kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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それぞれの夫婦

 

 四年ばかりの結婚生活を死別という形で終えることになってしまった娘の今は、そばで寄り添う者さえ辛くなるほど深い哀しみに包まれているけれど、それではその傍にいる者の哀しみは、いったいだれが救ってくれるのだろう。娘は、ときに死にたいと言い、ときに幼い我が子との将来が不安だとも言って、あふれてくる哀しみを思う存分吐き捨てていればいい。そうしていつか必ず落ち着きを取り戻して行くのだろう。それまでの間、吐き捨てられた哀しみの受け皿になる者が持ちこたえることができれば、の話だが。

 娘は、四年という短い日々だったからこそ、ありあまるほどの愛情に包まれた美しい思い出を抱いて、いまを哀しんでいられるのかもしれない。その親は、すでに三十三年という歳月を夫婦として同じ屋根の下に暮らしながら、その長さのせいもあるのか、ときとして互いへの思いやりのなさを感じて愕然とすることがある。そんなときいつも思う。夫婦とは、もともと他人なのだ。哀しむ娘なら、抱きしめていたいほどに思いやれるというのに。

 連休を利用して帰省した我が子たちを見ていると、ここではないそれぞれの暮らしの中で日々を過ごしていることがよくわかる。ここは、彼らにとって、過去なのだ。親は変わらずに、過去を引きずったまま暮らしているのかと、そんな感傷もまた哀しみのひとつかもしれない。

 すこし疲れてきた。妻の疲れは、これ以上だろう。こんな夫婦に生まれた娘だから、好き勝手に哀しむだけ哀しんでいられる。それでいい。いや、それではいけないのかもしれない。いやいや、良いも悪いもない。そんな夫婦で、家族だったのだ。こうして生きていくしかない家族だったのだ。






























| 20:24 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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