kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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それぞれの道
 土井正三さんが亡くなられた。近況など何ひとつ知らないぼくだから、ときどきどうしているんだろうなあと思い出すことがあった。もちろん知り合いというわけではないけれど、巨人のV9時代に活躍した名二塁手を、野球が大好きだったぼくが関心を向けないわけがなかった。派手な選手には憧れて形ばかりは影響を受けたとしても、どうせ届かない天上の人だと子ども心に思ったものか、どうもそれ以上にはならなかった。なのに地味で努力を積み重ねた人に対するものはなぜかずっと残ってしまう。そう言えば子どものころから、山椒は小粒でピリリと辛い、ということわざが妙に気に入っている。

 土井さんはオリックスの監督時代にまだ新人だったイチローに出会っている。あの振り子打法を見て、「そんなスタイルで打つんだったら一軍では使えない」というようなことを告げ二軍に落としてしまった話をなにかで読んだことがある。イチローは、二軍で結構と言って、自分のスタイルを守り通したそうだ。そのあと監督になった仰木彬さんに見出され今のイチローがある、というストーリーになるわけだが、この話を知って、土井さんの野球哲学ではもう時代遅れなんだろうかと思ったものだ。

 才能はそれを見出す人がいてはじめて世に出るのかもしれない。そんな出会いは至る所にあるだろう。そのことを、当の土井さんはどんなふうに思ってその後の人生を過ごされたんだろうかと、つい想像してしまう。



 イチローにとって、仰木さんだけが恩人なんだろうか。他人のぼくがとやかく言うことでもないけれど、土井さんの存在もまた、イチローを育てた大きな力になったのかもしれないと、亡くなられたからこそ思うのだろうか。人が自らの道を貫き通すためには、それを閉ざそうとする壁が必要になる。順風満帆では貫く努力にも力が入らない、かもしれない。

 数々の偉業を達成しつづけるイチローは、もう人と闘うのではないようなことをコメントしていたが、その意味はどんなものなんだろう。自分との闘いだろうか、それとも野球道の追及なんだろうか。いずれにしても、道を極めようとしている。きっと土井さんもまた、後々までイチローのことを気にかけながら、ご自身のスタイルで道を極めようとしたひとりなんだろうと想像している。





| 07:42 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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