kazesan3風の吹くままカメラマンの心の旅日記

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 ポエット。「詩人のことを英語では、poet って言うんだよ」。「うん、それいいね」。写真と詩で遊ぼうと、何度か話し合ってきたなおことぼくの、ふたりの共同制作現場を作った。いつの日かかなうなら、詩と写真でつづる一冊の本を出したいというのがふたりの夢だが、始めてみると、これはちょっと手強いぞと、わかったことがひとつある。

 写真と詩のコラボレーションなどと簡単に言うけれど、ふたつが並んでしまうと、ぼくの写真が実に軽薄に見えてしまった。「離反と融合をくりかえす、一枚の詩と、一篇の詩。」という素敵な副題をなおこが考えてくれたが、写真は、いや、ぼくの写真はほんとうに詩になりうるのか。余生を楽しむというにはいくらなんでもまだ早いと思うが、なにもなかったこれからに、図らずも大きな楽しみが生まれた。

 写真を始めた学生の頃、これで何かを表現するのだと意気込んでいた。目に飛び込んでくるなにもかもが新鮮に映った。Tri-X や Plus-X をつめてカメラを持ち歩いているだけで、気分はすっかりプロの写真家だった。住んでいた西新宿の小汚い四畳半のアパートから見えた高層ビルの巨大な姿に圧倒されながら、大都会を舞台に活躍する将来の姿を想像したものだ。


 なんだかあの頃の気持ちがなつかしい。結局、都会で生きることを避けて好きになった八重山に舞台を移してしまったけれど、新しい世界に飛び込むときの、何度も経験していながら近ごろ忘れていた、あの高鳴るというような感覚がよみがえってくる。ようするに、新しもの好きと言われる金沢人の気質丸出しなだけ、かもしれないが。

 出会ったものをあるがままに撮ってきたぼくのスタイルは、それが気持ちいいんだから、これからもきっと変わらないだろう。でもそれにひとつぼくなりの要素を加えようと思っている。poetとしての目を持つ。いきなり持てないなら、とりあえず目を養う、でもいい。気ままに風が吹くように撮りながら、しかも写真家の心のカケラをぽろりとそこにこぼしてゆくような、などとよくわからないあいまいな表現だが、それで行こう。

 谷川俊太郎さんが質問に答えて、普通の言葉は正しいか間違いかが基準になり、詩の言葉は美しいかどうかが基準になる、というようなことを言っていた。なんとなく参考になりそうな予感がする。ぼくの美、というものもあっていいのだ。それで定着された写真になにか変化が生まれるのか、そんなことは受け取る人の感性の範疇だ。田舎のマイナーなポエットふたり。うん、いい感じだ。そうでもないか。華々しく北陸の詩壇に登場したなおこの可能性はまだまだ広がっている。それを見守っているのも友としての楽しみのひとつだ。


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| 08:05 | 日々のカケラ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by マスノマサヒロ |
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