kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
カツラ


 


 友が逝ったその日は、暢気に森を歩いていた。今年は数年ぶりに鮮やかな紅葉だそうで、一目でも見ておこうと思った。赤と緑の色弱だから、本当にこの目で楽しめているのかいつも自信はないのだけれど。

 友が脳出血で意識を失ったまま臥せっていることを、この一年近く知らないでいた。あんなに頻繁に飲み交わした仲だというのに、まったく申し訳ないことをした。実家のある能登の小さなセレモニー会館の片隅で冷たくなって眠っている友の額にそっと手を置いた。久しぶりの再会にかよさんが何度となく涙を浮かべて謝った。いつ知らせようかと迷い続けていたようだ。「こうちゃん、ますやんに会いたかったでしょうに」。気にかけていてくれたのだ。大変なときになんの力にもなれなかった者が友と言えるだろうか。あれこれと気を散らしながら暮らしていると、大切にしなければならないことが逃げてゆくのかも知れない。

 山の話をしているうちに、友と一度大喧嘩になったことがある。一歩ずつ自分の足で登ってこそ味わえるのが山だと、友は言った。誰もが持つ当たり前の言い分に異を唱えたくなったものか、ヘリで飛んで行っても気持ちのいいものはいいよ、などと答えた。言い争うほどのことでもなかったのに、互いに譲ろうとしなかった。せっかく呼んでくれた餃子パーティは台無し。大声をあげ、子どもらを引き連れて立ち去った。その日から一年以上も遠ざかってしまうことになるとは、夢にも思わず。

 勤めていた製版会社を辞めてしばらく無職だったころの友と、一度だけになったがふたり並んで山を歩いた。三泊四日の白山の初日も同じあの森だった。避難小屋の翌朝、近づいている台風の影響か、まるで原色の絵の具でも塗りたくったように怪しげな空が広がりうっすらと虹が架かった。不気味でさえあった風景が蘇ってくる。友はもうあの空に還って逝ったのか

 数人の親族が寄り添う仮通夜の座はしんみりとして、いくら友とは言え長居するのは憚られた。次女が顔を出してくれた。幼い頃、どこにでもいるようなこのおじさんを星のおじさまと呼んでくれた子だった。「幸せにやってるか」。「うん、赤ちゃんができたんよ」。傍らには好ましい青年がひとり。「おとうさんの親友よ」と紹介してくれた。親友、だったのだ。胸がまた締め付けられた。親友としての価値ある人間だったか、友にいったい何ができたというのか。人生にはこんな別れ方もあるのだ。

 友が逝った日の風景から選んだこの一枚を贈ろうと思う。見た瞬間に、友がいるような気がした。カツラの大木に友が宿っている。かよさん、気に入ってくれるだろうか。哀しみは重く固く苦しいけれど、やがていつか立ち上がるための土台はそこにしかないこと、カツラが囁いている。




































| 15:09 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
スポンサーサイト
| 15:09 | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kazesan3.jugem.jp/trackback/964
<< NEW | TOP | OLD>>