kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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「待つ」ということ
 朋が日記に鷲田清一さんの著書『「待つ」ということ』を紹介していた。 長くなるが、その「まえがき」をここにも転記する。とても興味深い内容だった。


  ・・・*・・・*・・・*・・・


 待たなくてよい社会になった。
 待つことができない社会になった。
 待ち遠しくて、待ちかまえ、待ち伏せて、待ちあぐねて、とうとう待ちぼうけ。待ちこがれ、待ちわびて、待ちかね、待ちきれなくて、待ちくたびれ、待ち明かして、ついに待ちぼうけ。待てど暮らせど、待ち人来たらず・・・・・。だれもが密かに隠しもってきたはずの「待つ」という痛恨の想いも、じわりじわり漂白されつつある。
 携帯電話をこの国に住む半数以上のひとが持つようになって、たとえば待ち合わせのかたちが変わった。待ち合わせに遅れそうなら、待ち合わせの時刻のちょっと前に移動先から連絡を入れる。電話を受けたほうは、「じゃあ」と、別の用を先に片づけたり、ふとできた空白の時間を買い物や本探しやぶらぶら歩きに充てたりできる。待ち時間のすきまに、コーヒーを飲みながら、ぼんやり街ゆくひとを眺めていることもできる。待ち人は苛立つこともなく、待つとはなしに時間を潰せるようになった。
 我が子の誕生ですら、おそるおそる待つことはない。母体に超音波を当てて、やがて生まれてくる子どもの性を知る。顔もほのかに判る。遺伝子まで判る。出生をじりじりと待つこともなく、先にいろいろ手を打てる。産着の準備、そして心の準備・・・・・。
 ものを長い眼で見る余裕がなくなったと言ってもいい。仕事場では、短い期間に「成果」を出すことが要求される。どんな組織も、中期計画、年度計画、そしてそれぞれに数値目標掲げ、その達成度を測らないといけない。考古学や古代文献学をはじめ、人類文明数千年の歴史の研究だって、数年単位で目標を立て、自己点検をし、外部評価を受けねばならなくなった。外食産業やコンビニの出店・閉店のリズムもとにかく速い。見切りが速くなり、待ってもらえなくなった。「ふるさと」のたたずまいも、いつもあるものではなく、帰郷のたびに表情を変えている。
 待つことができなくなったのはなにも組織だけじゃない。たとえばパソコンの操作。新しい機種を知ってしまうと、ちょっと古い型のコンピュータの変換操作を待っていられない。数秒の間がじれったくなり、指が机を叩き、脚が小刻みに震えだす。テレビのコマーシャルも、辛抱できるのはせいぜい十数秒。テレビが出たての頃は、風邪薬のコマーシャル・ソングもなんと三番まで歌っていた。いま流れるのは一曲のさびの部分だけだ。そしてなによりも、子どもが何かにぶち当たっては失敗し、泣きわめいては気を取りなおし、紆余曲折、右往左往したはてに、気がついたらそれなりに育っていたというような、そんな悠長な時間など待てるひとはいなくなっている。高齢者の介護も、そう。はてしないそのプロセスのなかで「まあ、しゃあないなあ、えろう世話にもなったし、おたがいさまやし・・・・・」とついに覚悟を決めるより先に、解決のための方策をさぐっている。「いよいよか・・・・」と血相を変えて。
 かつて「待つ」ことはありふれたことだった。一時間に一台しか来ない列車を待つ、数日後のラブレターの返事を待つ、果物の熟成を待つ、酒の発酵を待つ、相手が自身で気づくまで待つ、謹慎処分が解けるのを待つ、刑期明けを待つ、決定的現場を押さえるために待ち伏せる(かつて容疑者を追って、同じホテルに一年間張り込んだ刑事がいた)。万葉集や古今和歌集をはじめ、待ち遠しさを歌うことが定番であるような歌謡の手管があった。待ちこがれつつ時間潰しをすること、期待しながら不安を抱くこと、そんな背反する想いが「文化」というかたちへと醸成された。喫茶店はそんな「待ち合い」の場所だった。農民や漁師、そしてウエイター(まさに「待ち人」)といった「待つ」ことが仕事であるような職業があった。相撲でも囲碁でも「待った」できないという強迫がひとを苛んだ・・・・・。そんな光景もわたしたちの視野から外れつつある。
 みみっちいほど、せっかちになったのだろうか・・・・・。
 せっかちは、息せききって現在を駆り、未来に向けて深い前傾姿勢をとっているようにみえて、じつは未来を視野に入れていない。未来というものの訪れを待ち受けるということがなく、いったん決めたものの枠内で一刻も早くその決着を見ようとする。待つというより迎えにゆくのだが、迎えようとしているのは未来ではない。ちょっと前に決めたことの結末である。決めたときに視野になかったものは、最期まで視野に入らない。頑なであり、不寛容でもある。やりなおしとか修正を頑として認めない。結果が出なければ、すぐに別のひと、別のやり方で、というわけだ。待つことは法外にむずかしくなった。
 「待たない社会」、そして「待てない社会」。
 意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をわたしたちはいつか無くしたのだろうか。偶然を待つ、じぶんを超えたものにつきしたがうという心根をいつか喪ったのだろうか。時が満ちる、機が熟すのを待つ、それはもうわたしたちにはあたわぬことなのか・・。


  ・・・*・・・*・・・*・・・



 朋の日記を読んで、忘れていた思い出が蘇ってきた。その昔、ヨシエどんとつき合いはじめたころ待ちぼうけをくらったことがある。雪の降りしきる冬の午後だった。近代文学館の赤レンガの壁に寄り添いながら、することがないから歌を歌い、寒いから足踏みをし手を擦り、そのうち大声で名前を呼んだ。「ばかやろお、ちきしょう」。まっ白な視界に向かって何度も叫んだ。誰も歩いていなかったか、それとも雪で誰も見えなかったのだ。早く来いよとつぶやきながら、でも必ず来ることをぼくは疑わなかった。

 けれどもぼくは今、待てる人だろうか。待つことがほんとうに難しい社会になってしまった。否、社会はこの際、どうでもいい。ぼくの話だ。社会がそうだからと、ぼくがそれに従うことはない。

 待ってやれない対象の最大のものが身近にいた。自分自身だ。時折心が感じている焦りのようなものに気づきながら、ぼくはそれに従うばかりだったかもしれない。考えてみれば、焦ることはなにひとつなかったのだ。いつもなるようになってきた。ならないことは、なにひとつなかった。だったら、なぜ自分を待てないのだ。その場に引き止めて、今というこの瞬間に静かに佇むことがなぜ難しくなっているのだ。自分を待つ、という意識がなかったからだ。何かを待つというのは、待っている自分をも待つということか。

 思えば、誰もが死を待っている。光のふるさとを志向して、それを楽しみに待つ人さえいるかもしれない。待ち方はそれぞれでも、待っていることにだれひとり違いはない。死が待てて、ほかのものを待てないということがあるだろうか。待つことを、これからはもっと深く感じてみたい。

 息せき切ってヨシエどんが走ってきたのは、三時間以上も経ってからのことだった。「きっと待っててくれると思ってた」。その言葉がぼくの心をあったかくしたのを、今でもはっきりと覚えている。

 待つことは、実はとても豊かなことかもしれない。「待った甲斐があった」と言うときの、その甲斐とはなんのことだろうか。待つほど値打ちのあるものに、ぼくたちは本当は囲まれているはずだ。待っている間にいろんな感情がわき上がるものだが、それらひとつひとつが、待っている対象に対する愛のようなものだ。待つということは、愛しているということかもしれない。




| 09:26 | 心の森 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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