kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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味とか匂いとか
 枚方にあるその会社には若者ばかり十数人が働いていた。夢も希望も計画もある、まるで大家族のように固い信頼で結ばれているのがわかった。その仕事ぶりを撮影するのが、今回のぼくの仕事だった。ビルの一階は「ゆにわ」という名の飲食店で、食材を吟味しているのはもちろんだったが、スタッフは「食べ方を変えれば生き方が変わる」というテーマを掲げ、あふれる笑顔で働いていた。食べ方や生き方を写真で表現できるものかぼくにはまったくわからないけれど、愉快な若者たちに囲まれての二日間をフルに動き回って、なんと1200カットもの写真を撮った。36枚撮りのフィルムなら33本も使ったことになる。

 今日から何日かかけての画像作りを始めている。ほとんどいつも開放で撮るからピントが甘かったりするけれど、その方が臨場感はバツグンだ。決まり切ったアングルでなく、雰囲気を大切にした。けれど、食べ方や生き方を表すなどはほど遠いようだ。写真は概念を言葉で説明するような頭の働きではないのだから、あとはそれを見る人の感じ方に任せるしかない。ぼくには、あるものを見たままに撮ることしかできないのだ。とは言いながら、怖いことだ。見たままに撮るなどと、偉そうに言えたものか。見たままと言うからには、見る目が必要なんだ。見方が確立していない者に写真家は勤まらないのだ。

   ぐつぐつ煮込む野菜スープ出汁

 ぼくの写真を見て、匂いを感じると、その方は言われた。面白い感じ方だなあと思った。でもぼくにはそれは匂わないのだから、匂ったその方の感性の話になるだろう。撮ること自体はこんなにも簡単なのに、写真の深みは覗けば覗くほど深くなるばかりだ。生き方に通じるような撮り方があればいいのに。

 食べ方とか生き方というものが、ほんとうにあるんだろうか。それに、撮り方はあるだろうか。それらはスタイルのことであって、方法などではないかもしれない。方法になら出来不出来はあったとしても、スタイルなら自由だ。人生の過ごし方は趣味みたいなもんだ、とランディさんがどこかで書いていたが、ぼくもほんとうにそう思う。人生の見てくれや結果など、どうってことはない。幸せや不幸せもスタイルとは関係ない。それを生きる本人の感性の問題だ。などとまた、ついぐだぐだと考えてしまう。

 愉快で快活な若者たちは、生きることが楽しくてしようがないように見えた。まぶしいほどだった。ぼくはどうだろう。人生の残りの持ち時間のスタイルを今さら決める気にもなれないけれど、そうだなあ、ひとつあげるなら、静かな心でいたい。心に吹く風を静かに感じていたい。写真に匂いなんてあるんだろうか、あるならその匂い、いったい誰がつけるんだろうかと、そんなことを考えていたい。人生にも味があるなら、きっと生涯をかけてぐつぐつ煮込んで出るだろう。そしてそれはたぶん、生き方を変える必要もなく。


| 18:49 | 日々のカケラ | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








 温度という感じは、ぼくにもわかるなあ。実際に心やからだってあったかくなったり冷たくなったりするもんね。写真ばかりか、五感六感で感じる温度ってあるだろうね。静がぼくの写真から感じてくれる温度、何度ぐらいかなあ(笑)
posted by マサヒロ丸 | 2009/02/02 6:48 PM |
私は Kazesanの写真から、陽の温かさや、雪の日の空気など、よく温度を感じますよ♪(Kazesanの写真を見た人は、そう感じられる方多いんじゃないかなぁ・・・)
posted by 静御前 | 2009/02/02 2:48 PM |
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