kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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知と愛と、

 

 Twitterに流れている言葉にときおり釘付けになる。たとえばいましがた、仕事のあいまにひと息入れたおり、「知と愛とは同一の精神作用である。それで物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するのはこれを知らねばならぬ。 : 西田幾多郎『善の研究』」を目にした。愛などと、なかなか口にすることができないでいるけれど、西田幾多郎記念館を撮影したご縁もあるからと、ゆっくりと噛みしめてみる。撮るということは、対象を好きになることが前提になっているだろう。すると、撮ることと愛することは同一とは行かないまでも、同じ精神に基づいていることになる。たとえひとときの感情に乱れよからぬことを胸に抱いても、愛しているから撮れるのだ、としたら、どうしても撮りつづけたいものがある。そういうものに出合ってはじめて、写真は生かされるのだろう。






























| 14:39 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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