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2013.10.05 Saturday
鴻の里 #003 囲炉裏
火を囲むだけで和んでしまうのに、大きな囲炉裏を切ったこの空間に入った途端、思わずため息が出た。足下の板がいくらか軋む音を聞いてぞくっときた。なんという贅沢。その時代の人々がどんな思いで暮らしていたものか知る由もないけれど、この囲炉裏の傍に佇み話し込む人と人を見ながら感じたのは、日本の美しさだったかもしれない。向き合って話すだけならいつだってどこでだってできるだろう。だがその場に、自ずと生まれる静寂はあるだろうか。その静寂を慈しむように味わう瞬間はあるだろうか。人と人が交わる全うな環境が、古い日本には揃っていた。そして今も残している家がある。
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2013.10.04 Friday
鴻の里 #002 家
鴻の里について案内された家屋敷に、まず驚いた。豪邸や洒落た建物を見てもほとんど無感動で終わるのが常で建築などには知識もないから興味がわかないんだろうと自分では思っていた。それはこれまでにない不思議な感覚だった。住んでいるのはおそらく鴻さんたちだけではないのだろうと思わずにいられなかった。霊感とかオカルト的なものでなく、感じていたのはおそらく歴史というその場に堆積している時間のことだった。薄汚れて崩れかけた土壁にさえ風格が漂っている。痛んでいるというより、持ちこたえているのだ。聞けば築百三十年という。見ず知らずの何世代ものご先祖の方々を思い浮かべたくなった。生まれてこの世で生きていくことは決して自分ひとりの力では叶わないことを多少なりとも人なら誰もが感じていることだろうが、古い家の前に立つとその意味がいくらかわかったような気がした。代々生命を受け継いできたというだけでなく、人は古より今も脈々と息づいている力に守られているのだろう。鴻さんの家がその表れのひとつなんだと思った。
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2013.10.03 Thursday
鴻の里 #001 夫婦
鴻さんに出会ってそろそろ三年ほども経つだろうか。はじめは奥さんの章子さんの方だった。「これ、なんて読むんですか?」とおそらく誰もが尋ねるにちがいない、鴻さんたちにとってはお決まりの質問をして、返ってきたのが、びしゃごです、だった。何度も会うことはないだろうと、問い返すのを躊躇い覚えたような顔をしてしまった。せっかく教えてもらったのにその後もなかなか覚えられず、なんとも情けないかぎりだ。それが今では、鴻の里と呼んで何度か訪ねるほどにまでなっている。
この春に出会ったご主人の豊彦さんとは同い年だった。三年前に豊彦さんの生家に住み始めたおふたりは今、自然農に取り組んでいる。「この棚田の風景を残したいんです」との思いを聞いて、同世代として、さらには半農半写真的な暮らしを夢見ている者として、なんとも羨ましい気持ちになった。田舎暮らしは決して生易しいものではないようだが、何が羨ましいと言って、同じ目的に向ってふたりで歩いていることだった。結婚して三十年あまりにもなる今頃になってときどき考えるのは、夫婦について。好いた惚れたの時代などあっと言う間に過ぎ去った。長く連れ添った夫婦にとっての晩年の日々をもしもちがう先を見て暮らすなら、いったいなんのための夫婦なんだろう。などという思いもめぐらしながら、鴻の里通いを続けてみようかと…。
自然農とは、耕さず、肥料や農薬を一切使わず、草や虫を敵としないというもの。とても興味がある。
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2012.04.03 Tuesday
水平線が見える町
まったくこれではブログオタクですが、また新しいページを開きました。数年前から撮りはじめている能登の出合いをメモして行きます。
「能登半島 水平線が見える町」
。能登は日本の真ん中。日本海に突き出している半島の姿は、羽を広げた鳳の頭のようにも見えます。半島は、陸続きでありながらそれには背を向け、海に開かれた半分だけ島という特異な環境にあります。世界の辺境にある日本の中の、さらに辺境の能登の旅。どうぞごいっしょにお楽しみください。半島には、日本人としての味のある生き方が隠れていそうな気がします。
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2012.02.04 Saturday
間垣の里
寒波襲来の予報を聞いて、二年ぶりに間垣の里を訪ねた。冬の様子を見たいと思い続けていたからだが、雪は降らなかった。それどころか青空さえ広がった。残念、などと言ってはいけないか。奥能登で暮らすことの苦労などなにひとつ知らない。かと言って、通り過ぎるだけの観光客にもなり切れない。お前はいったいどういう立場でここに居るのかと、自分に問わずにはいられなくなった。
