kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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南相馬へ





 南相馬の山あいに住んでいる上條大輔さんに会いに出かけた。五月の連休に知的障がいのある子どもたちを対象とした保養キャンプを金沢で開く計画で、その打ち合わせを兼ねていた。上條さんは何人かの近隣の障がい児を受け入れる施設を建て、いよいよ運営開始という矢先に震災と原発事故に遭ってしまった。

 この小さな旅に同行したのは、今ではすっかり同志となった河崎仁志さんと通信大学生の一柳友広くん。三人の間には福島の子どもたち招いて開く「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」がある。河崎さんは事務局長、一柳くんは子どもたちと過ごすリーダー、これまで自分のことしか考えてこなかったこのジジイが柄にもなく代表というわけだ。南相馬への途上に浮かんできたのは、仕事でも観光でもないこの旅の不思議さだった。目的は明確、だれに言われたわけでもないのにみんな自らの意思で行動している。それが不思議だった。生き方は趣味だと言った作家がいる。福島にかかわろうとする思いもまた、趣味なんだろうか。その程度の気楽さがいい。

 上條さんは笑うでもなく、かと言って無表情なわけでもなく、意思のあるまなざしで出迎えてくれた。いくらか強引な印象はあるけれど、人を惹きつけるものを持っている。

 施設のある敷地は小山を切り開いた感じで田舎の小学校の運動場ほどもあった。ブルーシートに包まれた片隅の風景が目にとまった。これが除染のあとだろうと、すぐに理解できた。生い茂る杉林や葉を落とした樹々を眺めていると、汚染土を入れた大きな袋や小山の風景はなんとも異様だった。除染は莫大な費用をかける割には効果が薄いという話を聞く。実際に現場に立つと、まさにそうとしか思えなかった。居住空間を徹底して除染できたとしても、広大な山野はとてもじゃないが難しいだろう。誰が見ても明らかな話だ。

 上條さんとのご縁は、森林組合という同じ仕事を持つ河崎さんからだった。二人ともツリークライミングの指導者で、フィールドでの活動を得意としている。豪放磊落という形容がよく似合う。その上條さんが昼飯の蕎麦を食べながら言った言葉に、少なからずショックを受けた。

 「はじめはね、放射能のこともしっかり勉強して、いろいろ発言してきたんですよ。でもねえ、もうどうしようもない」と、動かし難い世の中に疲れ果てているようだった。たかだか一二日南相馬の周辺を案内してもらっただけでは、上條さんのこの二年の思いはどれほどもわからないだろうが、福島のいったい何が改善されたというのか、悩ましいことばかりの実情だけはよくわかった。復旧を宣言した当時の首相の言葉のなんと空々しいことか。これは自然災害でも戦争による被害でもない。日本人自らがしでかした人災が、これから何十何百年と影響し続ける一国の危機だった。

 夜は二晩とも薪ストーブの上に置いた鍋を囲んだ。酒も手伝い話が弾んで、スーパーで仕入れたレトルトの出汁と具が実に旨かった。これは安いと、上條さんは福島産ばかりを買っていた。若い一柳くんが食べてもいいものか、言葉にすることは止めたけれど、福島に住むということは常に選択し続けなければならないことを痛感した。食事はもちろん、言葉のひとつ、どんなに小さな行動さえも。だがそれは福島だから、だろうか。

 日常が当たり前のようにあることが決して当たり前ではなかったことを、あのすべてを呑み込んだ大津波を目の当たりにして誰もが知った、はずだ。その事実に立ち返れば、今をどう呼吸すべきか、選んだ方がいいにちがいない。何をどう感じて、どう考えるのか。それを行動するのかしないのか。南相馬での数日はため息ばかりが多かったけれど、今また新たな思いもかき立ててくれた。


































| 13:18 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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