kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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考える
 人間は考える葦である。だがぼくは、思考というものがどれほど偉大なものであるかということをいまだに経験していないような気がする。ランディさんや『風の旅人』編集長の佐伯剛さんなどの話を読んでいると、ぼくもとことん考える人でありたいと願う。それで、たまには考えてみる。

 考えるということは、どうすることだろうか。自分で考えているようで、実はだれかの言葉を反芻しているだけだったりする。幼い頃より言葉を覚えながら言葉で表されたものを溜め込んできた。考えるというとき、内から出てくる言葉は溜め込んできたものばかりではないのか。その外へ出て、まったく新しい自分だけの領域で、人は考えることができるんだろうか。

 入り乱れた情報に振り回されたくない人は、自らのアンテナを張り巡らし、取捨選択し、必要なものだけを拠り所とするだろう。だがそれさえも、自分自身の考えとは言えない。だれかの言葉におんぶしているのなら、振り回されている大多数とどれほどの違いがあるだろうか。



 自分で考えるとは、いったいどうすることだろうか。とりあえず共感する言葉をなぞってみる。静かにそれを繰り返してみる。すると思いも寄らなかった新しいアイディアが浮かんでくる。そういうことだろうか。

 たとえば万有引力の法則はニュートンが考えたものではないだろう。考えて調べて、とことん突き詰めて行った果てに、突然出会ったものではなかったのか。落ちていくリンゴを見て、世界中のほかの誰も気づかなかったことなのだ。考えるとは、そんな天啓にも似たアイディアに出会うことだろうか。

 ぐだぐだと考えながら、だれかの言葉を繰り返しているかもしれないと思うと、考える意欲が減退してしまうけれど、それでも自分で考えてみたい。ぼくも考える葦である。折れるほどに考えよう。






| 11:19 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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