kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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「宝塚ブスの25ヶ条」





 「宝塚ブスの25ヶ条」なるものをネット上で取り上げ、これはいい参考になる、深い言葉だ、などと大勢の方が双手をあげて賛同していた。コピーして壁に貼っておこう、というコメントまであった。まったく世の中ってなんでこんなに単純なんだろう。よく考えもしないまま、ちょっといいと思えばなんでもかんでも真似をして、それが右へ倣えの日本の庶民であることに気づかないでいる。あなおそろしや。

 などと書いて、はたして自分は考えているのか、という問いにいつもぶつかる。この頃、考えるとは具体的にどうすることなのか、よくわからなくなっている。単純に自分の歩く方向を自分で見つけるという程度ならいくらか実践しているけれど、考えるとは、どうやらそんなに単純なものでもなさそうだ。

 たとえばこの「ブスの25ヶ条」は、自分自身が商品であり作品でもあるタカラジェンヌたちの歩き方だろうに、一般庶民がそのまま歩いてどうする? とは考えないんだろうか。

 ぼくは、笑顔は乏しいけれど、腹から笑うことはたまにある。お礼を言葉ですぐに返さないこともしばしばあるが、気持ちを温め形を整えて後でお返ししたりはする。美味しいと感じれば素直にそう言うけれど、そうでないなら絶対言わない。精気なんてあったりなかったりだろうが、大体精気なんてものがどういうものかよくわからない。自信?まったくない。持とうとして持てるなら、たまには持ってもみたいけれど。愚痴は女房にだけはよくこぼす。希望や信念など必要だとも思わない...などなど、ようするにタカラジェンヌには決してなれないぼくは、愚かな自分であることを通して自分を高めていくしか道はない、と思うしかない。だれかの真似して表面ばかり調えようとしても、化けの皮など簡単に剥がれてしまうだろう。それでまた自分が疎ましくなるのが関の山だ。

 どちらか一方であることを、人は本当に良しとしているんだろうか。それって上から目線?なんて指摘する輩がいるが、人間関係が上からも下からも見えてしまうのは当たり前のことだろう。横一線であると思うことの方が気持ち悪い。謙虚になったり傲慢になったりしながら、いつしか自分が調って行く。五十を過ぎると、人ってそんなもんなんじゃないのかと思えてきた。

 最後の25条目が面白い。「存在自体が周囲を暗くする」か。まさにこれが今のぼくだろうか。暗い闇に惹かれるんだから、致し方ない。闇はでも、人間として感じている表層に過ぎないのかもしれない。闇を避けた眩いばかりの楽天的な表層からでは決して届かない、人間の奥深くにある広大な領域へと、闇こそが導いてくれるだろう。人間は、暗くていいのだ。闇の安らぎを知る人になればいい。とても人間らしい、とさえ思う。
 
































| 08:10 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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