kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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事物の深みの中へ

  1975 Shinjuku

 きょうで世界が終わるとしても、人のすることは限られている。いつもとおなじようにパソコンを開き、画面から言葉を拾い出す。Twitterにルドルフ・シュタイナーの言葉を紹介するアカウントがあって、ときどき見ている。たとえば、 @R_Steiner_jp「事物の隠された意味を知らなければならない。事物の深みの中へ降りて行き、そのつど、新しい生命力をそこから汲み取ることができなければならない。その力が人間の中で死んでしまえば、結局は外界の諸事物もまた、生命を促進できなくなる」。

 シュタイナーに興味を持ったのはもう二十年近くも前のことなのに、事務所の本棚に関連本が何冊も並んでいるだけで、ここまでほとんど開くことがなかった。シュタイナーという方には、優れた功績を遺しながら専門分野という枠がない。医学、教育、きっとほかにもいろいろあるのだろうが、よく知らない者には述べる資格もない。ただ遺された世界の根底には、人間なら是非とも関わっていたい深く気高い霊的な精神性が息づいているのだと感じている。

 我が子たちを外国にあるシュタイナー学校に入れることなど現実離れしたものでしかなかったが、読んで少しの知識を得ては、それを使って幼かった子どもらと遊んだものだ。まっ白な画用紙に左右対称の絵を描きながら、子どもらは楽しかっただろうか。「事物の隠された意味」を知らないこの親に、いったいなにができただろうか。振り返ると、成人した子らへの申し訳ない思いでいっぱいになる。

 孫を持つ世代になって、未だに「事物の深みの中へ降りて行く」ことを知らない。だから「新しい生命力をそこから汲み取る」こともできていないのだろう。そして、「外界の諸事物もまた生命を促進できなくなる」。

 先人の珠玉の言葉を、全体像も知らずにほんの一部をなぞったところで、大したことにならないことはいくらの凡夫にもすぐにわかる。けれど、感じてみたい、「事物の深みへと降りて行く」ことを。どうすればそれがかなうのか。事象事物の中で生きているしかない今を、せめて生きながら見つめるのだ。「隠された意味」があってもおそらくこの生涯で知ることはないだろう。ただ「生命を促進」する、その一部として、我が子や孫たちと手を取り合って共に見つめていたい。






























| 10:51 | 心の森 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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