kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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霜月十四夜
 雲間から十四夜の月の光が降りてきた。早いものだ。ついこの前、今日は新月だと夜空を仰いでいたのに。月日の流れは昔から変わらないだろうに、それを早く感じるのはやっぱり年のせいなんだろうか。年齢のことなどほとんど気にしたこともないけれど、年相応、というものは好きだ。五十代には五十代の生き方があった方がいい。生涯のそれぞれの年代を生きてこその人生だ。


 神無月晦日の11月27日は、友の命日だった。毎日でも想う友なら命日だけを特別扱いすることもないが、やっぱりどこか気分は違うものだった。でもと、ふと疑問に思ったことがある。人もその他の生き物と同じで月の巡りに合わせて生きている節がいくらでもあるのだから、その最も大きな出来事になる誕生と死も月の暦で考える方がいいのかもしれない。友の命日は、だとすると、神無月七日になる。西暦なら今年は11月7日がその日だった。その日、何をしていたものかもうすっかり忘れてしまったが、天の友からは特別な思いが届いていたかもしれない。ただぼくはいつもと変わらずに空を仰ぐばかりだったのが残念だ。思いは、受け取る器量にも左右されるかもしれない。

 西暦は直線的で一方通行でどうにも味気ない。人生に始まりと終わりを作ってしまうのは、味気なさの極みだ。そんな西暦の流れから離れたいぼくなんだから、これからは大切な命日も月暦にしよう。西暦でさえ感じる命の声なら、月のリズムならなおさら深く染みてきそうだ。

 今宵霜月十四夜。月がめぐれば、命もめぐる。月を仰げば、命が見える。それなら人生に早いも遅いもないだろう。そうだろ、天の友。さてと、五十代だった。めぐる日々を、ゆっくりゆっくり、感じてやろう。




| 23:05 | 月的生活 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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