kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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じじいの写真

 

 母ひとり子ひとりになった娘たちのそばに居ながら、愛すべき被写体として意識的にカメラを向けるようになった。なぜかそうしないではいられない気持ちが募った。いつか、思春期を迎えた花音が、悩み多き日に、これから撮りつづけるだろうじじいの写真を見て、きっとなにかを感じてくれるにちがいない。感じて、また歩き出す力がわいてくるかも知れないと、淡く、切ない期待を込めてファインダーをのぞいている。

 愛情深かった父親の代わりなどできるはずもないけれど、じじいとしての役割がぐんと重みを増したのを痛いほどに感じている。ジッジ、ジッジと毎日飽かずに何度も呼びかけてくる。愛くるしい目で見つめられると、ああ、このじじいはなぜもっと深い人間になれなかったのかと、今さらどうしようもないことを嘆いてしまう。

 せめて、生と同じように、死にも逃げずに向き合えるじじいでありたい。死を忌み嫌う現代は死生観が空洞化しているのだと、今朝の新聞のコラムで見かけたが、父親のいない花音にとって、生と死は、生涯のテーマにさえなり得るだろう。おそらくは答えなど見つかるはずもないけれど、できることならいつも向き合う人として、孫にも向き合っていたい。その気持ちで撮る、写真でありたい。






























| 21:12 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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