kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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翠ヶ池の淵で






翠ヶ池の淵に佇んでいる時間が好きだ。標高が2,600 mほどもあるから実際にはそうちょくちょくと出かけるわけには行かない。年に一度か二度程度。だから、なおさらだろうか。その時を深く意識することができる。佇む時間帯などいつでも構わない。夜明け前に赤く染まる空は誰もが絶賛している。ガスで霞んでほとんど対岸が見えない時などは、見えないからこそ気になるものを感じて離れられない。暑い日差しを避け岩陰に隠れて座るなら、いつもそのまま眠り込んでしまう。どうやら此処は特別な場所のようだ。そのことばかりは、佇む度に感じている。

 白山は活動の度合いが低いとは言え、れっきとした活火山。もっとも近いところで1659年に噴火している。翠ヶ池を火口湖とする辺りも含めた新白山火山は、およそ3万年から4万年前に形成された。その北側の古白山火山に当たる地獄谷付近は浸食されているものの、荒れ狂った痕跡を残す岩肌が見える。何十、何百万年という歳月を白山は活きている。

 翠ヶ池が好きだなどというちっぽけな人間のことなど、おかまいなしだ。そんな人間が白山に抱かれているという感覚を持ったところで、さしたることもない。あまりに壮大な時間が、流れているとも知れず緩やかに流れている。人間にはなにひとつ感知できないリズムがあるのだろう。遠い過去から遠い未来へと、捕らえ所のない流れ。まるで止まっているかのように流れるその風景の中で、此処にあることのなにかしら不思議な感覚をただ味わうことしかできない。確かに生きている。息をしている。鼓動がある。だがそれらすべての脈打つ動きが、小賢しい。だから眠るしかないのだろう、この特別な場所。







































| 15:52 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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