kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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クマと森と人
 山小屋にいる間に、『クマともりとひと』を読んだ。これは日本熊森協会という自然保護団体の小冊子で、去年ケーナ奏者の八木倫明さんから送っていただいたものだ。興味があると言ってお願いしながら、今日まで放っておくなんてまったくいい加減なやつだ、ぼくという人間は。それでも読むにはうってつけの環境だろうと思った。

 クマは今、大変なことになっている。いや、クマだけで済む話ではなかった。クマが棲む森が荒廃していくとき、大地や海が育たなくなり、やがてはすべてが、つまり人間も含めた日本のすべての生き物が滅んでしまうのだと、冊子は警告していた。自然界の大きな流れで見ようとすれば、たとえそうなっても国土も地球もビクともしないだろう。何万、何十万年後かは知らないけれど、新しい環境にふさわしい新しい生命が誕生することもあるのだろう。そんなやるせない夢物語を想像しながら読み進めた。けれども問題は、今この瞬間に起きているこの地上のことだった。ぼくのように夢ばかり見ながらのんきに構えていていいものだろうか。

 日本熊森協会の歩みは1992年、兵庫県の公立中学校1年生の理科の授業からはじまった。生徒たちと絶滅寸前のツキノワグマの保護に立ち上がったことが、97年の設立につながり、欧米並みの一般市民による100万人規模の拡大を目指している。会長は当時の教師の森山まり子さん。

 冊子の中で、みっつのことが気にかかった。

 一つは、「クマは本来、森の奥にひとりでひっそりと棲んでおり、見かけと正反対で大変臆病。99%ベジタリアンで、肉食を1%するといっても昆虫やサワガニぐらい。人を襲う習性など全くないという」こと。

 一つは、森山さんが「熊森」と名づけたクマの棲む原生林に実際に入っての報告だった。「クマが通る大きなけもの道は森に風を引き込み、習性として高い木の枝を折りながら木の実を食べていくので、森に光を入れていきます」。まるで植木屋さんが入ったように大きな空間でいっぱいの森には、樹木や下草が種々雑多に生え、保水力に優れ、清らかな水のしずくが滴り落ちて、岩まで苔むす絵のように美しい風景だったそうだ。


 そして最後は、生徒と共に当時の環境庁に訴えた際の、係官の返答の一部だ。「国土には人間が住める定員というものがあります。それを越えたときから、その国は自然を食いつぶして絶滅に向かう」。そして日本列島の人間の定員は、「江戸時代並の質素な暮らし(エネルギー消費量が今の100分の1)をして、3000万人」だそうだ。「この国はもう滅びに向かっている」。

 冊子を閉じて、山小屋の前に広がる向いの山並を見渡した。谿川の流れに沿って遡れば、やがてはクマたちの棲む美しい奥山へと辿り着くだろうか。冬眠から目覚めたクマたちが、のしのしと動き出しているんだろうか。こうして人間がその山に入ってきた。山小屋の友人が言っていた。「この奥になんのためかは知らないけど、2車線のきれいな舗装道路があるんだ」と。人工林を作り、人間が管理しようとした森は経済効率の悪化とともに打ち捨てられ、暗く荒んでいった。死んだような森にクマはもう棲めない。それより小さな生き物たちもまた同じ運命をたどるのだろう。棲めなくなって里山に下りてきたクマは有害駆除を名目に撃ち殺される。まるで山も森も、ひとり人間のためにあるような振る舞いだ。そうすることで人間自身が滅びていくかもしれないと言うのに。

 山はいいなあ、などと言いながら青空に両手を広げ背伸びしたぼくの心の中は、実はとても複雑だった。ぼくのようなこんないい加減なやつがいるから、クマや森は、困っているのだ。さてと、嫌なことを知ってしまったものだ。ぼくはこの先どうするのだ。

 当時の中学生のひとりが言ったそうだ。

 「先生、おとなって、ほんまはぼくら子供に愛情なんかないんと違うかな。自然も資源もみんな、自分たちの代で使い果たして、ぼくらに何も置いとこうとしてくれへんな」。


日本熊森協会




| 15:11 | 原初の森 | comments(3) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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 今日の日記にも書きましたが、行動について考えることがよくあります。自分のできる範囲で、という言い方がありますが、人間は基本的には、自分のできることしかできないのではとぼくは思います。でもときどき、ふっと心に感じてそのまま行動してしまうこともありますよね。それは自分の限界とか力とかとは関係ないところで動いているような気もします。ぼくにはみんながやっているからやらない、というおかしなところがあるんですが、熊森協会は会員が2万人に満たないようで、まだまだ、みんな、というほどではないようです。それにはじまりが本当に面白くて親しみを感じます。どうやら調査捕鯨団に薬品入りのびんを投げつけるようなどこかの団体とは大いに違うようです。会員がもしも100万人になったら、きっとクマの棲む森が復活するほどの動きが生まれるだろうと想像してしまいます。
posted by kazesan | 2008/05/22 4:05 PM |
kazeさん こんにちは♪
私もその冊子を持っています。
何気なく読み始めたのですが、今日kazeさんが書いていらっしゃるところは、私も気になって後で読み返したところでした。
特にクマたちが、高い枝を折って森に光を入れるというところ・・・。
自然はちゃんとうまくいくように出来ているんだなぁと、びっくりしました。

何か出来ることはないかなぁと思っているだけで、何もしていないのですけど・・・。
この本はとても読みやすく作られているので、
せめて誰かにすすめてみようかな・・・と
kazeさんのブログを読んで思いました。
posted by フウ | 2008/05/21 10:37 PM |
クマは身をもって警告しているそうですね。私もそのお話しを聞いて深く考えました。
posted by りょう | 2008/05/21 9:08 PM |
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