kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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考えとひらめきと
 頭でばかり考えて慎重に行動する人がいる。そういう人は気がつくと、主に行動しないための理由を考えていたりする。ぼくがそうだ。考えるとは、なかなかに難しい。頭が痛くなってしまう。それとは対照的に、ひらめきとか直感でばかり行動する人がいる。心の声を聴く、などと体裁のいい表現を使ったりして。ときどきのぼくがそうだ。これだと案外らくちんだが、あまり人間としての深まりを感じない。

 人間を二分するのは単純すぎて好みじゃないが、ぼくはどちらの人間だろうと、今朝の静かなひとときに思った。考える方か、ひらめき型か。近ごろは考えるパターンが多かったかもしれないと、振り返って感じた。かと言って、ひらめいていないわけじゃない。ひらめきを大切にしないと、感じる力はやがて退化していってしまうのだ、とも思っている。

 頭と心は、言い換えると自力と他力ということでもあるかもしれない。天に任せるなどと、ときどき耳にするけれど、そればかりだと、もったいない。せっかく生まれてきた楽しみは人生を生きることでもあるだろう。自分の足で歩いてみるから、自力の非力もわかるし、成功だ失敗だと喜怒哀楽も楽しめる。すべてをお任せするというのは、まずは歩いてみてからの話だ。だからぼくは回り道が多いのだろう。それがぼくらしいなとうれしくもなるが、いつか最後には本当の他力を知りたいから、とごう慢にも思っているからかもしれない。


 ぼくは、どちらかに偏ってしまうのをよしとしていないようだ。どっちつかずで中途半端がぼくらしい。白か黒かはっきりしろと言われても、そういう問いかけには答える気になれない。人生には灰色の時間が多いのだ。すぐに結果を求めてしまうから、正直な子供らは息が出来なくなってしまう。ようするに、ゆとりだ。表現するのは何色でもいいけれど、ゆとりの色は淡いトーンがお似合いだ。鮮やかな色を着込んでいる頭型の人間にはあいまいな色はまるで自信のないものにも見えるだろうが、心ではうらやましくなるほどに安らぎを感じているかもしれない。

 けれども、やすらぎばかりを表しているのも芸がない。壁にぶつかり、乗り越えようとして落ちてしまう。行き詰まった経験がある人がたどりついたやすらぎには、えも言われぬ、そうだ、海のような深さと空のような広がりがある。そんな人に出会った経験はまだとても少ないけれど、会うとすぐに本物だと感じることができる。

 また思い出した。『小さな抵抗』を行動した渡部良三さんの話だ。戦場という切羽詰まった場面で、自らの命を捨てる覚悟までして、信じる道を歩いたのだ。もはや考えるとかひらめくとかの枠では収まらない、人智を越えた本物を感じてしまう。本物の自力、本物の他力、本物の迷い、本物の決断。いつかぼくも、本物になれるのだろうか。中途半端はぼくの好みでもあるけれど、ここぞという最後の決断だけは、やっぱり本物でありたい。



| 06:10 | 心の森 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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