kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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高山の花たち
 白山の冬をぼくは知らないけれど、春と夏と秋のそれぞれの魅力ならいくらかは体験している。夏はやっぱり、山好きなら誰もが夢見る高山植物だろう。七月の釈迦新道とこの八月のチブリ尾根でも植生はずいぶんとちがうものだが、それぞれに特徴があって、歩ける間にすべての登山道を歩いてみたいものだといつも思う。

 「天上界というのはきっとこんな感じかもしれませんねえ」と、ヤギおじさんにしてはめずらしいことを言った。辺り一面に広がるお花畑を見ながら、別山から南竜馬場への尾根筋でひと休みしているときのことだった。折からの霧で遠くが霞んでいるものだから、いっそう神秘的に感じられた。

 見えるものと見えないものがおそらくこの世には混沌として入り交じっているのだろうが、生きているほとんどの人間たちは見えるものでしか理解しようとしない。それでも見えないものの力がはたらいていることを、だれもが想像し、きっとどこかで信じている。山にいると、その信じる気持ちがより強くなるのかもしれない。とくにここは霊峰に名を連ねる白山なのだ。ぼくは登る度に、聖なる風景に出会っている。だがそれは、劇的で奇跡的な瞬間のことばかりではなくて、むしろ霧に包まれて楚々と咲く足下の花々のことだったりする。



 たとえば、よく見かけるニッコウキスゲはどうだろう。自然解説員ならだれもが「一日花」と紹介するポピュラーなものだが、色弱のこの目にも飛び込んでくる鮮やかな黄色の群落を見つけると、背景が青空であれ乳白の霧であれ、ぼくの心はいつも急に喜び出す。登山道を離れて遠くに見えるものはなおさら愛おしくなるが、この花たちはたった一日だけ咲いて、その瞬間の喜びをまるで天と交わし合っている気がするほどだ。どれもこれも空を仰いで微笑んでいるんだもの。



 ことしはどうやらコバイケイソウの当たり年のようだ。ソフトクリームのような白い花をこんもりとつけて、吾こそは山の小人だと、そんな雰囲気を持っている。その花園の中を歩いて行く友らの後ろ姿を見ていると、ここが天上界でも地上界でも、ぼくにはもはやおなじようなものにしか思えなくなってしまう。この地上に生きていることと、体が消えて天上界に住むことの間には、いったいどれほどのちがいがあるのだろうか。



 ツクンツクンとたまに風に揺れながら立っているのはイブキトラノオだ。よく見るとハクサンイチゲも慎ましく咲いてふっくらと白い花が笑っている。高山植物たちは、強風を避けるように岩陰に咲いたりしながら、短い夏に花開き、急いで実を結んで子孫へと命をつないで行く。山頂あたりのイワツメクサやイワギキョウなどみんなそうだ。オタカラコウ、ミヤマコウゾリナ、ミヤマアキノキリンソウ、シナノオトギリなど黄色の花々は名前をあげるだけでもその種類の多さにびっくりするが、その分名前さえなかなか覚えられない。そこへピンクのシモツケソウやカライトソウが彩りを添えている。それらすべての、人の手が加わらない営みが、もう何百何千年とつづいているのだ。これを大自然の神秘的な営みと言わないでどうしよう。



 ようやく南竜山荘に辿り着いた。大好きなハクサンフウロが咲き乱れている。疲れているのも忘れて、あれもこれもとのぞき込んで撮った。白山に登ってこの花に出会うのが一番の楽しみだ。毎年同じような写真ばかり撮っているけれど、それもまたぼくが生きていることの自然な営みなのかもしれないと、ことしはそんなことを思うようになっている。












| 12:12 | 白山 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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