kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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行動
 日本熊森協会の手作りのリーフレットには「次の1000年も人が生き続けられる自然環境をこの国に残すために、今、最も必要なこと。それは本気の大きな自然保護団体を作ることです」と書かれているが、その生い立ちがドラマ地味ていて面白い。

 小冊子『クマともりとひと』には、会長の森山まり子さんが教師だったころ生徒たちによく言ったというこんな話が紹介されている。

 「みんな、いいか。正しいと思うことがあったら、たった一人でも、声を上げるんだよ。そういう勇気のある正義感の強い人間がふえないと、この国はよくならないんよ」。

 理科の授業で自然保護の大切さを教える森山先生は、やがて教えているだけでは収まりがつかなくなっていく。どこかの自然保護団体がきっと盛んな運動をしてクマや森を守っているだろうとの予測に反して、どこを探してもそういう既存の団体が日本にはまだなかったそうだ。だったら誰が作るのかと、おそらく悩まれたにちがいない。正しいと思ったから、森山先生はたった一人でも声を上げようと決意したようだ。同僚の理科教師3人と話し合い、『野生ツキノワグマを守る会』を立ち上げた。そのあとの生徒たちと創り上げていくストーリーは感動的で、これが実話かと驚いてしまった。

 けれどもぼくは、環境保護だ、正義だ、行動だ、ボランティアだ、などと言われると、ついつい腰が引けてしまう。なぜだろうか。調和を唱えながら何かを批判し闘っている人もいるし、他者のためにという目的の影で、ほんとうは自分の生き甲斐のために行動していることには思いも寄らない人がいたりする。そんな人に出会うと、ぼくはすぐにでも逃げ出したくなる。それに行動とは自らの意志が働いて起こるものだとして、勧められたり強要されたりでは納得が行かないのかもしれない。まったくちっぽけなこだわりだと思うが、そんなぼくだからしようがない。


 冊子の最後には、森山会長が感動したマザーテレサの言葉が書かれていた。

 「愛は、言葉ではなく行動である」。

 ほら、やっぱりそうだ。行動を迫ってくる。確かに愛は行動だろう。どんなに美しい言葉で愛を説いたところで、パン一切れを施せないのなら、もはや語ることは虚しいばかりだ。だれもそんな者の言葉に耳を傾けはしないだろう。それでもぼくは、押しつけは嫌いだ。ほんの少しでも行動を強要する雰囲気を感じると、いっぺんにやる気が消え失せてしまう。おそらくぼくは、本物ではないんだろう。自分の気持ちばかりを最優先している。それもまたぼくだから仕方のないことだ。

 人はほんとうは、存在しているだけで十分なはたらきをしていると思う。助けようという意識すら持たない行動が一番の助けになっていたりはしないだろうか。押しつけでも無理強いでもなく、一方的なおせっかいでもない。ひと言で言えば、自然界に棲む生き物たちのようにだ。彼らは自分を自然に生きることでそのまま互いを支え合っている。ぼくもそうできたらどんなにいいだろうと、憧れてしまう。

 そうだった。その自然界とそこに棲む生き物たちの話だった。自然のままに存在していればなにひとつ問題のない自然界が、人間の独りよがりな行動でかき乱されているのだった。存在がはたらきそのものだとしても、生き物たちはもうその存在そのものが危うくなっている。小冊子の中にある「自然界の絶妙なバランス」はすでに崩れはじめて久しいのだ。

 ぼくはもっと実態を知ろう。それでは遅すぎるのかもしれないが、そうでないと行動なんてできない。知ることも、行動のひとつだ。不思議だなあ。ぼくの中にも行動したいという気持ちが少しはあるようだ。クマは、森は、待っていてくれるだろうか。


日本熊森協会





| 15:13 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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