午後から映画
「クロッシング」、夜はNHKスペシャルの「沖縄返還密使・若泉敬」を観た。観たからといって、ぼくのなにが変わるのか、なにひとつ変わらないかもしれない。ただ観ないで済ませたくはないという、それだけのことで観ているのかもしれない。そして見終わると、いつものように平々凡々と怠けて暮らしている自分が情けなくなる。
「クロッシング」は北朝鮮という母国を脱出した男の家族の物語だった。北への経済制裁などと時折報じられているのを適当に見聞きしているけれど、その国の庶民のことをぼくは一度として考えたことはなかったし、ましてや祖国を脱出するとはどういうことだったのかと、今の今まで知らなかった。映画は韓国からの発信で実際の脱北者へのインタビューを重ねての製作だと言うから、かなり真実に近いものなのだろうか。近くて遠い国とかつては言われた朝鮮半島は、今どれほどの距離を縮めているのだろうか。
沖縄返還の密使だった若泉さんは、生前に友人に宛てた手紙の中で「愚者の楽園」という言葉を使っている。「小指の痛みを全身の痛みとして感じて欲しい」と願う沖縄県民の声に耳を貸さない本土の日本を指しての言葉だった。サッカーのワールドカップに心躍らせるのも結構な話だが、つい昨日まで口やかましく報じていた「沖縄の悲哀」というような見出しや文句がすっかり消え失せているのはどういうことだ。確かにこの国は、愚者の楽園なのだ。そしてその最たる者が、この自分自身なのだ。
さあ、きょう、愚かな自分に改めて気づき、明日はどうする? なにもなかったようにして、またのほほんと生きて行くのか。平和でいられることは、この上なくありがたいことにちがいない。だが知っている必要がある。この平和がだれかの犠牲の上にあることを。馬鹿げた平和だ。全体が平和でないのだから。そして愚者はほざいてばかり・・・