集落は、入り江とも湾とも言えそうにない、ぱっくりと抉られたような小さな窪みの中央にこじんまりとある。間垣に囲まれたその風景の中で、撮りながら二日ほど佇んだ。
シベリアからの季節風は、ことのほか冷たかった。肌を刺すとか骨身に染みるという形容ではまだまだ足りない。その中をジャージの上着ともんぺに長靴、顔をマフラーで覆っているだけの驚くほど軽装の老婦がトボトボと歩いてきた。「おばあちゃん、お墓行くんですか」。墓の方向に向かっていた。両手をポケットに入れたまま、「なもなも」。寒村で人に会うことは滅多にない。だから会ったというそれだけでうれしくなる。ひと言あいさつを交わすだけで、ありがたくなるほどだ。けれどもお前、やっぱりなんでここに居るんだろう。
ウミネコが数羽、この辺りに棲みついているのか、住人でも観光客でもない者の相手をしてくれるように、海に、里の上にと一日中舞っていた。餌を求めているんだろうが、羽を広げて滑空するグライダーのような姿は贅沢な遊覧飛行にも見えて惚れ惚れした。強風にさえバランス良く何の苦労も感じさせないで向って行く。風を読み切っているのか。そこへ飛んできたカラスだった。羽をバタバタしながら、きっとギシギシと言わせながら、風に煽られ懸命な低空飛行で檻のような鉄のゴミ箱に辿り着いた。思わず笑って、そして思った。お前もこのカラスだ。するとこの里の人びとは、さながらウミネコなのかも知れない。
防波堤の影に隠れて、顔を出した陽光を浴びた。あんまり気持ちがよくて、ため息が出た。なにも考えないでしばらくぼーっとしていた。立場なんかどうだっていいじゃないか。目的なんかいらない。何度でも通おう。バタバタと飛んで来よう。奥能登の間垣の里に惹かれている。
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2012.01.14 Saturday
半島へ
ようやく能登が始まる。写真家として残りの日々を過ごそうと決めてから、能登がますます頭から離れなくなった。日本列島のほぼ真ん中で日本海に突き出した半島の姿を思い浮かべるだけでこの地を撮る理由になるほど、能登の地形に魅せられている。小さな半島が勇猛果敢に大陸と対峙しているのだ。海を、対岸を、睨みつけている。金沢あたりに住んでいると能登は身近過ぎた。半世紀あまりも生きながらえ、今頃になってようやく本気で撮りたいと思い出した。なのに、来てみるといったい能登の何を撮ろうとしているのかよくわからない。この数年の間に『風の旅人』を通して知った若き写真家たちは次々とテーマを設けて取り組んでいるというのに、老いのはじめのこの中年と来たらほんに情けない話だ。ただ能登が気になるというだけでは、どうにも不甲斐ない。さりとて無理矢理何かをこじつけたところでなんだか嘘くさい。ま、いいさ、仕方がない。能登へのこの思いを、少しずつ育てて行くしか道はない。
冬の能登はとても静かだ。まだ薄暗い松林に佇んでいると、打ち寄せる波の音が微かに聞こえてきた。雪を踏みしめる音。己の息づかいに、風が囁き絡み付く。騒々しい町の人には、この静寂の音は届いていないだろう。飛び跳ねるのではなく、染み入る音だ、身にも心にも。人は時に、沈黙した方がよさそうだ。声高に叫ぶ標語のような言葉はまことしやかに聞こえるものだが、沈黙してはじめて聞くことができる、狭間に漂うような、存在という気配には到底敵いはしない。波打ち際に近づき海を見ていると、遥か彼方へと意識が遠のいてゆく。見えない対岸へだろうか、それとも海に沈んだ同胞たちの命へだろうか。忘れてはいけない。静寂には音があり、声なき声が絶えず流れていることを。
一昨年の『風の旅人』四十号に「のと」を寄稿した折、上大沢の間垣(まがき)を通して間(あはひ)について考えた。去年の四十三号では「生の霊(いのち)」に出逢い、見えないけれど存在し続けるにちがいない人と人の確かな絆を想った。思えばすでに歩むべき道の扉は開かれている。日常の喧噪のせいにはしたくないけれど、つい忘れている、間(あはひ)のこと、生の霊(いのち)のこと。遅まきながら『風の旅人』に出逢い、導かれるような数年だった。この先は、授かった思いを大事に大事に抱きしめて、己の足でひとり歩くのだ。この半島で耳を澄まし、目を凝らし、この世で出逢う何が本当に大切なのか、考え抜くのだ。
高さが四メートルほどもある苦竹(にがだけ)で囲まれた間垣は、ことのほか柔軟だ。シベリアからの北西風を拒むでも避けるでもなく、柔らかに受け止めている。間垣の内側に入って感じたそよとした空気の流れこそ、外洋に突き出した半島で生きる人の姿を象徴している。何事も柔らかに加工して己の懐にあっけらかんと納めてしまうのだ。だから、能登へ。半島を歩きながら、学べばいい。
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能登
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