kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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誹謗中傷の真意
 数日前のこのブログで書いた「選挙ポスター」という記事に、ありがたいコメントをいただいた。

 「人を非難し、それをおもしろ、おかしく言う人を私は軽蔑します。自分が支持する人の考えなど、ここが素晴らしいというのはいいけれど・・・。飯山一郎さんってどんな方か知りませんが、その方のホームページを私の大好きだったkazesanさんが紹介したことはガッカリです。人間の一番イヤな面をみたような感じで気分は最低です。選挙ってこんな中傷、非難の言い合いの場なんでしょうか・・・」。

 人を非難すればそれが自分に返ってくるのだと思っていたが、ほんとうにそれが即、形になって驚いた。非難して、ぼくは軽蔑されたわけだ。人間の一番嫌な側面を表したのだとまで言われてしまった。自業自得というやつだ。だからそれはそれとして、甘んじて受けることにした。

 考えたいことは、ぼくの書いたことは一候補者への誹謗中傷というやつでしかなかったのか、ということだ。ことの真相を知りもしないで特定候補者の損得につながることを公言するのは、確かに誹謗中傷の部類に入るだろう。政治の話などに中途半端に首をつっこみたくないぼくが、なぜその壁を乗り越えてしまったんだろうか。

 どぶ板選挙などという表現が飛び交っているが、一体全体、日本という国の政治家はなにを考えて活動しているんだろうか。自民党の重鎮候補が選出の地域にはりついて、普段は見せたこともない笑顔をおばさんにもおじさんにも子どもにまでも振りまいて、地元密着の姿勢を強調している。本来の代議士の仕事は地元優先に利益もたらすことではないだろうに、そればかりをいきなり主張している姿につい違和感を感じてしまう。どこかに本物じゃないものを感じるけれど、相変わらず地域では地元の利が最優先課題になっているのだから、簡単には変わらない構造がそれぞれの地方にはあるのだろう。それが、今回ばかりはどちらかを選択できる最大のチャンスを迎えているのだ。いくらのぼくでも見逃せない関心事になった。



 そこへ、紹介した飯山一郎さんという方のあの記事だ。ぼく自身も飯山さんのことは何ひとつ知らないし、文体もどこか荒っぽくて信憑性を云々したくなるところだが、言っていることには確かに筋が通っていると思った。

 その中の、連日報道され続ける女優酒井法子被告の覚せい剤使用関連のニュースだが、なぜ合成麻薬MDMAを使用したという俳優の押尾学被告についての報道は少ないのか。後者は死亡者まで出ながら事件性はなかったと簡単に処理されてしまったそうだが、日本のほとんどだれもがこの報道の違いに不思議を感じていないように見える。

 飯山さんの記事から派生して、植草一秀の『知られざる真実』というブログもすこし読んだ。副題には「マスコミの伝えない政治・社会・株式の真実・真相・深層を植草一秀が斬る」とある。それが原因なのか、今回の痴漢事件に陥れられた可能性があるのだ。植草さんは書いている。「私は嘘を言わない。私は天に誓って無実潔白である。したがって、心には一点の曇りもない。このような不当判決に遭遇して、怒りは沸騰するが、これが残念ながら日本の現状である」。そして、政治的な背景のあることを匂わせている。

 この政治的な背景は、その世界にいない者に真相などつかめるはずもないけれど、だから黙っていていいものでもないだろう。だれかが感じて、それを公開しているなら、耳を傾けていいのではと思う。

 マスコミとは、いったい何者なんだろうか。情報を操作している可能性はどれほどのものだろうか。それらの情報に、庶民はなんの疑いもなく振り回されていないだろうか。こんなぼくには相変わらずことの真相はわからないけれど、わからないなりでも、少しでも真実を知りたいとは思う。この世を動かしていた極一部の人間の隠れた所行が今露になろうとしているような、そんな気さえしている。これではまるで子どもの戯言程度のことで世の中にはなんの影響もないだろうが、庶民から庶民へ、確かな情報を共有するネットワーぐらいは広げて行きたいものだ。

 ぼく自身の言動でいくら軽蔑されても構わない。その程度の人間だ。それでも心に感じたものには、まっすぐに向き合っていたい。ぼくが感じているものでしか、ぼくは生きていないのだから。







| 12:57 | 日々のカケラ | comments(4) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








これはぼくの書き方に対する批難でしょうし、いただいたコメントの内容はすでにぼく自身が感じていることです。ですからそれに反論する気持ちはありません。また最後の質問に答えなければならない必要性を感じません。写真の受け取り方は、あなたの自由です。無記名や、または書かれても実名でもない見えない方と、この手の意見を交わす気力も持ち合わせておりません。どうぞご了承下さい。
posted by kazesan | 2009/09/02 9:34 AM |
「自民党の重鎮候補が選出の地域にはりついて、普段は見せたこともない笑顔をおばさんにもおじさんにも子どもにまでも振りまいて、地元密着の姿勢を強調している。本来の代議士の仕事は地元優先に利益もたらすことではないだろうに、そればかりをいきなり主張している姿につい違和感を感じてしまう。」

この文章にだって、「情報を操作している可能性」があると思います。他の記事も同様だと思います。
マスコミのように大多数の目にさらされる情報でないにしろ、情報は情報、ではないでしょうか。

「人を批難したりすると、どうもそのあとの気分が低調になる。否定的な言葉を口にしてしまうと、その響きが自分にも影響するようだ。批判の対象が離れるどころかますます近寄ってきて、ほとほと疲れてしまう。」

というのは同感ですが、こちらで語られている言葉を読んでいると、
「あなたこんな笑顔の人じゃないでしょ、という自民党の重鎮がニコニコと写っているのを見て不快な気分にさえなってしまう」
というその笑顔と、こちらの綺麗な写真とが重なって見えてしまいます。


あと、どの記事を読んでいてもとても気になるのですが、自分を卑下して、自分の「まっすぐに向き合っていたい」ものを濁すようにしているのはなぜですか。
posted by | 2009/09/02 12:58 AM |
弱さに気づけたというのは、もしかするとすごく素敵なことかもしれないなあ、と思いました。ときどき言われることなんですが、「あなたは自分に厳しすぎる。だれにだって、あなたの言う醜い部分はありますよ」って。ぼくはよく自分のそんな否定的な部分にフォーカスしてしまうきらいがあるんですが、でもその部分を嫌がっているわけでもないんです。弱い所や醜い所とむしろ仲良くつきあっていたいなあと言うか、それもぼくの一部分だと受け入れてしまうと、あとはこわいもんなし、ということになりそうでしょ!
posted by kazesan | 2009/08/31 10:07 PM |
このお話を読んで、私は自分の弱さに気付かされた気がしました。自分が感じてることに正直になって行動することによって、他の誰かから非難されたり、軽蔑されたりするのが、私は実に怖いんだな…と。自分の中に、美しいところと醜いところの両方が必ずあるように、世の中のあらゆる物事にも、プラス面とマイナス面の両方があるんだってことを忘れないでいたいなあって思いました。
posted by nakatan | 2009/08/31 2:45 PM |
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