kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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放心状態
 あの手術シーンは強烈だった。忘れようにも、目に焼きついてしまったものはもう2度と消えない。恐いもの見たさ、とは言うけれど、見てしまったあとのことはあまり考えていなかった。止めとけばよかった、と今さら言ってもしようがない。何かから目を背けるということは、簡単なことだ。だから見る、というのでは可笑しいか。ただなんとなく、逃げないでいようという気持ちになっていた。ときにはじっと見据えて撮った。

 撮りながらあのとき感じていたことを正確に思い出すことができる。ぼくには珍しいことかもしれない。濃い緑の布で覆われ、開かれた腹しか見えない手術台の人に向かって、心で言葉をかけていた。「こんなになるまで、あんたはからだを痛めつけてきたのか。これじゃカエルとおんなじじゃないか」。大腸がんの手術で、股を開かれ、あられもない姿をさらけ出している。医者は、患者という人の命を救うために、細心の注意を払って手術をしている。なのにぼくにはどうにも工場の修理に見えた。サイボーグの部品を取り出して、交換している。生命とか、寿命とか、さらには神秘とか、もっと繊細で心が泣けてしようがないような雰囲気がどこにもなかった。そんなこと言ってたら、医者なんか勤まらないか。


 執刀医の少しあとからぼくも手術室を出た。医者は放心したように手をだらりと下げて気だるく歩いていた。何千回と手術をこなしてきたベテランでも、毎回こんなだろうか。ホッとして充実感に浸っているようでもある。ぼくの心はいつも勝手なことばかり感じているもんだ。 

 胸がふさがって、気持ちが悪い。そうだ、海を見に行こう。病院は海沿いにあった。冷たい潮風を身体いっぱいに吸い込んで、最後のひと息まで吐き出してやった。何度か繰り返したけれど、どうにもすっきりしない。そうだ、温泉に行こう。病院の川向こうに銭湯があった。ゆったりと湯に浸かった。伸ばした身体の中にあの人と同じ内臓が動いているのか。思わず手を当て、撫でてみた。でもおまえたちってきれいな色してたよなぁ。内臓に話しかけるなんて、おかしい。おかしくて、楽しくなった。

 次の撮影までまだたっぷりと時間があった。広間にはお年寄りばかり数十人がくつろいでいた。おしゃべりしているおばあちゃんたち、座ぶとんを枕に居眠りしているおじいちゃんたち。ここは町の社交場なんだ。晩年を生きている人生の先輩たちの中で、いくらかは若いけれど、ぼくも同じように晩年だったりすることもあるだろう。ああ、でも今はなんにも考えたくない。となりの真似をしてゴロンと横になった。







| 07:12 | 日々のカケラ | comments(2) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








ぼくもおんなじ。大切なことでも、慣れっこになると忘れてます。年取るとあちこちが痛むので、その分からだの言い分には耳を傾けることができますが、痛みさえ慢性化すると鈍感になるぼくです。よくよく注意が必要なようです。
posted by kazesan | 2007/12/21 11:32 AM |
自分も、生身の身体をもっていることを、つい忘れがちなのはなぜなんでしょう。
日常があまりに安穏としているからかな。
kazesanの日記を読ませていただいて、もっと身体に感謝しようと思いました。
呼吸できること。食べて寝て排泄できること。その一つ一つがほんとうは僥倖なのだと思えます。
posted by ぷーたま | 2007/12/21 10:13 AM |
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