kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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古傷
 
 整体塾を開いている知人の「体の古傷、心の古傷」という興味深い記事を読んだ。昔の強烈な打撲が体にも心にもずっと影響しつづけているというもので、打撲なら割とやんちゃだったぼくにもいくつも覚えがある。

 一番強烈だったのが、不良の悪評が高かった近所の中学生が投げた数センチの石を額でまともに受け止めてしまったことか。血が噴き出してきっと青ざめた顔をして家に帰った。おふくろに怒鳴られながら、他に方法など知らなかったんだろうが、いつものように消毒をして赤チンをつけられ、あとはガーゼと包帯だった。もうひとつ忘れられないのが、バスを下りて前方から飛び出して横断した瞬間のバイクとの衝突。急ブレーキをかけてくれたんだろうが、全身にズシリと衝撃が走った。気が動転して、言葉もなくその場を離れたような気がする。



 ときどきこの背骨や腰や首の痛みはいつからあるものかと考えてもわかるはずもなかったが、あの小学生時代の打撲に原因があるかもしれないと思うと、なんだか自分が愛おしくなってくる。けんかして何人かに危害を加えながら言うのもおかしな話ではあるけれど。

 そしてもしかすると、パターン化されてしまったこの心模様の変化にも古傷が影響しているというのなら、自分ではコントロールが利かない言い訳としては、実にありがたい話だ。

 古傷でも今の傷でも、平凡な暮らしの中でさえ怪我で傷つくことは避けられない。いくら大事を取ったところで遭遇するものはするだろうし、むしろ手当ての方が大切ということか。誰もができる簡単な手当て法の愉気は我家でも取り入れているけれど、幼いころのことはもうどうしようもない。とりあえずは、今のまんまで丸ごと自分なんだと受け止めてやるしかなさそうだ。それでいいじゃないか。歪んでいる自分を周りとの関係の中で確認しながら、恐れおののき、矯正もし、それでたまには整体に近い日も過せるだろうし。

 それにしても、古傷というものがどれほどあるものか。この歪んだ体と性格を見て思う。

























| 15:29 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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