kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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閉じてゆくこと


 山道を歩いているときのことだった。水たまりに映っている木立が気になり、撮ろうとカメラを構えた。のぞいたファインダーの中でピントが合っていたのは木立ではなく、水に沈んで泥まみれになっている枯れ葉や折れた小枝だった。重厚という言葉が似合うモノトーンの風景は、墓場のようでもあった。なのに、花や女性のような美しさではないけれど、ぼくの奥深くでうねるような、美をそこに感じた。それを美と形容していいのかぼくにはわからない。ただ、これまで感じたことのない、透明感のある美しさだった。そのものは濁って水中に埋もれていただけなのに。

 一枚、二枚と撮りながら、そのときはっきりとした思いが浮かんできた。「閉じてゆくこと」。しばらく「撮るということ」を念頭において撮っていたからだが、ぼくが今撮るということは、閉じていくことなのだと気がついた。なんとも寂しい気持ちになった。ぼくという人間が終わってゆくのだ。ずっと長生きしていたいと思っているわけではないけれど、閉じることを感じてみると、言葉にならない、哀しみのような、切なさのような、感情ではない、淡く確かな、熱く冷たい、ぼくの奥深くに眠っていたような波が静かに、急に、またうねりはじめた。それからというもの、表向きはなにひとつ変わらないぼくのなにかが、泥の中に埋もれてしまった。

 ところが、天の計らいだろうか、アート・オブ・リビング・セミナーのひとときに「創造のプロセス」が取り上げられ、そのとき、まるで初めて気づいたように気づいたことがある。人生には四季にも喩えられるサイクルがあり、それがそのままプロセスでもあった。たとえば、お腹の中に宿った胎児の時代が冬なら、誕生はまさに春を迎えた瞬間だろうか。成長して躍動する夏の季節、実り多き人生だったと天を仰いで振り返る秋、そしてそのあとは・・・。マーシャが言った、また冬に戻るのだと。それは天国に舞い戻ることばかりではない。創造のサイクルは、人生の中にたったひとつがあるのではなく、いくつもいくつも、大きく小さく、四季を廻っている。

 今ぼくが閉じてゆくのだとしても、それは自然の流れだった。抵抗して流れを乱すより、軽やかに流れに乗ることができたなら、哀しみはまだあるだろうか。ひとつの幕が下りる。または舞台は暗転し、それが冬の時代なのだ。いまぼくは秋を終えてゆくのだから、その準備をすればいい。秋の風はどこかうら悲しいけれど、一年のうちでもっとも濃厚で味わい深い気がする。その重たさを、これからは脱ぎ捨てて行こう。

 思えばこの二、三十年の日々は、まさにぼくの夏だった。とても素晴らしかった夏に、今夜は乾杯だ。やがてくる冬を、ぼくはどこでどんなふうに暮らしているだろうか。それが地上界でも天上界でも、ぼくの豊かな創造のプロセスだ。静かに深く過ごしてみよう。




| 20:53 | アート・オブ・リビング・セミナー | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








タエちゃんの魂の預言、信じられるよ
posted by kazesan | 2009/06/19 10:01 AM |
そうなんですネ?

ワタシにはkazesanの中にまだたくさんのサイクルが在るのが見えます♪

Fireの季節もまだ幾度も訪れることでしょう。。。と預言しちゃおっかな♪



なぜか哀しみを深く抱いて生まれてきた魂よ、

同じ魂を持って生まれてきた仲間です。
posted by polly | 2009/06/18 8:52 AM |
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