kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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悟りの定義
 「ただ坐りあるがままの真実の姿を見ることこそ悟りなのだ」と道元が言えば、『神の使者』には「悟りとは認識であって、変化などではない」とある。同じことのようだ。面白いなあ、同時に同じ意味の言葉に出会うとは。臨死体験や高次元の世界を体験したから、それが覚醒だなどと言われると遠ざかりたくなるけれど、見つめることなら、認識することなら、やがてぼくにもできそうな気がするから愉快だ。







| 22:27 | ひかりっ子 | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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 なんの変哲もない毎日の中から、非凡なものが飛び出してきたら、ほんとびっくり玉手箱。愉快です。生きている実感かあ・・・最近乏しかったなあと、やや反省。
posted by マサヒロ丸 | 2009/01/21 5:08 PM |
ほんとにそうですね。臨死体験とか高次元もおもしろいけど、それはあくまで遊びの部分であって、本当は何の変哲もない日常の中で、より生きている実感が増す方向に自分の認識を導いて行くことが、本質に近づくことであり、悟りに入る過程なのかもしれない。と近頃わたしは思います。
posted by ぷーたま | 2009/01/20 12:17 PM |
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