおとなが、木のことなど考えるはずもない。闇に包まれた木の傍でその気持ちを想像した。何も聞こえてこなかった。人間には、愛想がついたか…。

 気功には樹林気功という種類がある。数年学んだことのある師が提唱して広がったそうだが、なんのことはない、木の傍で練功するだけの話だ。屋内で感じる気と屋外のそれとではちがいはあるだろうか。そう言えば、気感の有無は気功の上達とは関係がないと、師はよく言っていたものだ。気感があればより精進できるだろうという程度のことらしい。けれども樹林気功だけは、実にいい。木々と気をやりとりするイメージからはじめる。木のようにただじっと小一時間も立っていれば、丹田が熱くなり、足裏から根が生える。自然界から気を奪い取って何が気功だ、などという手合がいる。気のことを何ひとつ知らないんだろう。気は空にも地にもめぐるものだ。この生命は、気が集合して出来ている。だれのもおんなじだ。死は単に、その気が散らばっていったにすぎない。閉じたり開いたり、上がったり下がったり、虚空を漂っている。

 そうだよね、木よ。



木のように




























| 12:18 | 日々のカケラ | comments(1) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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★そう!木は我々が存在する遥か以前から存在し、存在出来てる!何故か?ヒントは映画「マトリクス」に有る!意識が高度に進化すれば!動く必要は無くなる!そして、物理的には摂理に任せば?総ては解決出来る!それを、教えてる気がする!
実は進化の理想系として存在出来てる!高度に進化した知的生命体ではないか?他と完全に共生を築き同じ次元を生きる事を成してる!
まず動かない事でエネルギーが微量で良い!
動く必要はなく!脳の仮想で同じように生きられる!を示唆!生きるとは?
でも人には未だ未だ無理か?
posted by popi33 | 2013/04/28 1:19 PM |
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