kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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写真の記憶

 

 奥能登、宇出津の夏を彩るもののひとつに、あばれ祭りがある。二十年ほど前に何年かつづけて撮ったことがあって、集中している身辺整理がその写真たちの順番になった。ほかの写真はほとんど捨てているのに、こればかりはあれもこれもと残している。飛び抜けていい写真というわけでもないのに、どうにも捨てられない。

 あばれ祭りの写真集を作ろう。ライターの友人が声をかけてくれた。祭りのはじまりから終わりまで、丸二日の昼夜を動き回り、わき上がる町の雰囲気に合わせて踊るように撮った。JUL 90 と、コダクロームのマウントに刻印されている。

 ふたりともまだ三十代半ばで、友人は作家に、ぼくは写真家になりたいと、ある晩、飲んだ帰りのタクシーの中で夢を語り合ったことがある。それから何年か過ぎ、友人は自ら命を絶った。その瞬間から、ふたりの時間も夢も、そこで止まったままだったのだ。

 時間は確かに流れている、ようだ。生きている人間は、その時間に合わせるように休むことなく変化しつづけている、だろう。なのに、なぜだ。二十年前の記憶の断片が写真とともに蘇り、今のぼくに襲いかかってくる。どうした、なぜ変わらないのだと。

 なにを変える必要があるのか。友人が生きていたら、なにをどんな言葉で語り合うのか。今になって、失ったものの、はかり知れないほどの大きさを知る。

 夢。そんなものは必要ないのだと思っている。写真家になど、なれなくていい。どうにも力不足だ。けれどもひとつだけ、忘れてはならないことを忘れている気がする。思い出せ。写真に写っている祭りの人々の、まるで死に物狂いの形相が問いかけてくる。




























| 17:03 | 写真 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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