kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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痕跡
 仕事が楽しい、仕事を楽しむ、楽しい仕事。うーん、どれも当たっていない気がする。台湾の数日は、仕事だから当然ほとんどの時間を拘束されていたのに、旅気分のぼくは一日中楽しかった。早朝からの行動は得意だし、移動が続けば車中で思いっきり居眠りした。ツアーの食事はイマイチだったが、世の中には満足に食べられない人が多いことをぼくは知っている。台湾ビールを毎食楽しんだのも、旅ならではだ。気分よく過ごして、写真が撮れないはずがない。ああ、幸せな台湾旅行、いや、仕事だった。

 ホテルの夜は、普段ならとっくに寝ている時間までソファーにもたれて持参した一冊を読んだ。遠藤周作『わたしが・棄てた・女』。読んだ誰かが感動して書いた日記を読んで購入しておいたものだが、気ままに旅の友にした。本を選ぶことにたいした理由はいらない。本に出会い、それを読むことは、暮らしの中にある大きな喜びのひとつだ。遠藤周作は、大学のころに『おバカさん』を読んだことがあるぐらいで、ほとんどなにも知らない。もっとも、他の作家も含めてぼくは知らないことだらけで、きっとこの人生で読む本の数などたかが知れているだろう。それでも読んでいる本の世界に入り込むと、ぼくはもう日常のすべてから離れて心が感じていることを楽しみ、楽しみながらそれを喜びともしている。

 主人公のミツは愚鈍なまでの女性だった。大学生の努に半ば犯され、そして棄てられ、死んでゆく。しかしその短い人生の過程で無意識にあふれ出る愛は、聖職者にさえ影響を与えるほどだった。読みながら、たまに本を置いてビールを飲む。飲みながら、台湾にいる時間の不思議を思った。そしてまた読みはじめ、努やほかの登場人物の、それにぼくの、ありきたりな日常を思った。そこには愛は、あるのか。つまりはぼくの生活に、生きている時間に、愛は存在しているのか。お金ばかりを大切にする気持ちなどないけれど、つい損得を考えているぼくだ。仕事の楽しさを大切にしているのに、楽しさを相手と分かち合っているとも思えない。ぼくにたとえ愛のカケラがあったとしても、ミツの世界には到底届かないのだ。ああ、とため息まじりに毎晩読みつづけた。

      台湾・花蓮にて

 取材の全日程を終えた台北空港での最後のひとときに、ずっと案内してくれた林さんとあいさつを交わした。テキパキとすべての準備を整えてくれた優秀なガイドの林さんなのに、最後がぎくしゃくとしてどうにも落ち着きがない。別れだから、はにかんでいるんだろうか。きっと照れ屋さんなんだ。このときはじめてぼくは感じた。林さんは、無意識の愛の人だ。表そうとか伝えようとか、与えようとか奉仕しようとか、わざわざ意識する必要もなく、仕事を楽しみ、それを通して自然にそこにいれば、それで愛になる人なんだ。あのときどうしてそう感じたんだろう。これを書きながら思い出そうとしてもわからない。照れている林さんの可愛らしさに、ぼくの心が動いたまでのことだった。

 努は、ミツの死を知らせる手紙を読んで思うのだった。

 「ぼくには今、小さいが手がたい幸福がある。その幸福を、ぼくはミツとの記憶のために、棄てようとは思わない。しかし、この寂しさはどこからくるのだろう」。

 人生で出会った者同士は、それがどんなに小さな出会いであっても、必ずや互いにその痕跡が残ることをこの物語は語っている。痕跡。傷跡。それらを通して、やがてどんな人も愛を知るんだろうか。出会いと言えるほどのこともない旅行者とガイドの間にも、なにがしかの記憶が残る。お互いのことをなにひとつ知らないまま、もう二度と会うこともないだろうに、不思議にぼくの中に林さんの最後のはにかんだ笑顔が残ってしまった。首筋のあの大きな傷は手術の痕だろうか。痕跡は消えない。消えないけれど、見えない何かがそれをやわらかにつつんでいる。

 どこからともなくやってきて心に棲みついてしまう寂しさを、鈍感だったぼくもそろそろ感じる年になってきた。けれど不思議がらずに、ぼくはいよう。その寂しさのとなりにいて、ただいつまでも大切に感じていよう。痕跡はたぶん、そのためにある。



台湾ボク的印象


| 19:58 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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