kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
kazesan.net #001 己丑睦月
 ジャジャーン♪ kazesan.net 己丑(つちのとうし)睦月の新作発表♪

 今回は記念すべき第一回なので、なんと三点もそろえました、なんて大袈裟に驚いて喜んでいるのはまずはぼくだけでしょうが。いかがですか? この写真たち。
 
 並んでいるのは、家の窓辺のシクラメン、早朝の散歩で出会った風景と、すべてぼくの日常にある身近なものばかり。ということは、みなさんの日常にもありますよね。それを、いかがですか?とお勧めするんだから、結構図太い神経をしているもんですね。

 ぼくは日常の風景が大好きです。と言うよりは、それが好きでなければ、どうしてこの暮らしを続けることができるだろうと思ってしまうのです。日常が、人生のほとんどなんだもの。それをこよなく愛することが、ときどきやってくる特別な一日をさらに素敵に際立たせてくれるような気がします。

     #001A

 さりげなく咲いているシクラメンに顔を近づけると、いくらか艶かしい匂いに朝の眠気がふんわりと覚めていきます。気がつくと心まで優しくなっているような。『心身の神癒』のはじめには、たしか「花は愛そのもの」という意味の言葉があったと記憶していますが、匂いにつつまれながら、いつもその言葉を思い出すのです。花が愛そのものなら、人にそれはどんなふうに顕われているんでしょうか。

 あれっ? どうしたんだろう。普段は愛などという言葉をあまり使いたくないぼくなのに、なぜだかすんなりと書いてしまいました。花のせいですね。きっと花の精霊が、ぼくの心をくすぐっているのです。

 #001B

 木を撮ることがとても多いのです。なんだか知らないけど、気になるんですよね。人間に比べたらほとんどの木がこの世に長く生きている、しかも大地に根ざしたままジッと動かないで立っている、そのことだけで感動してしまうんです。どこか山奥の巨木に出会うとそれこそ圧倒されてしまいますが、ほんのちょっぴり顔をあげる程度でてっぺんまで見渡せる公園の植木にも、同じように言葉にならない生命力を感じてしまいます。ただ撮る時はいちいちそんな言葉を浮かべたりはしていません。巨樹にも植木にも、無言で静かに向き合うばかりです。その静けさが好きなんです。実はこんなブログなんてやめて、木のように、無言の力が欲しいくらいです。

     #001C

 すこし朝焼けになったこの雲に気づいたのは、ときどき出かける秘密の原っぱの近くでした。何本もの細い枝は銀杏です。そのまま原っぱへ入ろうという気持ちを抑えこんで、百メートルほど戻って撮りました。この木のシルエットとの組み合わせに惹かれたんです。空を見上げるとき、空だけを観ていたのでは、人間としてすこし手落ちだなと思うことがあります。ぼくたちは地上に存在していますが、空だけでなく、地上だけでなく、その両方の関係の中で存在していることをいつも忘れないでいたいのです。


*****


 今回はこの三点を額裝します。タテ位置の写真もヨコ位置も、同じ額に入れることができますので額はひとつあれば十分です。ただ壁に掛けるときには、裏面の紐の結ぶ位置をそれ用に変えてください。詳しいお知らせは、kazesan.netをご覧ください。


| 18:42 | 写真 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
スポンサーサイト
| 18:42 | - | - | - | posted by スポンサードリンク |
Comment








 この『心身の神癒』と『奇跡のコース』の言葉は、どちらも同じ方から届けられたもの、ということになりますね。そしてどちらも元々、ぼくたちの中にもある真実。そんな信頼を、迷いながらもていねいに育てて行けるといいですね。
posted by マサヒロ丸 | 2009/01/28 1:21 PM |
『心身の神癒』のお言葉、毎日読みたいと思います。
信頼や希望・・、その源を感じました。
お伝え下さってありがとうございます。
posted by Shino | 2009/01/28 8:33 AM |
 『心身の神癒』にある言葉をもう一度正確に知りたいと読み返してみました。「愛は鉱物における親和力である。愛は花々における本質である。愛は動物の本性となって現れ、人にあって愛は愛情となって表れる。このことを完全に悟った時その人の全存在は愛に満たされ、肉体の全細胞が活力を得るのである」。
posted by kazesan | 2009/01/27 10:03 PM |
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kazesan3.jugem.jp/trackback/388
<< NEW | TOP | OLD>>