kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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家族の出番

 

 きょうも娘らと過ごした。この胸が痛む。それ以上に娘の胸が痛んでいるかと思うと、哀しくてやり切れない。

 病院に着くなり、百分の一の確立、などと医者はいきなり言った。その百人の一人に入れてもらえたのか、ゆたかはこの世に戻り、きょうで四日が経った。朝また呼び出され、尽くせる手は尽くした、これ以上の回復は望めないかもしれないと、言い渡された。娘は気丈にも、大丈夫、絶対に大丈夫だと、思ったという。

 医者はよく余命を告げるそうだが、そんな話を聞く度に、どこか馬鹿げているといつも思う。人として生まれてくることは、この世の奇跡の最たるものだと、わけもなく信じている者にとって、生命を勘定することほど天与の奇跡を冒涜するものはない。回復の見込みがない、などという医者の言葉も、わたしにはもう治せません、と自らの非力を宣言しているにすぎない。馬鹿げた親子だと言われようが、さてここからが家族の出番だと秘かに話し合った。

 人の思いの力は、人の想像以上に偉大だ。祈り、手を当て話しかけるとき、愛する眠る人に届かないはずがない。ただそれを、奇跡と言うだけの話だ。

 それにしても、自分ではなく、娘の痛む姿を見ているのは、辛い。ふたつになったばかりのかのんが、笑いころげ、泣きさけぶ健気な姿を見てさえ胸がふさがる。確かに、この哀しみこそが人を深くするのだとはわかるけれど、それで哀しみの減るはずもなく、しかも辛いさなかにできることは少ない。抱き合い、なぐさめ合う。そして、娘のように気丈に立ち上がるのだ。ゆたかを我家へ連れ戻そう。





























| 23:20 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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