kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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幸福度



 「日本人の幸福度、6.5=欧州主要各国下回る−内閣府調査」というような記事がなんらの意識もないように、当たり前のように流される度、そんなものかと受け止めてきたこれまでと今は、いったいなにがちがうんだろう。幸せって、いったいなんだ。

 行政が国民の意識や満足度をせっせと数値化しては事業計画に役立てようというのはわからないでもないけれど、国の制度などがこの程度のことを指針にして作られていくなら、素っ気も味気もないものはひとりひとりの生活に浸透して行かないはずだ、などと他人事のように気の毒になる。

 幸せ、不幸せ、幸福、不幸。半世紀を越えてしまったここまでの日々を振り返ると、幸福度どころか、自分が幸せなのか不幸せなのかと考えたことなど一度もなかったような気がする。こんなアンケートに応えた人も、日頃からいちいち考えての答えだろうか。幸せ、などという言葉や概念が生まれたときからだれの中にも存在しているのだから感じて当たり前だろうが、よくよく感じてみると、感じたことなどあるだろうかと、ならないだろうか。

 なにかに打ち込むこともあれば、することもない怠惰な日々もあり、やる気のあるときないとき、心が晴れるとき沈むとき、健やかなとき病めるとき、いろんなことがあるけれど、はたして本当にそれらと幸福度というものが結びつくだろうか。衣食住の豊かな環境や整った社会、平和があるから幸せと言うなら、反対はしない。どうぞそのままお幸せに、と讃えるだけだ。

 夫を亡くしたばかりの娘は今、不幸せのどん底にある、と少なくも今は、感じている。背中をさすってやると、死にたい、早くおばあちゃんになってゆたかの元に行きたいと、何度も言った。哀しみがどんどん深くなる、こわい、とも言った。いろんな感情に苛まれながら、でも少しずつそんな自分を離れて見られるようにもなっている、気がする。さする手を止めないで、そうか、そうかと、いちいちうなずいて聞きながら、この丸くなった背中もいつかはきっとシャキンとする日が来るのだと、想った。

 何年かして落ち着いたら、娘に言ってやりたい。

 幸せってなんなんやろね、おとうさんはまだ感じたことはないけど、きっとね、死ぬ瞬間なら思うんじゃないかなあって、この人生、幸せだったなあってさ。

 ゆたかは、おまえに出会い幸せだったにちがいない。あんなに一生懸命働いて、家でも精一杯動き回り、おまえとかのんを大切に、大切にした。最後にきっと、幸せだったと感じていたにちがいない。

 幸福度かぁ、最後に10点満点だな。途中の日々は精一杯だ、いうばかり。

































| 08:31 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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