kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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耳元でささやく
 耳が遠くなったおやじの、今度は目が見えなくなってきた。「どうしてこうなるまで放っておいたんですか」と医者に叱られたそうだが、叱られたおふくろが付いてきてくれと言うものだから、きのうは手術の説明をいっしょに聞いてきた。一日に何十人と手術する名うての眼科には、驚くほど大勢の患者が待合室、診察室にとあふれていた。ほとんどはお年寄りで、まるで人間の修理工場だと思った。

 暗幕の向こうには何人かの医者が並び、おやじは一番隅の院長の前に座った。「まずは両目の白内障の手術を二度に分けてします。脳梗塞の影響なのか、この部分の視神経
はもう死んでいるのでどうしようもありませんが、水晶体がきれいになったあとさらに詳しく調べてできるだけのことをしましょう」と要領よく説明されたが、聞こえないおやじなのにうなずいているものだから、とりあえず診察はすぐに終わった。

 それからの長いこと。病院の待ち時間ほどつまらないものはない。おふくろとひと言ふた言話しているうちに眠ってしまい、起こされた。二階の会議室へと同じ日に手術する三人の家族と共に上がった。おやじ以外は女性で、説明の合間に好き勝手な質問をするものだから、「それもあとで説明しますからね」と言われては、なかなか話が前に進まない。四十半ばだろうか、看護士の落ち着いた話し振りが場を保っていた。



 最後に残されたおやじに、その方は近づいて手術時の目の動かし方を説明した。特別優しくというわけでもなかったが、おやじの耳に接するほどに手を添えて口元を近づけ、ひと言ずつゆっくりと、それも意外にも小さな声で話しかけた。おやじが、どのひと言も逃さないようにして、深くうなずいている。驚いた。いつも大きな声で話さなければならないものだと、ぼくは思い込んでいたからだ。おふくろなどはイライラして怒鳴り散らしてばかりだったし、きっと耳元での大声は、おやじの中で大反響を繰り返し、ほとんど聞き取れていなかったのかもしれない。

 説明が終わって、「どうせすぐ忘れるんですよ」などと心ない言葉をぼくは言い放ってしまった。「いいえ、一度でもなっとくできればいいんですよ」。看護士はどこまでも落ち着いていた。いろんな患者がいて、いちいちそれに反応していたのでは身が持たないのかもしれないが、ぼくにはおやじへの接し方を教えてくれた貴重な時間になった。

 今朝の食卓でも、歯の抜けた口でずるずると食べているおやじだった。微笑んで近づいて、耳元でささやいてみた。「目の動かし方、練習したか?」。おやじもニッコリ笑って、うなずいた。普通に会話ができた。おやじったら、聞こえにくかったのならもっと早く自分で伝えてくれればよかったものを。見えなくなってからはじめて言うおやじだからなあ。なかなか気づけない息子で、ごめんな。






| 09:26 | 日々のカケラ | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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何をして欲しいですか? と施設のお年寄りたちに尋ねたら、やさしく撫でてほしいという声がとても多かったと、ある柔道整復師の方が言ってました。力づくでないことの気持ち良さは、いたる所にありそうですね。おやじの手術はきょう無事にひとつ終わりました。ありがとうございます。
posted by kazesan | 2009/06/22 7:30 PM |
耳元でささやいた方が大きな声よりも通じるなんて...とても貴重な事を教えていただきました。
最近、力強く揉んでくれるよりも優しく手を当ててくれていた方が癒されるような気がすると誰かが書いているのを読んで、なるほどなと思っていたところでした。なんだか共通していますよね。

お父様の目の手術、無事にすんで、できるだけ早く快復されますように。
posted by Mi | 2009/06/22 6:00 PM |
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