kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
ジッジの喜び
 四人の孫がそろい幸せな休日を過ごした。こんないい加減な男でも、ジッジ、ジッジと呼ばれて相手をしてもらえる。ありがたいばかりだ。ぼくには祖父としての心構えなど微塵もないけれど、一世代を越えてふれあう関係にこのごろ言い知れぬ喜びを感じている。

 たとえば、三歳のミクタンだ。夏はやっぱり花火がいいだろうと、みんなで公園に出かけた。ネズミ花火かあ、懐かしいなあとばかり火をつけて、肩の痛いのも忘れて左手で放り投げた瞬間だった。途端に、吐き気がするほどの激痛が走った。俯いてベンチに座ると、心配そうに寄ってきたミクタンが言うのだった。「ジッジぃ、どこが痛いの? ミクがなでてあげるよ」。そうして小さな手でげんこつを作り、思いっきりよく叩いてくれた。これを幸せと言わないで、なんの幸せだろうか。



 父親としてはおそらく落第したにちがいないぼくだが、ヨシエどんに育てられた娘たちだけあってとても素敵な母親になった。成人してまもなく、優しく心細やかなパートナーたちに出会い、かわいい子らに恵まれ、そのどれひとつもが決して当たり前の出来事ではないのだと、天にも地にも感謝したくなる。

 孫たちと過ごすと活力が出てくるんだろうか。それとも通っている鍼灸が効いてきたのか、不思議といくらか気力を感じる。この数年低調だったせいか、久しい感覚だ。星野道夫さんが言い遺した、人生の残りの持ち時間が刻々と減っていることに変わりはないけれど、今日という一日は、その残りの日々の常に初日でもあるのだ。人生は毎日新しい一日を生きている。幼い孫たちにも、老いてゆくこのジジイにもそれは変わらないことなのだ。
 

 
| 21:07 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
スポンサーサイト
| 21:07 | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kazesan3.jugem.jp/trackback/538
<< NEW | TOP | OLD>>