kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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人と行為
 美徳の実践セミナーがにぎやかに始まった。全六回シリーズの第一回はこの12日にすでに終わり、今ごろ参加のみなさんはそれぞれの日常の中で、「美徳の視点」という新しいふれあいを試しているかもしれない。これからほぼ月に一度のペースで再会し、成果や失敗談を持ち寄っての勉強会が楽しみだ。

 「美徳の視点」は思いついてぼくが名づけた講座名だが、その視点とはいったいどこへ向けると効果的だろうか。

 ちょうどタイミングよく流れていたニュースで、鳩山総務相は草彅剛容疑者が逮捕されたことを受けて「最低の人間だ」と発言したことについて、「人間は人間を評価できない。私も反省して、『最低最悪の行為』と言い換えさせて頂きたい」と述べ、発言を撤回していた。撤回したからと言って、前言が記憶から消えてしまうわけではないけれど、それは今は見ないでおくとして、まさしく美徳の視点でも、この行為こそを対象にしている。見つめるべきは人ではなく行為なのだと、講座で講師のるみ子さんはきっぱりと指摘した。



 よく親は子どもに言うだろう。「いい子ねえ」。だがそれで、子どもはどんな気持ちになるだろうか。当座はまんざらでもないだろうが、言われつづけたり、それを求める雰囲気が日常になったときがこわい。いい子かどうかは、ときどきでちがうのだ。いつも変わらずにいい子でいなければならなくなったら、その評価はその子にとってどんなに大きな負担になるだろう。

 人はいつも一定じゃない。いいときもあれば悪いときもある。それでいいなじゃないか、というのが、ほとんどいつも不安定なぼくの思いだが、でも、数少ないいい状態のときに「いい感じね」とひと言プレゼントしてもらえると、それはすごくうれしいかもしれない。人そのものを褒めるのではなくその人の行為の瞬間に視点を向け、その行為を認める。ヴァーチューズ・プロジェクトではそれを「承認する」という言葉で表しているが、褒めることと、受け入れ認め承認することの間には、ずいぶんと大きな開きがある。認めることは、そこからさらに役立つ勇気をプレゼントすることでもあるだろう。

 それにしても、有名人は辛いなあ。若いころ酒に飲まれたことが何度もあるぼくは、その行為にさえ共感してしまう。人間ってみんなおんなじだなあって、おっと、これでは美徳の視点にならないか。

*****

 「美徳の視点」は第二回以降の途中からの参加も受け付けています。全回通しの参加者が二十人を越える好評をいただいていますが、定員までまだすこしゆとりがあります。参加をお考えの方は、お気軽にどうぞ。とっても楽しいひとときになっています。

美徳の実践セミナー in 石川「美徳の視点」第二回 5月17日





| 16:08 | ヴァーチュー | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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