kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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入棺
 マーちゃんならやってみたいんじゃないか、とめずらしく義父が知らせてくれたのは入棺の体験だった。会場はヨシエどんの実家がある旧美川町の浄願寺。住職の発案だそうで、生きている間にお棺の中の雰囲気を味わえるなんて、これは面白そうだと、一も二もなく死んでみることにした。

 浄土真宗スタイルの白装束に身を包み、ズボンまで脱いだら、そこまでやる人はあんただけだ、なんて笑われてしまったが、どうせなら少しでも死に近づきたいものだ。蓮の花を彫った白木のお棺の中はシルクか化繊か光沢のある布で装飾されていた。自分で跨いで入るのはどうにも雰囲気が出なかったが、横になってみると薄い蒲団も敷かれていて寝心地はまずまずだった。葬儀社のスタッフの真似をして、手を組んで胸のあたりに置いた。「それでは蓋を閉めますよ。何分ほど入りますか?」と聞かれて、とっさに五分ほどと答えてしまった。気の済むまで、と言えばよかった。まあいいか、死はきっと一瞬のことだろう。

 そっと目を閉じた。息を止めるとほんとうに死んでしまうだろうから、結局は形だけの物真似にすぎない。お棺の外から声が聞こえてくる。あれがぼくの生きていたこの世、いやあの世か。いったいどっちだ。そうか、死んでしまうと、この世があの世になるのかと、それがわかっただけでも入った甲斐がある。「だれが入っとるんや」「どんな気分や」とご婦人方の声がする。答えるわけには行かない。まるで遊んでいるような雰囲気だったが、もしかすると、本当の死もこれと似たようなものかもしれないな、なんておかしくなった。


 黙っていると、心はいくらか静かになってきた。葬儀が済むと、次は焼かれるのか。この身体が燃えてなくなる様子を想像してみたが、うまく行かなかった。でも、いろんなことを感じているこの心まで焼かれることはないだろう。見えないものは消えようがないのだ。覗き窓が開いて光が入ってきた。目を閉じて死んだ振りを続けた。のぞかれている気分も、悪くはない。ほんとうに死んだら、きっとこの時の体験を思い出しそうだ。

 お棺から出ると、あれやこれやと何人かが聞いてきた。まるで奇跡の生還を果たした気分だ。「おばあちゃんも入ってみたら?」と勧めたが、いややわいね、と苦笑い。そのとき突然不思議な感覚になった。会話しているのに、自分がそこにいないような気分だ、と言うと、少しわざとらしいだろうか。でも本当の話だ。お棺の中で横になっている方が、むしろ本物の時間のような気がしたほどだった。

 面白い。今ここにいる、と誰もが思っているだろうが、いずれ確かにいなくなるのだ。今というこの瞬間に、どれほどの確かさがあると言うんだろう。死ぬことの方がよほど確かなことだ。お棺に片足の一本でも掛けながら、人はふらふらと生きている。入棺体験。かなりなものだ。

 死を覚悟するときがやってきたらぼくは白山に登りたいものだと思っているが、それが叶わないこともあるだろう。本番でもしもまたお棺が必要になるようなら、もう少し幅の広いゆとりのあるものをお願いしよう。あの世でまで肩身の狭い思いはしたくない。


| 17:59 | 日々のカケラ | comments(7) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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Comment








 ふう〜ん、って、わかるような、わからないような気持ちで読ませてもらいました。でも「すべての人が『本当に美しい』と感じるものが本物」というお話には敏感に反応しています。ぼくは、すべての人が同様に感じることなどけしてないと思っているからです。

 感じ方は百人いれば百様だと言いますし、ひとりの中でも時によって感じ方がちがったりする。だから、真実とは、それを口にしたその人の真実だ、ぐらいに捉えています。その方が可能性が広がって、ぼくには気持ちがいいんです。みんないいと言ってるからこれが真実だと押し付けらると、やっぱり抵抗もしたくなる。ぼくの臍はあっちへこっちへと曲がっているようですが、でも、ヘンテコリンさんの真実、ぼくの真実がある。それでいいんじゃないかと思います。
posted by マサヒロ丸 | 2008/10/28 9:28 AM |
本当って本物のこと。でも・・
本当って事実ともいえるかも。
本物って真実ともいえるかも。
すべてのひとが「本当に美しい」と感じるものが本物。
なんとなく そんな感じがしました。
posted by ヘンテコリン | 2008/10/28 7:53 AM |
 たかだか恰好を真似たぐらいでなんになる、とほとんど冗談気分で入ったっんだけど、結果は本文の通りで、死んでしまった後の気分を味わえたような気がして面白かったよ。アンケートにはもっともらしいことを考える項目ばかりが並んでましたが、実は死とは面白い、なんてことも書けないので、ここで書いてみました。でも、死ぬ時は痛みとか苦しみはない方がいいなあ、なんてそんなことを思う朝。きょうもしっとり雨の一日だね。
posted by マサヒロ丸 | 2008/10/28 7:13 AM |
う〜ん・・・入館体験・・・是非!やってみたい。
僕は、中でなにを感じるだろうか・・・

昔夢中になっていたカナディアンカヌーの中で寝るのが好きでした。
掌(たなごころ)に包まれて寝ているようで、すごく落ち着くのです。
それに蓋をされたとしたら・・・息づまるだろうか?それとも、さらに落ち着くのだろうか?
入ってみたい!!
posted by 氣功師はるき | 2008/10/27 11:05 PM |
>「今、還されてくるものを静かに感じていたいものですね」〜

そうですね〜♪ 
大切な今なのですものね。^^
posted by かぜのあや | 2008/10/27 5:00 PM |
 あやさんのコメントから、ほんとう、ってなんだろうと考えています。お棺の中でのほんの数分がなぜかほんとうの世界に感じたのは確かですが、この世で感じているすべても本当のことなんだと、今は思ったりしています。幻想と現実を区別することすら必要ないような気がしてきました。ただただ、今、還されてくるものを静かに感じていたいものですね。
posted by kazesan | 2008/10/27 1:20 PM |
ほんとうに美しいものは、別れてゆく思いのなから繊細にわたしたちの心に還されてくるのかなって〜永遠の歌に〜〜〜☆

水色の空を見ながら、きょうはそんなことを思ってまいります。。。
posted by かぜのあや | 2008/10/27 9:34 AM |
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