kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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尊厳




 図書館で出合った『20年間の水曜日』という本を読んだ。今日までの二十年の間、毎週水曜日の十二時にソウルの日本大使館前に人が集まりデモが行われている。その方々の話だった。デモに集まるのは、日本軍「慰安婦」のハルモニたちと彼らを支援する人びとだった。

 日本軍「慰安婦」と聞いて、すぐに理解できる日本人はいったいどれほどいるだろう。ぼくは恥ずかしながら言葉を知っている程度だった。慰安婦。言葉面からは、慰め癒してくれる女性を連想してしまうけれど、その前に日本軍が付いているように、戦争に駆り出された若い女性たち、しかも強制的に、中には十代前半の幼い少女までいたのだ。戦場の日本の兵隊たちの性欲を満たすために、騙され、連れ去られたのだ。性の奴隷だったのだ。

 日本の敗戦は、その占領下にあったアジアの国々の解放だったが、解放後四十年もの間、日本軍「慰安婦」を強いられた女性たちは沈黙を守るしかない状況に置かれていた。今、八十を越えたそのハルモニたちが自らの忌々しい過去を公にし、すべての人間に与えられているはずの尊厳の回復を求め続けている。そして日本という国は、まるで関与していなかったかのように、補償はもちろん、謝罪の言葉さえ返していない。

 この本を読み終え二日ほど経った。いまここで何を書こうとしているのか、まったくわからない。なにひとつまとまる気配を感じない。ただ、読みっ放しで終わらせてはいけない、という気持ちがあるばかり。

 人間の尊厳、などと、簡単に言葉にしてしまったけれど、本書のどこにもそのひと言はなかったような気がする。たぶんぼくには、尊厳の意味などわかっていない。使う資質を持ち合わせていないのだ。でも、と言いたくなるほどに、人間にとってもっとも大切なものをハルモニたちは奪われたのではなかったのかと、思わずにいられない。

 世界には、男と女しかいない。体力的な力の差は確かにあるだろう。それが強い弱いということなのか、弱い女性がなぜ虐げられなければならないのか。男である自分の中を探ってみる。もしも戦場にあって、慰安婦の館の前にできた兵隊のその列に、お前は加わるのか。たとえば暗がりで襲われている女性を見つけ、お前は助けることができるのか。

 もしかすると、人間の尊厳とは、自らの意思で守るものなのかも知れない。尊厳を捨てて、列に加わる。見て見ぬ振りをして、尊厳を捨てる。だが幼い少女たちは、そのときどうすればよかったというのか。まるで道具でも扱うようにして、男たちに簡単に剥ぎ取られてしまったのだ。

 ハルモニたちは、「二度と同じことが起こってはならない」との思いから、経験を公にし、毎週デモに加わり、声をあげ続けた。海外に出向き勇気を持って体験を話した。デモに加わった日本の若者をあたたかく迎えた。そこにあるものにこそ、尊厳という言葉が似合わないだろうか。

 日本軍「慰安婦」と同じようなことが、今も戦場で女性たちの身に起こっていることを、世界の男たちはどう考えるのか。遠い国の出来事を、言葉では悲しみながら、他人事で終わらせるのか。

 なにひとつまとまる気配はないけれど、これは自分自身の問題でもあるだろう。

































| 19:37 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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