kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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野町和嘉『聖地巡礼』
 野町和嘉『聖地巡礼』を観た。会場の福井市美術館は雨模様も手伝ってか妙に閑散としていて、大掛かりな写真展にしては不釣り合いなほどの落ち着きにつつまれていた。野町さんの写真には写真集や雑誌などでは何度も出会っているけれど、オリジナルプリントを目の前にするのはこれが初めてだった。オリジナルプリントと言っても今ではインクジェットプリントが主流のようで、ぼく自身も同じようにそれに親しみながらいまひとつ満足感が得られなかったのは仕方がない話か。巨大プリントの迫力はあっても、一枚一枚作り上げるという味のある世界とは、ここでは目的が違うのかもしれない。

 だが氏の写真の持つ力には、ぼくは無防備ではいられなかった。この地球上には、人間が生きている。その中のひとりがぼく自身でもあるというのに、壁に展示されたインドやイスラム世界、南米、アフリカなどの人たちの表情や姿を観ていると、自分のウソ臭い内部がガラガラと崩れて行く気がして虚ろな気持ちになった。この人たちは生きているが、ぼくはほんとうに生きているのか。まっすぐな心で、とか、心のままに、とか、それはぼくが折りにふれて感じていることだが、生きていることがその程度のことでいいのだろうかと、考えないわけにはいかなくなる。



 八十年代半ばのエチオピア。第二展示場はその白黒のオリジナルプリントで構成されていた。写真の中の、切羽詰まっているようで、それでいて信じるものに委ねている大地の人々に、もしかすると本人さえ気づいていないような開放感を感じるのはなぜだろうか。あれらはけして無力感などではないだろう。極貧の救援キャンプで力なくうずくまるしかない少年の後ろ姿にさえ、ある種の力を感じてしまう。命そのものの輝き、などと言ってしまうと、どうにも真の乏しいしたり顔の言葉になってしまうけれど、その少年は、自ら投げ捨てるものではない命と、死を茫然と待つしかない状況で向き合っている。命とはなんだ。人間とはなんだ。聖地を巡礼する人々と対比するように展示されていた別室のエチオピアの惨状にこそ、ぼくは神へと巡礼する人の神々しさを感じていたのかもしれない。

 とにもかくにも、聖地の全体像ばかりかひとりひとりの姿を見つめた氏の眼差しが、数々の大切なものを失ってしまった現代の日本人に問いかけるものはなにかと考える。鑑賞するという程度で留まることのできない写真たちばかりだった。重苦しいものが残ってしまった。だが、残って良かったのだ。まだぼくにもいくらか望みがあるのかもしれない、と考えよう。せめて残された日々の中で、ほんとうに生きるということをしてみたい。ぼくの中にも、輝く命が息づいているはずだ。







| 10:31 | 写真 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








ハートばかりか、マインドもフル回転させて考える道をぼくは選びます。どちらも重要な働きをしているにちがいないから。
posted by kazesan | 2009/10/04 11:27 AM |
ひとつひとつの輝く命。
マインドではなくハートで感じて。
むずかしいね。(^_-)-☆
(自分自身に言い聞かせているんだよ。)

キーワードは「巡礼」
エハンさんの「地球巡礼者」 これから観るね。

posted by KUN♪ | 2009/10/03 11:27 AM |
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