kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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 久しぶりの原っぱだ。山歩きが遠のき朝の散歩もすっかりご無沙汰していたから、身体が鈍っているのがわかった。背伸びをしたりスワイショウをしたり、小一時間ほども遊んだ。気功に出会ったのはもう十五年も前のことなのに、いまだに上達していない。ようするにぼくは怠け者なのだ。ナマケモノが大好きだ。学んだ功法を毎日ていねいに練りつづけて深めて行くのが練功の意味だが、好きなことさえ長続きしないこの性格には自分でも呆れてしまう。

 どうせいつまで経っても上達しないのならと、今日は思いついて、自分の好き勝手に動いた。心も空っぽにして身体の動きたいように任せた。くねくねと上半身が捻れる。広がった両手が空へと上がっていく。声を出したくなった。誰も上がって来ない、ここは秘密の原っぱだ。空を見上げる。揺れる身体のリスムに合わせ、抑揚のついた歌が出る。まるで渓谷に住む先住民の気分だ。これはぼくとあめつちのお祭りだ。虚空に融けていく気がした、などと言うと少し大袈裟だろうが、これこそぼくの気功ではないか、と思った。あと何十年積んだところで大したものにはならないぼくだ。自分流でいい。そう思うと、ますます高揚して行った。


 原っぱをあとにしながら思った。自分流がいいと望みながら、ぼくはそれを行動してきただろうか。誰かの足跡に沿って、誰かのレールの上をなぞって、誰かの後ろ姿を追いかけて、結局は大勢の流れに乗ってきただけではなかったか。先人の教えに学ぶのは大切なことにちがいない。そうでなければ人類は今のようではないだろう。けれども学んでばかりで終わっても、面白くはない。コツをつかめばあとは自由奔放でいいじゃないか。

 常道という道がある。誰が決めたんだろう。世の中で成功した大物が言ったのだろうか。それともそれが平均的な成功を収める道なんだと、経験値が出した結果だろうか。ぼくはなにも、成功したいわけじゃない。むしろ常道を踏み外してみたいくらいだ。人とちがったことをしようと思ってカメラマンになってはみたものの、田舎の資本主義のしっぽにしがみついてここまでやってきたようだ。それを悲しんでいるわけでも、悔やんでいるわけでもない。おかげで三人の子らが無事に巣立って行った。たかが写真を撮って、ある程度のことができたのだ。感謝しないでどうしよう。そして、だから、これからは自分流に磨きをかけよう。ぼくの人生だ。目的地が大きく外れていなければ、常の道をなにも考えないで歩くより、ずっと楽しいではないか。歩き甲斐があると言うものだ。到着するのが早いか遅いか、違いはきっとそれくらいなものだ。道。それは歩いた跡を言うのだろう。



| 18:30 | 日々のカケラ | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








いやあ、ありがとうございます。変臭長のその自然な感じのコメントに、どうもぼくの肩には相変わらず力が入ってるなあと思いました。人の生き方いろいろ。ほんと誰に言われなくても、みんなそうですね。なんかとってもらく〜になりました。それと、はい、日常はアートにあふれてます。
posted by kazesan | 2009/01/08 9:28 PM |
なんだか面白い象形やね〜芸術みたい
風さんでないと、見落としてしまうな

木の形と同じように
人の生き方もいろいろあってこそ
おもろいよな〜(^。^)

日常のあるがままに
アートがあるんやな〜
すばらしいね〜♪
posted by むらざと変臭長 | 2009/01/08 7:50 PM |
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